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お願いだから諦めて!  作者: 暮野
中等部 1年 1学期
13/28

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「おはようございます、優莉奈様。今日は絶好の体育祭日和ですね!」

「ごきげんよう、菖蒲さん」


 体育祭当日。登校して直ぐに話しかけてきた菖蒲さんは、彼女にしては珍しくはしゃいでいるように見えた。その様子に首を傾げていると、菖蒲さんと一緒にこっちに来た春歌さんが私に耳打ちする。


「…今日は、ご両親がいらっしゃるのと……一条家と組が分かれているので…」

「ああ、なるほど」


 この学院の体育祭は紅白の二組に分かれて行われる。今年は偶数クラスが紅組で、奇数クラスが白組だ。私たちは一組なので当然白組で、要も一条先輩もそろって偶数クラスだから紅組だ。一条家に敵対心を抱いている九条家にとって、たかが学園行事であっても負けられないらしい。やる気に燃える菖蒲さんは、確か玉入れに出るはずだ。そして奇しくも黒崎君と競技を変えた要も玉入れに出場する。


「頑張ってね、菖蒲さん」

「はい! 私の勇姿、しっかり見ていてくださいね!」


 興奮に頬を染めながら言う菖蒲さんの姿は珍しく、そして大変可愛らしく思った。何かに一生懸命な子は可愛いね~。…っといけない。親戚のおばちゃん視点に立つところだった。私も菖蒲さんと同級生なんだし、それなりに張り切らないと。


「春歌さんも玉入れに出場するのよね? 怪我をしないよう、気を付けてね」

「…はい、ありがとうございます。……優莉奈様も、リレー、頑張ってください……」

「ええ、ありがとう」


 私は最後の種目である男女混合リレーに出場する。鴇森君と龍ヶ崎君もこれに出場する予定で、なんと二人はアンカーを任されているのだ。私は鴇森君の前に走るので、アンカーへバトンパスをしないといけないことを思うと少し憂鬱になる。失敗しないといいけど…。


 開会式がもうすぐ始まるためグラウンドに降りると、私達の他にも生徒たちが続々とグラウンドに集まって来た。各クラスの学級委員長が自分のクラスの人を並ばせようと、声を掛けているのが聞こえる。


「私たちも並び――」


 菖蒲さん達に並ぶことを促そうとすると、何処からか黄色い声が聞こえてきた。音の発信源を確認すると、そこにいたのは鷹司一輝と一条先輩。女子たちがこそこそと囁いている声に耳を傾けると、どうやら彼女たちは彼らのファンのようだ。「今日も鷹司様は素敵」だとか「今日はいつもより眉間に皺が寄っていないわ」だとか、私にとってはどうでもいいことを話しているお嬢様たち。機嫌がよさそうなのは(見た目の怖さが減るから)嬉しいけどさ。


「鷹司様は相変わらず人気のある方ですね」

「…そう、ですね。……それより、早く、並びませんか…?」


 菖蒲さん達はそんな彼らの様子を見て、どうでもよさそうにそう言った。二人は別に彼らのファンってわけじゃないんだね。いや、一条先輩に関しては、菖蒲さんがファンになることは絶対ないと分かってるけど。



◆◇◆◇



 開会式を無事に終えて始まった体育祭。スムーズに競技が進行され、トラブルが何もなく進んでいることに安心する。実行委員は当日に仕事は無いが、生徒会役員には得点計算や救護スペースにいる保健委員会との連携等、当日に行わなければならない仕事が残っている。忙しそうな彼らの姿を見て、大変そうだなあ、と他人事のような感想を抱いた。


 そう言えば鴇森君は会長になりたいと言っていたし、来年はあちら側で頑張っているんだろうな。誰が一緒に書記になるんだろう。このままだと龍ヶ崎君かな?


 生徒会役員になる人は、体育祭や文化祭の実行委員経験者が望ましい。これは行事がある繁忙期に耐えられる人か判断するためであるし、学業と両立できるか学院側が様子を見ているためでもある。鴇森君は実行委員をしながら次席だったし、仕事も真面目にしていた。生徒会役員に立候補しても、確実に当選できるだろう。


 ……と、ここまで考えて気付いた。龍ヶ崎君は部活生だから、生徒会役員にはなれない。そして帰宅部の私は、実行委員をしながら申し分ない成績を収めている。もしかして、学院側から見たら私って結構有力候補なんじゃない?


