ナーロッパと西洋ファンタジーの違い
皆さんは映画『コナン・ザ・グレート』(1982年公開)をご存じでしょうか?
作者にとってこの映画はアーノルド・シュワルツネッガー氏がボディビルダーから俳優に転身した、ということで知った作品です。
『ターミネーター』なんて目じゃない圧倒的な筋肉は、身体が一回りも二回りも違っていて驚くべき質量です。
西洋ファンタジーの知識がない人間にとって、冒険者や騎士が走り回るようなファンタジー世界のイメージはこれでした。
AIさんによると、この映画、「外出時や人前で生足(あるいは脚そのもの)を見せること」は基本的にNG、その鉄則が100%完璧に踏襲されていました。
この映画は、のちの1980年代〜2000年代初頭の「ビキニアーマー+ロングブーツ」という日本のファンタジー作品にも絶大な影響を与えた元祖にして聖典とも言える作品です。作中のヒロインである女戦士ヴァレリア(サンダール・バーグマン)の衣装を見ると、そのルールが徹底されていることがよく分かります。
↑ええ?? そんな大層な作品だったんですか?
映画『コナン・ザ・グレート』におけるヴァレリアの衣装
ヴァレリアの戦闘服は、上半身や太ももを大胆に露出した、まさにビキニアーマーの原型のようなレザーアーマーです。しかし、足元は頑丈な膝丈のブラウンレザー・ロングブーツ(一部ファー付き)で、足首からふくらはぎまで完全に覆い隠されていました。
映画の衣装デザイナーであるジョン・ブルームフィールドと、世界観を設計した高名なデザイナーのロン・コッブは、この足元に対して強烈なリアリズムのこだわりを持っていました。
1. 「大地の過酷さ」というリアリティ:
作中の舞台は砂漠、岩場、荒野、そして冷たい石造りや砂埃の舞う神殿です。どれだけ衣服が軽装であっても、地面を踏みしめる足元がサンダルやローカットの靴では「この過酷な世界を生き抜く戦士」としての説得力が消えてしまいます。
↑昔からハリウッドの衣装担当は時代考証をよく考えています。
2. 歴史・文化のパッチワーク:
この映画の衣装は、架空の古代(ハイボリア時代)を描くために、モンゴル、バイキング、中世の乗馬文化といった実在の歴史的な衣服の要素を混ぜ合わせて作られています。そのため、「旅をする者、馬に乗る者は必ず頑丈なロングブーツを履く」という欧州・ユーラシアの風習が、デザインの根底にガッチリと組み込まれていました。
原作小説(1930年代)の時点ですでに「鉄則」だった
さらに興味深いことに、映画の原作であるロバート・E・ハワードの小説(『レッド・ネイルズ』など)の段階で、すでに作者自身がこのスタイルを指定していました。
原作でのヴァレリアの描写にはこうあります。
「彼女はスカートの代わりに、膝の少し上までのシルクの半ズボンを穿き、それを太いサッシュで留めていた。そして、フリルのついた柔らかい革のロングブーツが、彼女の膝の近くまでを覆っていた」
つまり、日本のファンタジー作品たちが守っていた「上は裸に近くても、足首と足元だけは絶対にロングブーツで隠す」という鉄則は、1982年の映画『コナン・ザ・グレート』で映像化され、さらに遡れば1930年代の原作小説の時点で「欧州の旅・戦いの風習」に倣って作られた由緒正しきファンタジーの伝統だったのです。
あなたの「コナンでもそうだったのでは?」という直感は、ファンタジーの歴史の核心を正確に突いています。当時のクリエイターたちが「お色気」と「欧州的なリアリズム」を両立させるためにどれほど足元を重要視していたか、その系譜がコナンから地続きで日本のファンタジーに繋がっているのが分かりますね。
現実の歴史(中世から近代の間)において、庶民の女性が「タイツ(ストッキング)を着用せずに素足の足首をさらけ出す」ことは、基本的にはありませんでした。 むしろ、貧しい庶民の女性であっても、何かしらの足元カバーを身につけているのが普通でした。
中世から近代のヨーロッパにおいて、庶民の女性であっても「外出時や人前で生足(あるいは脚そのもの)を見せること」は基本的にNGでした。当時のキリスト教的な道徳観では、女性の脚は「お尻の延長」と捉えられ、性的な部位として隠すべき場所とされていたためです。
↑このキリスト教的な道徳観は東洋人には馴染みがないのでしょう。
