遠足
遠足 閑凪
十年程前の七月、この町にある小さな学校にて。
遠足の前日、担任の教師が言った。
「明日はみんなが楽しみにしていた遠足だったが、雨で中止になるかもしれない」
「ええーっ!!中止はやだよぅ!ずっと楽しみにしてたのに!!」
「でも仕方ないんだ、こればかりは先生1人では決められないことでね・・・・・・」
そう言っておきながら、教師はどうにかして生徒たちを遠足に連れていってやりたいと考えていた。
「そうだ、先生」
一人の生徒が手をあげた。
「どうした」「中止になれば、午前授業になるんでしょ?だったら午後から行こう!」
「午後だって?」「そうだよ、明るい昼間のうちだったら校長先生も認めてくれるよ。カッパ着れば全然平気だし!ね、先生いいでしょ?」
「うーん・・・・・・そうはいってもなあ」「お願い、先生!!」「私からも!」
生徒たちの熱心な説得に、教師はついに決断した。
「そんなに言うなら、仕方ない。明日雨の場合、午後から遠足にいこう!」
その時はまだ知らなかった。あんな不幸が起こるなんて。
翌日。予報は的中し、雨降りのどんよりした朝となった。教師はぱっとしない気分のまま、車に乗り込み、学校へと急いだ。
数分後、学校へ到着。
眠たい目をこすって廊下を歩いていると、隣のクラスの担任とすれ違った。
「あら、先生」「・・・・・・何でしょう」「そちらのクラス、午後から遠足に行くんですって?校長先生から伺いました」「ええ、まあ。」
なんと情報が早い・・・・・・
「まあ、雨男と伺っておりましたが、先生ならなんとかなりそうですね」
「はは(苦笑)、そうなれば話は早いのですがね」
「それでは怪我の無いよう、楽しんできてくださいね。あ、この事は秘密にしておきますから」
そう言うと彼女は軽く会釈し、自分のクラスに入っていってしまった。
「ふう、まだ他には知られていないようだな、良かった・・・・・・」
教師は安堵のため息をついた後、教室の戸を引いた。
「先生!」
中に入るやいなや、教師の目に飛び込んできたのは、生徒たちの輝く笑顔だった。
「おはよう」「雨、降ったねぇ!」「ああ、そうだな」「うちのクラスだけなんだよね!遠足に行けるの!」「まあそうだな」「ママに聞いたらオレ、午後行ってもオッケーだって!」「オレも!」「あたしん家もだよー!」
「まったくお前たちは・・・・・・」教師は苦笑いを浮かべて、朝の会を始めるように日直に指示した。
帰りの会で諸連絡を済ませ、集合時刻を伝えた。
「みんな、この学校前に、2時半集合だ。わかったな」「うん!」「遅れた奴は置いていくからな―」
無論、引率者として生徒を置き去りにすることはあり得ない。、生徒を本当に信じている担任だからこそ、こんなことが言えるのだ。
*****
午後二時十五分
まだ十五分前だというのに、校門の前にはもうクラスの半分以上の生徒が集まっていた。勿論、教師も到着していた。
「ねーねー、早く行こうよー」「まだだ、来ていない奴がいるだろう?」「時間ぎりぎりまでだからね!」
午後二時三十分。とうとう集合時刻になった。教師は集まった生徒の名前を呼びあげていく。
「・・・・・・・・・・・・おや?一人足りないな」
「え――――っ!?誰だよー!」「ミカちゃんだよ、ミカちゃんがいない!」「んな奴いいだろ、置いていっても」「だめっ」「さっきまで早く行こうとか言ってたくせに、なんだよ」「ミカちゃんは友達だもん」「そーですかー」「ばかにしないでよ!」
「仕方ないな・・・・・・もう少し待ってみようか」
そうして待つこと三十分、一時間が過ぎた。生徒は既にくたびれている。
教師はようやく、ミカと呼ばれる生徒の自宅に電話をしてみた。返答は、「もうだいぶ前に出て行きました」というものだった。
「すまない、みんな。ミカはたぶんあっちにいると思う」「やっぱりなーミカは話を聞いていなかったんだ。きっともうあっちに着いて待ちくたびれている頃さ」「じゃあ、早く行こう!」「ああ」
急いでバスに乗り込む生徒25名と教師1人。
座席の後ろを向きながら、教師は「出発してください」と運転手にむけて言った。返事は無く、ゆっくりとバスが動き始めた・・・・・・。
雨粒が窓を叩く音が響いている。カーテンが全ておろされているため、暗く、風景は見えないが、子どもたちの楽しげな会話がバス内を明るく照らしていた。
「そろそろ着くころじゃない?」「まだかな、まだかな」「そんなに早く着くわけないって」「でも、もうすぐだよ、きっと」
教師も、違和感を感じ始めていた。山道を走っている割には、なんだか揺れが少ないし、何よりエンジン音が聴こえない。
まさかパンクなどでもしているのだろうか、そう思ってそっと立ちあがり、運転手に尋ねようとして彼は言葉を失った。
「・・・・・・・・・・・・おい、ウソだろ?」
運転手が―――――・・・・・・いない。
ガコンッ!!!!
突如バスが大きく左右に揺れ動き、生徒の痛々しい悲鳴が沸き起こった。教師は声を荒げる。
「しっかり何かにつかまっておけ!いいか!離すんじゃないぞ!!」
「先生・・・・・・!怖い!」「後ろ、なんかいるよ・・・・・・先生!気をつけて!!」
なんかいる・・・・・・
後ろになんかいる。
教師は恐る恐る後ろを向き・・・・・・その姿を見た。
「先生・・・・・・置いていかないで・・・・・・・・・・・・」
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!」
冷えた真っ白な手が、教師の顔に触れる。続いて、生徒たちに絡みついてゆく。それは紛れもなく、あの『ミカ』と呼ばれていた生徒以外の何者でもなかった。その手が触れたところから次々に動作の機能が停止していき、間もなくこのバスに乗っていた教師も含む二十六人全員は行方不明になってしまった。
後に聞いた話、ミカは家を出てしばらくして、車に轢かれて亡くなっていたらしい。教師の目に最後に映ったミカの姿は、白いワンピース姿だったという。
『最後くらい、みんなと遠足・・・・・・楽しみたかったの』
叶えられなかった幼いミカの願いは、今もこの学校に語り継がれている。
終。