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お願いだから諦めて!  作者: 暮野
中等部 1年 1学期
11/28

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 生徒会室に戻り、一条先輩に訂正済みの出場登録書を渡す。一条先輩がプリントの確認をしている間、視線を龍ヶ崎君の方へ向けた。彼はまだ何か書き物をしていて、次に任されている力仕事にはまだ取り掛かっていないようだ。


「うん。もう大丈夫だね。ありがとう、優莉奈ちゃん」

「他に何か仕事はありますか?」


 一条先輩がいつもの笑顔でお礼を言ってきたので、そちらを向き直して他にすることが無いか尋ねてみる。


「ううん、もう無い……いや、龍ヶ崎君の仕事の手伝いをしてあげて。彼、他にも仕事を任せてるから」

「わかりました」


 一条先輩はもう任せられる仕事が仕事が無いと言いかけ――先程まで私が見ていた方に誰がいたのか気づいたんだろう。任された仕事に没頭している龍ヶ崎君の手伝いをするように頼んできた。元々手伝う気だったのでそれに直ぐに頷き、龍ヶ崎君のもとに行く。


「龍ヶ崎君、何か手伝えることはありますか?」


 私に声を掛けられたことに驚いたのか、勢いよくこちらを向いた龍ヶ崎君は何度か瞬き頷いた。渡された数枚の紙を受け取り、指示された通りの事を書いていく。


「えっと…凰院だよな? 悪いな、手伝ってもらって」

「いいえ。私はもうすることが無くて暇だったので」

「そうか」

「ええ」

「………」

「……………」

「……………………」

「……………………」


 お互い要の友人だから以前から顔は知っていたが、話したことが無かったので二人の間に微妙な空気が漂う。


「もう。君たち、その重い空気は何なの? お見合いで初対面の男女でも今時そんなに沈黙しないって」


 気まずい空気にどうしようか悩んでいると、こちらの様子を見ていたらしい一条先輩が呆れたように口を挟んできた。


「うっ…そ、そう言われても……。先輩だって知ってますよね? 俺が女子苦手だって」

「そうだね。でも、苦手だからっていつまでも避けていられるものでもないし、この際だから克服できるように特訓しなよ」


 へー。私は知らなかったが、どうやら龍ヶ崎君は女子が苦手らしい。そういえば女子は実行委員の六名中私一人だし、生徒会役員は楓恋様だけだ。女子との接触が少ないから気づかなかったのかな。


「優莉奈ちゃんは気性が荒くないし、鷲宮さんも……君の前では大人しいし。少しずつコミュニケーションをとって慣れるのがいいんじゃない?」


 そう。楓恋様と言えば、クリーンアップ活動の日にあんな別れ方をしたが、あの日以来大人しくしている。また勝負をふっかけられると覚悟していたのに、あまりにも普通で拍子抜けしたくらいだ。


 一条先輩に聞いた話だが、なんでも彼女は昔から猪突猛進気味で、生徒の代表ともいえる生徒会役員になった時にこのままではいけないと思ったらしく、落ち着いた行動を心掛けるようになったとか。頭に血が上っている時は昔の癖で自分の事を「あたし」と言ってしまうので、彼女が冷静かどうかは一人称で判断すればいいと聞いた。


「そうですよね…。………分かりました、努力します」


 本性が未だにバレていない龍ヶ崎君の前だと、楓恋様はなるべく落ち着いた淑女であろうと努力しているので、私は協力する意味も含めてあまり接触しないようにしている。楓恋様も先輩の意地があるのか、他人の目がある時は私に突っかかってこない。


「うん。頑張れ」


 一条先輩は龍ヶ崎君の返事に満足げに笑った。今更ながらに思うが、一条先輩が私を要のもとに行かせたのは、龍ヶ崎君の事を私に教えるためだったのかもしれない。要は一条先輩にも龍ヶ崎君の事を頼んでいたらしいが、一条先輩は副会長だ。あからさまに一人だけ贔屓するのは不味い。そこで同級生である私にも龍ヶ崎君の事を気に掛けるきっかけを作った……のかな?


「あー…その、凰院」

「はい、なんですか?」


 早速私と話して女子に慣れようとしている龍ヶ崎君に、失礼かもしれないが手は止めずに続きを促した。苦手な人にじっと注目されると話し出しにくいだろうし、本来は龍ヶ崎君の仕事のお手伝いをするためにここにいるわけだから、手を休めてお話に興じることは出来ない。


 変わらず一人で仕事をしていた鷹司一輝は、私たちの様子を一瞥しただけで文句は言わなかった。これはお喋りしてもいいが、仕事はやれということだな。


「……ご、ご趣味は?」


 見合いかよ! たぶんさっき一条先輩に言われたことが頭にあったからそんなことを聞いてきたんだろうけど、その話題のチョイスどうにかならなかったの?!


