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お願いだから諦めて!  作者: 暮野
中等部 1年 1学期
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 私はお金持ちに生まれ変わった。


 前世では普通の家庭で育ち、社会人になる前に――もっと具体的に言うなら成人する前に死んだ。死因は覚えてない。でも、前世の自分はもう死んでいて、今の自分とは違う人生を生きていたことははっきり分かった。


 新しい人生を歩むに当たって、まず最初に問題になったのは今後の身の振り方だ。つまり、世知辛さも善悪も何も知らないはずの無垢な子供の行動として、どの程度までなら周りの大人に不審がられずに済むのか、ということ。


 まるで大人のように分別ある行動を幼児がとっていたら不気味だろうし、かといって子供らしく振る舞うには判断材料が足りない。何せ前世の私は親戚の中でも一番年下で、幼児の成長過程を間近で経験したことが無いのだ。


 そもそも本当の幼児のように無邪気に振る舞うにしても、演技に自信が無い私には無理だと思う。噂では子供というのは時に大人より敏感だという。たかが子供社会、されど子供社会。ハブられるのはごめんだ。いじめ怖い。


 転生を自覚してから半年もの間悩んだ結果、大人ぶりたいませた女の子として子供時代を過ごすことに決めた。今更ちっちゃい子の相手をするのも精神的に無理があるからね。大人ぶりたいからみんなと騒がないんですよ~とアピールしておけばいいだろう。


 ということで生後数年は大人しく過ごした。同年代の子との集まりの時も、私は読書をしたり楽器の演奏をしたり……とにかくあまり人と関わらないようなことをしていた。まあ、友達が全くいない、というのも虚しいので、同じようにあまりはしゃがない子と一緒に遊んだりはしたけど。


 大人ぶりたいちょっとませた女の子として振る舞うために、手が掛かる男の子の相手をしたこともある。その男の子はかなりやんちゃで、私をいつも騒動に巻き込んでくれた。その子のせいで私のキャラが少し想定外のものになってしまったのはこの際目をつぶろう。


 他より手の掛からない私に対して、両親は寂しさと嬉しさを綯い交ぜたような複雑な表情をしていたが、私に対して無理に明るく振る舞うことを強要したりしなかった。というより、出来なかったのだ。


 何故なら私には私の百倍……は流石に誇張しすぎた。精々十倍くらい、手がかかると思われる姉と弟が一人ずついるからだ。


 姉は私より二つ歳上だが、私以上に子供っぽく我が儘で、自己中心的な性格をしている。産まれたばかりの私に付きっきりになった母に不平不満をぶつけ、私が生後三ヶ月の頃には私の世話をベビーシッターに担当させ、母の愛情を取り戻したという逸話を持つほどだ。(私の自我がはっきりしたのは生後六ヶ月の頃で、それまではっきりとした記憶は持って無いので覚えていない。しかしそんなことを叶えることができる姉の姿は見てみたかった。)


 この話を聞いたときには、なるほど、私が母の顔を覚えていなかったのも仕方がなかったのか、と思った。実はベビーシッターを母だと勘違いし、彼女に向かって第一声である「まぁま」を聞かせてしまったのだ。いやはや、申し訳ない。既に転生したことを理解していたので、殆ど顔を見せない父を呼ぶより、いつも付きっきりで世話をしてくれている母にサービスをしようと思ったのだが、それが徒となってしまった。あの瞬間の凍った空気、今でも忘れられない。


 まあ、その一件があってからは母も、父とそう変わらない頻度ではあったが私の元へ顔を出すようになった。姉はというと、母が私を抱き上げるのを鬼のような形相で睨んでいた。私と二歳しか変わらないはずの、まだ可愛らしい天使の様な子供には似合わない表情だ。正直怖かった。


 余談だがベビーシッターとは今でも交流がある。「まぁま」と呼んでしまった後も、変わらず私の世話をしてくれた彼女には、感謝してもしきれないくらいだ。


 弟の方はというと、二歳下で性格は姉よりましだが自由奔放、好奇心旺盛で少しの間もじっとしていられないような奴だ。


 例えば奴が小学一年生の時(つまり私が小学三年生で姉が五年生の時だ)家族五人で水族館に行ったわけだが、母親にべったりで我儘放題の姉に私達が気を取られている間に、弟は一人でイルカショーの方まで行ってしまったのだ。その後、父親と一緒に探しに行って無事に見つかったからよかったものの、もう少しで大事になるところだった。勘弁してほしい。私はその日結局楽しめなかったし、両親もクタクタだった。


 姉と弟が帰りの車で寝ているときに、両親が「旅行に行くのはもう少し三人が大きくなってからにしようか」「ええ。それがいいと思うわ」という会話をしているのを聞いて、私は寝ているふりをしていたのも忘れて頷きそうになるのを、必死で我慢したんだから。


 それからも弟は自分が興味あることに素直で、しかも何も言わずに行動するものだから目が離せない。母が姉につきっきりになると、私は決まって弟の面倒を任されるものだから、はっきり言って迷惑だ。私も先日卒業式を終えて、四月からは中等部に通う。今まで通り学校でも様子を見ることは出来なくなるので、正直不安だ。大丈夫かなあ? 今のうちに弟の友達に弟のことを頼みに行っておこう。