 となると、先日の一条先輩の「期末気を付けて」発言はこのことを指してるのかもしれない。成績を落とすと生徒会役員になれないという意味か、成績を落とさないと生徒会役員を無理に押し付けられるという意味かは分からない。けど、今の私に思い浮かぶのはこのくらいだし……。


 応援席でそんな考え事をしていると、一際大きな歓声が上がる。グラウンドを見ると、トラックのスタートラインに鷹司一輝と一条先輩が並んでいるのが見えた。どうやら今から彼らが走るらしい。


「次の競技は何だったかしら」

「優莉奈様、また考え事をしていましたね……。次は二人三脚ですよ」


 隣に座っていた菖蒲さんに次の競技の確認をすると、呆れた視線をいただいた。それに苦笑いをして謝る。


 私は昔から考え込むことが多くて、偶に周りの状況についていけないことがある。それを知っている菖蒲さん達は、その癖を治した方がいいと言いつつも、こうして状況を教えてくれるので助かっているのだ。


「鷹司様達と一緒に体育祭の準備をしてきたんですよね? どの競技に出るとか話さなかったんですか?」

「鷹司様は……真面目な方だから、準備時間に無駄なお話をしたことはありませんわ」

「一条先輩とは、お話しされなかったのですか……?」

「一条先輩とはそれなりにお話ししましたけど、それも彼から振られた話に答えるだけでしたし…」


 鷹司一輝はまだ私の事を認めていないようだけど、変に仕事を押し付けたり、一人だけ厳しくしたりすることは無い。完全に仕事相手だって割り切ったうえで私に接しているように感じた。距離もあるし壁も感じるけど、姉の様に攻撃対象と見られるよりはましだ。


 グラウンドでは、ピストルの合図とともに鷹司一輝と一条先輩が走り出していた。二人ともクラスが違っていて、紅白も分かれているので敵同士だ。お互いペアと息を合わせて走っている。まるで他人と足が結ばれてないみたいに普通に速く走っているのが凄い。相当練習したんだろうなー。


 他クラスの走者を引き離して走っている鷹司一輝と一条先輩のペアは、先程から追い抜き、追い抜かれを繰り返している。中々先頭が決まらない様子に、観客一同が盛り上がった。実況役を務めている生徒も興奮して早口で彼らの様子を伝えている。これはひょっとして今日一番の盛り上がりかもね。


 二組ともコーナーを曲がり、ゴールテープまであと僅かというところまで来た。このまま決着がつかず、同着一位になるかと思われた勝負だったが――ゴールテープの直前で一条先輩のペアが足を縺れさせてしまった。そのせいで一条先輩は止まらざるを得くなり、結果一位を制したのは鷹司一輝。一条先輩は残念ながら二位となった。


「一条先輩、残念でしたわね」

「そうですね。でも、ペアの様子も気にかけてスピードを出してないからああなるんですよ。勝負に夢中になりすぎたのでは?」


 流石というか、菖蒲さんの一条先輩に対するコメントが冷たい。まあ、彼女の言う事も一理あるけど。


 一条先輩のイメージから、本気で走ったり、夢中になってどこかが疎かになったりすることは無いように思っていたけど、彼も中学生だからね。そら未熟な部分があって当たり前か。


 グラウンドで笑い合う彼らを眺めていると、そこまで恐れる必要は無いのではないかと思えてきた。鷹司一輝に睨まれるのは怖いけど、でもそれだけだ。今迄に恐怖を覚えることを実際にされたわけじゃないしな。これからはあまりビビらないよう努力しよ。うんうん。


 彼らの事を頭から追いやりながら、今日は考え事なんかしないで体育祭を楽しむことを決めた。人生二度目の私が言うのもなんだが、凰院優莉奈の中学一年生の体育祭は一度きりだ。このメンバーで一緒に競技に出たり応援できるのは今日だけ。楽しまなきゃ損だよね。


 さて、次の競技は何だっけ? 菖蒲さんに聞けばわかるかな。


「菖蒲さん、次の競技は何だったかしら」

「まったく…。優莉奈様もプログラムを持っているでしょうに。次の競技は――」


 ――体育祭が終わってしまえば実行委員の活動もないから、これから彼らと関わることはそんなに無いんだけどね。


 そんなことを思いながら、私は菖蒲さんの声に耳を傾けるのだった。



◆◇◆◇



 玉入れの前の競技が行われている最中、入場門の前では奇妙な光景が広がっていた。


「良い事、菖蒲さん。九条の誇りにかけて、必ず勝利を掴みなさい。間違っても一条に負けるような惨めは晒してはなりませんよ」

「はい、お母様。分かっております」

「おい、何もそんなに本気にならなくてもいいだろう。折角の体育祭なんだから、気軽に楽しめば――」

「貴方は黙っていてください。これは九条家に代々伝わる問題なんですから」

「そうです。お父様は婿入りした立場だから理解できないかもしれませんが、これは九条に流れる血の定めなのです」


 菖蒲さんにそっくりな(遺伝的な意味では菖蒲さんがそっくりなんだけど)凛としたお母様と、優しげなお父様に囲まれた菖蒲さんは、まるで決戦前の武士の様に決意に満ちた顔をしていた。普通ただの玉入れにそこまで本気になれないだろうと思うけど、彼女は本気だ。漫画のコマだったら背景に燃え盛る炎が描かれていただろう。


