第一話 弊害
人は気分で物事の受け取り方が大きく変わる。
ましてや、なかった記憶が蘇れば尚更だ。
―第一話 弊害
ようやく森の終わりと中腹の真ん中といったところか。
今の太陽の位置を確認すると少し傾いている。
出発した時間から逆算して大体四、五時間といったところ。
そろそろお腹に何か入れなくては持たないし、服についたポーチから携帯食料を出そうか悩んだ時だ。
「ん?」
向かって斜め左方向の茂みが揺れた。
即座に服の腿に刺してあるナイフを取り警戒。
一層揺れは強まりいよいよその正体が姿を見せる。
現れたのは角うさぎ。
人間に仇なす生物の総称、魔物の中では最弱に近く、名前そのまま角が付いた獰猛なうさぎだ。
それでもその角による一撃は脅威で、甘くみた新米狩人などは場合によっては命を落とすそう。
記憶の擦り合わせと統合はしっかりしているらしい。
その角うさぎが茂みからこちらの姿を確認したのと同時に突っ込んでくる。
その狙いは太ももだろう。
数メートル手前の位置でジャンプし、やはり太ももに飛び込んでくる。
即座に横に飛び回避。
歩き通しで疲れた足には少し堪える。
相手は躱されたとみるや着地。
そのままこちらの様子を伺っている。
だが角うさぎはその角を使った突撃しか取る手はない。
此方が仕掛けないなら向こうから来るしかない。
此方の足を止める為に恐らくまた足を狙ってくるだろう。
これは経験上分かっている。
案の定またこちらに駆け出してきた角うさぎ。
先程と同じく足狙いで飛んで来る。
予見していたおかげで先程よりも余裕を持って横に避けられた。
通り過ぎたうさぎを目掛けて、回避の勢いをそのままに振り向き様に着地の足を狙ってナイフを投げる。
見事に当たり。
足がなければ角うさぎにはもはや攻撃手段がない。
あとはそのまま駆け込み、もう片方の腿から抜いたナイフで首を切るだけだ。
なのに。
これまで何度もやってきたことなのにナイフを持つ手が震える。
でも生きるためには仕方ない。
だから敢えて言おう。
「昼飯ゲットッ」
自分を奮い立たせる言葉は本能、食欲に根付かせた。
その方が効くだろうから。
◇◇◇
うさぎの肉を解体しながら言う。
「後味悪いなあ…」
他の魔物を寄せ付けかねないし、その場で血の匂いを撒き散らすわけにもいかない。
死体を入れた獲物袋片手に安全そうな水辺に移動をしたのだ。
記憶が蘇る以前は特に思うことはなかった。
殺すことにも肉をばらすことにも。
だが今は日本人としてのモラルが邪魔になる。
胸が痛む。
「とっくに慣れたと思ってたんだけどな」
どうやらまた慣れていくしかないらしい。
せめてもの幸いだったのは、記憶が統合して安定するまでに会敵しなかったことだろう。
直後だったらもっと危なかった。
心理的にも肉体的にもだ。
「思わぬ弊害だね」
だが、だからこそ新鮮なんだ。
生まれ変わり、記憶の統合でまた生まれ変わった僕にはね。
水辺に映る僕の顔は笑っていた。
前世の影響なのか、日本人のような黒髪で掘りが浅く、同じ年代層の子より幼い顔つきであることが分かった。
笑顔のせいで下手したら女っぽいとすら思われるかもしれない。
でも今の僕は気分が良い。
だからこうポジティブに言えるんだ。
「将来に期待できそうな面構えじゃないか」
後で思い返すと絶対恥ずかしいのにね。
―第一話 弊害 完