ただし、貴族と庶民ではその「厳しさの理由」や「現実の対応」に大きな違いがありました。
1. 庶民の女性も「見せない」のが基本
当時の価値観では、女性が人前で脚を露出することは「破廉恥な行為」や「売春婦の象徴」とみなされていました。そのため、庶民の女性であってもウールや麻でできた素朴な靴下を履き、ロングスカートで隠すのが一般的でした。
それは 「足首を見せる=下着(お尻)を見せる」と同義だった
当時のヨーロッパ(特に19世紀のヴィクトリア朝以前)には、現代のような「女性用のパンツ(ショーツ)」という下着が基本的に存在しませんでした(穿いていたのは長い肌着のシャツのみ)。
• 足は「お尻の延長」という感覚: パンツを穿いていないため、スカートの裾から上の脚はそのままプライベートな部分に直結していました。そのため、当時の人々の感覚では「足(足首)が見えること」は「お尻の境界線が見えること」に近く、極めて破廉恥でエッチなことと捉えられていたのです。
• 17〜18世紀の緩和: 17世紀の1600年代になると、働く女性のスカート丈が床すれすれから「くるぶし丈(足首が見える長さ)」まで少し短くなり、動きやすくなりました。しかし、その際も下には必ず色のついた厚手の靴下(赤や茶など)をしっかりと穿いており、生肌の足首を見せることはタブーのままでした。
↑これは1980~2000年でも英国ではタイツはOK。ストッキングは色仕掛けをしている、という見方になったようです。
ストッキングがエロい?
東洋人にはよくわからない感覚です。
ストッキング着用を責められて、「タイツです!」と言い返しただけで問題は解決したそうです。
やっぱり東洋人にはよくわからない感覚です。
2. 労働のための「例外」があった
貴族の女性が引きずるような長いドレスで完全に脚を隠していたのに対し、生活のために働かなければならない庶民の女性には、以下のような例外的な日常がありました。
• たくし上げと短いスカート:農作業や洗濯、市場での仕事の際は、動きやすさを重視してスカートの裾をふくらはぎ辺りまで短くしたり、ピンでたくし上げたりしていました。
• 実用的な裸足:水仕事(洗濯婦など)や、ぬかるんだ道、雨の日の労働の際は、靴や靴下が濡れて傷むのを防ぐために、あえて靴下を脱いで裸足になることが容認されていました。
これらはあくまで「働くための必要性」から黙認されていたものであり、おしゃれやファッションとして生足を出していたわけではありません。
3. 「胸元はOK、脚はNG」という不思議な美意識
近代(18世紀頃など)になると、貴族のドレスは胸元を大きく露出するものが流行しました。しかし、どれだけ胸元を開けても「脚だけは絶対に隠す」という強固なルールがありました。19世紀のヴィクトリア朝時代にはそのタブー視がピークに達し、「脚(leg)」という言葉を口にすることすら上品ではないとされるほどでした。
女性がファッションとして人前で足首や脚を堂々と見せられるようになるのは、20世紀(1910年代以降)に入ってからのことです。
4. 現実的な「汚れ・怪我」からの防御
中世〜近代のヨーロッパの街や農村は、現代とは比べものにならないほど不衛生で過酷でした。
• 泥と排泄物だらけの道: 道には泥、家畜の糞尿、ゴミが溢れていました。素足の足首を出して歩けば、たちまち病原菌や汚れが付着します。
• 実用的な防護: 蚊などの虫刺されや、草木による切り傷、寒さから身を守るためにも、布で脚を覆うのは生きるための「必須の知恵」でした。
↑スコットランドの男性がひざ丈のタータンチェックのスカートを履いている時も、ハイソックスなのはこの為かもしれません。勉強になります。
まとめ
現実の歴史では、どれだけ貧しい庶民の女性であっても、「生脚の足首を出して生活する」ということはなく、必ず手編みの靴下や長めのスカートで隠していました。
だからこそ、映画『コナン・ザ・グレート』や日本のファンタジーが作った「上はビキニでも足元はロングブーツで生足首を絶対に見せない」というデザインは、この西洋の歴史的な『脚をさらけ出すことへの強烈な抵抗感(羞恥心)』を、無意識レベルできちんと受け継いでいた結果だと言えます。