「いいか要。他の誰に負けようとも、一条家の者にだけは負けてはならないからな。分かっているな?」

「えー…。玉入れは個人種目じゃないのに…」

「要、この勝負で貴方の組が勝利したら、夕飯は貴方が好きなものを作らせる予定ですよ」

「よし! 父さん、母さん! 期待しててくれよ。俺が必ず勝利に導いて見せるぜ!」

「…その意気だ、要」


 顔だけはそっくりだけど、要を10倍理知的にしたようなお父様と、たおやかにほほ笑むお母様に囲まれた要は、餌にまんまとつられてやる気を出している。現金な奴だ。しっぽがあればはち切れそうなくらい振られているに違いない。


「……春歌さん、本当にお気を付けてね。こんな二人と一緒では、貴方の身が心配ですわ」

「…は、はい……」


 そんな二人を見た後に隣の春歌さんを見れば心配になるのも当然で、激励にも力が入るというもの。心なしか青い顔をした春歌さんの手を握りながら言ったあと、ふと思いついて彼女の耳元に顔を近づける。不思議そうな顔をした春歌さんに「いざとなったら、貧血になったふりをして保健委員に保護されるのも手ですわよ」とアドバイスを残した。それを聞いた春歌さんは微妙な顔をしていたが。


 私はただの引率だったので、競技が始まる前には元の席に戻らなければならない。後ろ髪を引かれる思いで春歌さんから手を離し、背中を向けた。菖蒲さんと要に声を掛けなかったのはわざとだ。あんな風になった二人に話しかけたらどうなるか重々承知しているからね。


「あれ? 優莉奈ちゃんどうしたの、こんなところで」


 応援席に戻っているところで一条先輩に声を掛けられた。基本的に出場する人以外は、応援席から離れてはいけないことになっているからだろう。マナー違反ですみませんね。


「春歌さん達の付き添いですわ。そう言う一条先輩は?」

「僕は高科たかしな先生を捜してたんだ」


 手に持っているバインダーを揺らしながら言う一条先輩。恐らく得点表に検印を貰うために捜しているんだろう。その為だけに歩き回らなければいけないなんて、生徒会役員は大変だなあ。


「お疲れ様ですわ。高科先生でしたら先程退場門の所で見かけましたけれど」

「ありがとう、助かったよ。それじゃあ僕はもう行くけど、早く席に戻るんだよ」

「はい」


 退場門の方へ歩み始めようと一歩踏み出した一条先輩は、しかしすぐさま足を止めこちらを振り返った。


「そう言えば、優莉奈ちゃん。万年筆失くしてない? 持ち主不明の万年筆が生徒会室に届けられたんだけど」

「まあ! 本当ですの!?」


 一条先輩にその万年筆の特徴を聞いてみると、確かにそれは私が愛用している万年筆の特徴と一致していた。


 中等部への入学祝に祖父母から買ってもらったので大切に扱っていたのに、いつの間にかペンケースから消えていて焦ってたんだよね。イニシャルが入っているし、この学校に通っている人は普通に買えるような値段のものだから、盗まれたってことは無いと思っていたけど……まさか落としてたなんて。いや、どこかの教室に忘れてきたのかも。とにかく、大事にしていただけに無くなったのがショックだったんだけど、見つかったならよかった。


「一応生徒会室で保管しているから、時間がある時に取りにおいで」

「お手数をおかけして申し訳ありません。放課後取りに伺いますわ」


 前世では一度も使うことが無かった万年筆だけど、使ってみると意外と書き心地がよくて気に入っている。私は万年筆のブランドに詳しくは無い。それでも、祖父母がプレゼントしてくれたものはそれなりに有名で高価なものであることくらいは分かった。凰院家が使うのに恥ずかしくないものを贈ってくることくらい容易に想像がつくからね。


 前世はそういうものに無縁な生活だったせいか、私は高価なものを使う時は結構緊張することが多い。でも、この万年筆はこれから先、長い間使うかもしれない。そう思うと、なるべく早く手に馴染ませたくて学校にも持って来て使ってたんだよね。それがあだになって万年筆を失くしてしまったので、本当にひやひやした。


 次は無いよう、持ってくるのは控えた方がいいかな……。


「それにしても……どうして私のものだと思われたんですか?」


 そういえば、と思い不思議に感じていたことを尋ねると、一条先輩はきょとんとした顔をした。


「どうしてって……女の子で万年筆を使っているのは優莉奈ちゃんくらいだから、珍しいと思って覚えてたんだよ。届けられた万年筆についていたイニシャルも優莉奈ちゃんと一致してたし」


 そう言われて納得する。万年筆を入学祝に贈られる子もいるけど、大抵は学校にまで持ってこない。しかも持ってくるとしても男子生徒が多く、私以外の女子生徒が万年筆を使っているのを見たことがないのだ。


「あ、別に変な意味で言ってるわけじゃないよ」

「ええ、分かっていますわ」


 少しだけ焦ったように言われた言葉にそう返すと、一条先輩は安心したようで「それじゃあ今度こそ」と言って退場門の方へ歩き出した。さて、私も応援席に戻りますか。


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