「趣味ですか? そうですね、読書やピアノ演奏は好きですよ」

「え? 要からはよく外で遊んでたって聞いてたけど、趣味は大人しいんだな」


 私の返事に思わずといったように声を上げた龍ヶ崎君。それに苦笑いを返し「それは子供の頃の話よ」と誤魔化す。


 要の奴、龍ヶ崎君に何を言ったの…?


「あ、そ、そうだよな。凰院って、如何にもお嬢様って感じだし……そんなに外で遊んだりしないよな」

「ふふ、でも運動も嫌いじゃありませんよ。偶になら外で弟と遊ぶこともありますし」


 そう付け加えた私に一条先輩が意味ありげな視線をよこした。なんでしょうか。嘘は言ってませんけど。


「へー、弟がいるのか。…いくつなんだ?」

「二つ下で今は初等部の五年生です。龍ヶ崎君にご兄弟は?」

「俺は姉が一人。もう高等部も卒業して外部の大学に通ってるんだ」

「まあ、そうでしたの」


 と言ってハッとする。いけない。鷹司一輝がいる前でお嬢様言葉使っちゃった。チラッと鷹司一輝の様子を窺うが、彼は手元を見たままだ。良かった。バレてない。


「あー……。そういえば、凰院はそういう言葉遣いあんまりしないよな」


 と思ったら龍ヶ崎君にその話題を振られてしまった。鷹司一輝に気を使ってお嬢様言葉の使用を控えていたので、彼の前でその話題を振られると気まずい。


「そうですか? 普段は使っているけど、こうして実行委員として仕事をする時にまで使うのは気が引けて……。公私は分けておきたいですし」


 そうは言ってもさっき思いっきり要に普通の言葉遣いしたり、黒崎君にお嬢様言葉使ったりしたんだけどね。


「なるほど。凰院は真面目なんだな」


 感心したように言う龍ヶ崎君の言葉が胸に刺さるが、これ以上この話題が展開されても困るので笑って誤魔化す。


 優莉奈として生きてきて十二年経つが、まだお嬢様言葉を使う事に慣れていない。昔から付き合いのある人の前では、昔はあまり使っていなかったこの言葉遣いを聞かれる恥ずかしさから、普通の口調で話すこともある。


「――おい、龍ヶ崎、凰院妹。そろそろ昼休みが終わるぞ。教室に戻れ」


 私と龍ヶ崎君が話しながら仕事をしていると、唐突に鷹司一輝がそう言ってきた。時計を見ると確かにもういい時間だ。龍ヶ崎君は一条先輩に頼まれていた次の仕事に取り掛かれなかったので、鷹司一輝の言葉を聞いて慌てて一条先輩に謝っている。


「いいよ、急ぎの仕事じゃなかったし。明日やってくれればいいから」

「いえ、仕事を残すのも悪いですし…放課後来てやります」

「んー。じゃあさっきの仕事は放課後に別のメンバーでやって、キミには他の仕事を明日の昼休みに任せるから」

「え! そんな、悪いですよ! いつも部活に行かせてもらってるし、今日くらい別に…」

「ダーメ。ほら、そういうことだから、二人とも早く帰りなさい。龍ヶ崎君は今日の放課後、来なくていいからね」


 少々強引に話を終わらせて一条先輩は龍ヶ崎君の背中を押した。そのまま生徒会室から出された龍ヶ崎君をぼーっとしながら見ていると、鷹司一輝から「お前も早く出て行け。鍵が閉められない」と言われた。鷹司一輝に謝って生徒会室から出ると、一条先輩が龍ヶ崎君にもう一度来なくていいことを念押しして伝えていた。


 先輩二人と別れ、一年生の教室がある一階まで龍ヶ崎君と二人で階段を降りる。その間会話は無く、もうすぐ昼休みが終了するため人気のない階段に沈黙が下りた。


 どうしよう。なにか会話するべきかな。でも何を話せばいいの? 共通の話題って何かあったかな。……ダメだ、要の友人であることか実行委員であることくらいしか共通点が思い浮かばない。


 そうやって悩んでいるうちにあっという間に階段を降り終えたので、龍ヶ崎君に笑顔で別れを告げた。残念。まあこれからも実行委員の仕事はあるし、追々仲良くなればいいか。そう考えた後にふと教室内に視線を移すと、こちらに気づいた要が手を振って来たのでそれに手を振り返す。


 …龍ヶ崎君、初等部の頃から白鳥学院に通っていたくらいだし、家柄も相当なんだろうけどなー…。要と仲がいいならそれなりにメンタルが強そうだと予想していたのに、女子が苦手じゃしょうがないよね。姉の恋人候補から外さないと。


 考え事をしながら、授業に遅れてしまわないように私は歩き出した。


 ――そんな私の背を、一心に眺め続ける視線には気づかずに。


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