↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

一発ネタ

悪の美学

作者: 涙目
掲載日:2026/08/22

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 男は地獄にいた。


 当然だった。


 生前、善行など数えるほどもしていない。


 国を滅ぼした。

 英雄を殺した。

 王を脅した。


 金を奪った。

 裏切った。

 騙した。

 燃やした。

 壊した。

 殺した。


 悪逆非道を絵に描いたような人生である。


 だからこそ、男は地獄の業火に焼かれながらも不思議そうな顔をしていた。


「ぬるいな」


 周囲の亡者達が震え上がる。


「ひぃっ!」


「ひ、火刑百年コースだぞ!?」


「なんで平然としてるんだ!?」


 男は鼻で笑った。


「生きていた頃の方が厳しかったな」


 そんな時だった。


 天上から一本の蜘蛛の糸が垂れてきた。


 金色に輝く神々しい糸。


 亡者達が歓声を上げる。


「く、蜘蛛の糸だ!」


「救済だ!」


「神の慈悲だぞ!」


 男は見上げる。


 雲の向こうから声が響いた。


『お前にも、わずかばかりの善行があった。地獄から抜け出す機会を与えよう』


 神の声だった。


 男は数秒ほど考えた。


 そして。


「ほう」


 ニヤリと笑う。


『さあ、登るがよい』


「なかなか良い心がけだな」


『うむ』


「俺を助けようとは」


『うむ』


「だが」


 男は蜘蛛の糸を掴む。


 亡者達が期待に目を輝かせた。


 そして次の瞬間。


 ブチッ。


 自ら糸を切った。


 沈黙。


 神も亡者も固まった。


『……は?』


 神が思わず聞き返した。


 男は肩を竦める。


「無用な気遣いだ」


『いや待て』


「俺は俺の意思で悪をなした」


『待て待て』


「誰にも否定はさせん」


『いやそのための救済なんだけど』


「だから、俺が行った事による結果は全て俺のものだ」


『聞け』


「地獄も受け入れる」


『聞いてくれ』


「逃げん」


『珍しく救済を』


「断る」


『断るなぁぁぁぁぁ!!』


 神の絶叫が地獄全体に響き渡った。



 三日後。

 男は地獄第五階層を支配していた。


「なぜだ」


 閻魔が頭を抱える。


 男は玉座にふんぞり返っていた。


 座っているのは本来、閻魔の席である。


「簡単な話だ」


「どこがだ」


「亡者共は罰を嫌がる」


「当然だろう」


「だから罰を楽しめるようにした」


「何を言っている?」


 閻魔が見下ろす。


 そこでは亡者達が全力疾走していた。


 溶岩の中を。


「目標達成で休憩五分だ」


「ブラック企業か貴様は」


「向上心を持て」


「亡者に言うな」


 しかし不思議なことに、亡者達は以前より元気だった。


「昨日より長く走れたぞ!」


「俺は火あぶり二倍に成功した!」


「次は溶岩潜水だ!」


 閻魔が震える。


「地獄への適応を促進してる……」


「良いことだろう」


「良くない」



 一ヶ月後。

 地獄の生産性が三倍になった。


「何で?」


 神々会議で議題になった。


 閻魔が泣きながら報告する。


「亡者が自主的に拷問を希望しております」


『何で?』


「より強くなるためだそうです」


『何で?』


「理由を聞いたら」


 閻魔は資料を見た。


「“苦痛程度で音を上げるとは情けない”と言われたそうです」


 神々は頭を抱えた。


『元凶は?』


「例の男です」


『やっぱりか』



 三ヶ月後。


 男は地獄全域を掌握した。


「閻魔」


「何でしょう……」


「茶」


「はい」


 閻魔が淹れる。


「熱い」


「申し訳ありません」


 入れ直す。


 神々は天界からそれを見ていた。


『閻魔が顎で使われてる……』


『地獄の最高責任者なのに……』


『あいつ何なの?』



 半年後。


 男は地獄改革を始めた。


「まず、業務改善だ」


「地獄に業務改善はいらん!」


 閻魔が叫ぶ。


「無駄が多い」


「罰に効率を求めるな!」


「あと、人材育成」


「亡者だ!」


「適材適所」


「亡者だ!」


「目標管理制度」


「亡者だと言ってるだろうが!」


 しかし結果として。


 地獄の運営効率は史上最高を記録した。



 一年後。

 神はとうとう地獄へ降りてきた。


「おい」


「何だ?」


 男は相変わらず玉座だ。


 しかも閻魔に肩を揉ませている。


 神は額を押さえた。


「お前、本当に天国へ来る気はないのか」


「ない」


「なぜだ」


 男は笑った。


 傲慢で。


 堂々としていて。


 どこまでも悪党らしく。


「美しくないからだ」


「は?」


「俺は悪だ」


 男は立ち上がる。


「悪とは責任だ」


「……」


「奪ったなら背負う。壊したなら受け入れる」


 そして地獄を見渡した。


「だから俺はここにいる」


「……」


「だが、せっかくいるなら退屈は嫌いだ」


 神は静かに目を閉じた。


 理解はできない。


 理解したくもない。


 だが一つだけ確かなことがある。


「お前」


「何だ」


「地獄で一番迷惑な亡者だな」


 男は豪快に笑った。


「誉め言葉だ」


 その日。


 地獄は正式に男の管理下へと移行した。


 閻魔の肩書きは副官になった。


 神々は会議で満場一致の決議を出した。


『頼むから天界には来ないでください』


 男はその通達を読んで大笑いした。


「なるほど」


「何がおかしい」


 閻魔が聞く。


 男は愉快そうに言った。


「神に恐れられるとは」


 そして胸を張る。


「悪として、これ以上の勲章はないな」


 地獄中の亡者が拍手した。


 神々は全員、胃薬を飲んだ。


 今日も地獄は平和だった。

お読み頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。