 とにかく、上も下もこんな感じだったから、両親は私に対して無理に明るくするように言えなかったのだ。迂闊な事を言って、私まで手が掛かるようになってしまえば絶望的だからね。二人のおかげで両親の目があまり私に向かないので、その点だけは二人に感謝してもいいと思っている。ま、いくら両親の躾が甘かったことが原因でも、自分の子供があんな性格をしているのは同情するしかない。だからこそ、私も両親の子育ての手伝いをしようと思っているわけだし。


 まあ、私の第二の人生はそんな感じで概ね順調といえる。姉弟が問題児でも私自身は問題を起こさず、両親の手を煩わせなければほとんど自由に振る舞えるのだから。学校でも友達に恵まれてるし、家はお金持ちだし。ほーんと、良いことずくめって言うのかな? こんな幸せな家庭でラッキーだよ~。


 ……なんて、思っている時期が私にもありました。



◆◇◆◇



 私が通っている学校は、初等部から始まり高等部まである私立白鳥学院だ。この学校の初等部はお金持ちの子供が通っているだけだが、中等部、高等部と上がるにつれて外部生を受け入れる仕組みになっている。


 その特性上かは知らないが、校舎は初等部だけ少し離れた場所にあり、中等部、高等部は一部の施設が共同使用となっている。入学式や卒業式などの式典が行われる白鳥記念館もその一つだ。この記念館は創立100周年を迎えた年に建てられた物の為、きれいで新しい。


 中等部の入学式である今日、私はこの記念館を正面から見たときに、ふとデジャヴを感じた。


 初等部に通っていた時もこの記念館の前を通ったことは何度かある。そのため、既視感を感じてしまってもおかしくは無いはずだ。でも……なんというか、そう片付けてしまうことに抵抗があった。


 奇妙な違和感を抱えながら記念館を凝視していると、頭の中に或る光景がフラッシュバックする。きれいな建物。桜が舞う道。セミロングの髪をなびかせた少女が、白鳥学院の高等部の制服に身を包んで立っている姿――。


 そこまで頭に浮かんで愕然とした。何だ今のは。最初はまた前世の光景が浮かんだのかと思った。でも違う。私は前世で白鳥学院の高等部に通った覚えはないし、他校の制服を着るようなコスプレの趣味は無い。じゃあ、今の景色はいったい……?


「どうしたの? 早く受付を済ませましょう?」

「え、ええ…。申し訳ありません、お母様」


 私より数歩進んでいた母が振り返る。私は感じた疑問をそのままに、表情を切り替え母に並んだ。



◆◇◆◇



 私達が白鳥記念館に入って暫くすると、入学式が始まった。校長や来賓の長い話に興味は無いので、考え事をしながら暇をつぶすことにする。時間は有限。有効活用しなくちゃね。


 さっき、白鳥記念館を見た時。前世含め、私にとって経験がないはずの光景が浮かんだ。しかも、今じっくり思い返すと、あの光景は二次元的……つまり、白黒の絵のようだったと思う。もっと具体的に言うなら、そう、漫画だ。


 あれは漫画のワンシーン? この学院を舞台にした漫画だったの?


 ……なるほど。そうだと仮定すると納得だ。漫画ではよく、実際の学校をもとに漫画の世界の学校を作ると聞く。前世の私がもしその漫画のファンだったなら、自分が来世で舞台として参考にされた学校に通っているなんて興奮ものだっただろう。生憎私はそのワンシーン以外思い出せないので興奮も何もないわけだが。


 はあ~納得納得。これですっきりした。さ、今更かもしれないけど、残りの時間は校長の話に耳を傾けることにするか。


『在校生代表による歓迎の言葉。在校生代表、鷹司一輝たかつかさいつき

「はい」


 あらら。いつの間にか祝電披露まで終わってた。私ってば随分長いこと考え事してたのか……。


 一人の男子生徒が進み出て、こちらを見た。そこでまた感じるデジャヴ。そう、彼と似た人物がこちらに背を向けて代表挨拶をする姿が。制服はやっぱり高等部のもので、マイクに流れる声は在校生代表の歓迎の言葉ではなく、新入生代表の挨拶で――。


 ……ん? おかしくない? なんで漫画の人物がここで歓迎の言葉を述べてるの?


 そもそもあのキャラは高校生でしょ? 漫画のモデルになった人物だとしても……私は今、漫画が発行された時代より後の世に転生してるわけで。モデルがまだ在学中っておかしいよね? しかも中等部に。


 混乱している私の脳内に、今度は断片的な光景ではなく、流れるように次々と漫画のシーンが浮かんでは消えていく。一人の女の子、おそらくこの漫画の主人公ヒロインが色々な騒動に巻き込まれ、在校生代表の男、鷹司と恋に落ち、凰院華梨おうのいんかりんという女のいじめに耐え、逆境を乗り越えてハッピーエンドで終わる、そんな話が。



 ……えーっと、つまり、私が転生したこの世はまさか、現実世界の未来などではなく、漫画の世界だというわけですか……?



 もし、もしだ。そうだとしたら……え? その、漫画の結末は二人のハッピーエンドで終わっていたから、悪役がその後どうなったかは分からないわけで。でも、ヒロインをいじめていた主犯が凰院華梨だというのは全校生徒にばらされていたわけで。だから、その……。彼女のその後なんて、ろくでもないもののはずだよね? ついでにその家族も肩身が狭い思いをしますよね……?






 前世は普通の家庭、今世はお金持ちの家庭。家族に難はあるものの幸せな人生を歩めると思っていた私、凰院華梨の妹である凰院優莉奈おうのいんゆりなは、弱冠一二歳でこの先の人生に絶望を感じました。


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