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9/27

見守って、欲しい

翌週は、珍しく晴れていて。

金井から、『今日はバイクで行く。何かあったら火事だって叫んで、絶対連絡して』とメッセージが来ていて、どんだけ過保護だ、って朝から笑った。

俺からは、『金井も気を付けて』と返して、一人、バスで学校へ向かう。

一人は、やっぱり窮屈だった。

隣と触れないように腕を抱いて、居ないと分かっているのに金井の姿を探してしまう。

だから目を閉じて、寝たフリをする。

俺もイヤホンを持ち歩こうかなと、ふと思って。

けれど、俺が聴きたいのは、金井が聴かせてくれる、あの雨音で。

結局全て、金井が居ないとだめで、早く会いたい気持ちだけが増えていた。

教室に入ると、金井もちょうど来たばかりみたいで、ヘルメットの入ったカバンを下げているから、嬉しくなる。

でも、声を掛けようとすると、先にクラスメイトに捕まってしまった。

振り返った金井と一瞬、目が合う、けれど。

結局話せないまま、押し流されるように、自席へと辿り着いてしまった。

金井は気にする様子なく、ロッカーにカバンを入れに行って。

早く話したくて、早く二人になりたくて。

早く昼休みになれ、と、願わずにはいられなかった。


休み時間に、日直だからと先生に呼ばれる。聞けば、資料運びをして欲しいとのこと。

手伝おうか?とクラスメイトは言ってくれたけれど、金井もこちらを見ていたけれど、大丈夫と言って断った。

資料運びくらい、一人で大丈夫。

職員室に行って、別室の資料をクラスメイト全員分渡されて。

げ、思ってたより多いな、と思ったけれど、先生に「いけるか?」って言われたら、頷くしかなかった。

これは、自分を偽るとかではなく、ただの負けず嫌い。

ふんっ、と持ち上げて、足で扉を開けて。

せめて箱が欲しいな、と思いながら教室へ戻る。

「先輩」

……ん?

声がして、そのまま行こうとして、今この廊下には俺しか居ないことを思い出して。

俺か、と振り返ると、いつぞやの、告白をしてきた、後輩。

俺の元彼をボコボコにしたという、後輩。

「あれ……」

「停学、解けたので会いに来ました」

「え、」

まずいか、これ。

嫉妬で年上の、男性をボコボコにできる子だ。

俺も年上だし、男だけれど、要は同条件で。ボコボコにできる対象、という訳で。

襲いかかってきたら、この資料を投げ付けて、走って、えっと、どこに行けば良いんだ、教室、は遠いし、職員室、は彼女の背後にある。

追い越して行けるのか。

刃物を持っていたらどうする?

俺は、どうすれば。

恐怖で少し下がると、同じ分だけ詰めてくる彼女。

おいおいおいおいと思っていると、目が、合う。

「先輩、別れたって本当ですか?」

「えっ、あ、うん、でも」

「また、別の人と、付き合ったって、本当ですか?」

「……そ」

う、だけれど。

金井。

金井は、だめだ。

元彼みたいに、俺の知らないところで、金井がこの子にボコボコにされる様子を想像して、ゾッとする。

血が、出ていたと噂されているのを聞いた。

血なんて、絶対にだめだ。

金井に傷付いて欲しくない。

金井を傷付けたくない。

そんなのだめだ、絶対にだめだ。

「……本当なんですね」

「いや……あの」

何も言えない俺の反応を見て、察した彼女は息を吐く。

この子は、俺に付き合って欲しいと言っていた。二番目でも良いから、付き合いたいと。

なら俺は、付き合えば良いんだろうか。

そうしたら、この子は満足して、納得して、金井には手を出さないでいてくれるんだろうか。

でも、でも、でも。

金井を裏切るような真似は、したくない。

金井を悲しませるような真似は、したくない。

真っ直ぐな、金井のことだ。

例え金井を守る為でも、二人目の恋人なんて、形だけの恋人なんて、絶対に認めないだろう。

許さないだろう。

許せないだろう。

俺だって、そうだ。

「先輩」

「あの!お、俺、付き合ってる。確かにまた別の人と、だけど。でも俺、今、その人のこと、ちゃんと好きなんだ。俺の、初恋なんだ。大事なんだ、本当に。大事にしたいし、大事にしてくれてるんだ。だから、あの、お願い、見守って、欲しい」

資料を抱えたまま、頭を下げる。

バラバラと何枚か散っていったけれど、構っている余裕はない。

お願い、金井に手を出さないで。

頼むから、二人で居させて欲しい。

まとまりのない、ぐちゃぐちゃな言葉だったけれど、どうか伝わって欲しいと思う。

何度だって言うから、お願いだから、どうか。

「……初恋」

小さな、声が聞こえて。

「希」

「っ」

金井の、声が聞こえる。

振り向くと、そこに本当に金井が居て。

「金井、」

不意に、泣きそうになる。

安心と、不安と、ここに来ちゃだめだ、という恐怖。

今ここに来ちゃだめだ。

金井が今の恋人だって、バレちゃだめだ。

金井が襲われたら俺は。

きっと、狂ってしまう。

彼女のことを、許せなくなってしまう。

停学で済む以上の何かを、してしまうとさえ思っている。

金井は黙ったまま俺の所まで来て、散らばった資料を拾う。

そんなことしてる場合じゃ、と思うのに、金井はその資料を俺が持つ資料に重ねて、そのまま、全部取ってしまう。

「お、い」

「ごめん、ちょっと聞こえた。希と付き合ってます。二年B組の金井です。彼は俺が幸せにします」

「は……」

何、言ってんだコイツ。

名乗って、しかも宣言、しやがった。

バレちゃだめだろ、バラしちゃだめだろ。

煽っちゃだめだろ、何してんだよ。

信じられない気持ちで見るのに、金井は真っ直ぐ、彼女のことを見ている。

恐る恐る彼女を見ると、彼女は、表情が読めない。

ただ、少し頬が赤くて。

な、

なんで赤いんだ……?

戸惑っていると、彼女が頷く。

「分かりました」

「えっ」

分かった、って、何が。

どう分かったんだ、ちゃんと伝わった、のか?

真意を探るが、そのまま「失礼します」と彼女は立ち去ってしまう。

唖然として、金井を見ると。

金井はじっと、俺を見ていて。

「告白は嬉しいけど、気が気じゃなかった。一人にしてごめん」

「……はあ?」

告白なんてしてませんけどおお?と思って、先程の言動を振り返って。

好きって、言った、かも。

今付き合ってる人のことが、ちゃんと好き、って、言った……かも……

自覚すると、顔が熱くなる。耳まで心臓になったみたいに、ドクドク脈打って。

「ばか!!」

聞き耳立ててんじゃねえ!

鼻息荒く、ずんずん歩いて、金井を置いて行く。

それでもまだ収まらずに振り返って、「変態!」と威嚇する。

金井は離れた所で、嬉しそうに笑っていて。

悔しくて、置いていくつもりでまた歩いて、立ち止まって。

ちょっと振り返って、金井を睨み付ける。

早く、来い、って気持ちを込めて待っていると、金井も歩いて、追い付いて来る。

だから漸く、全部持ってくれていた資料を、半分預かる。

「…………来てくれてありがとう」

「っふふ、うん」

小さな小さな声のお礼は、ちゃんと金井に届いた。


その日のお昼は、教室に人が少なくて。

晴れだとやっぱり皆外へ行くな、と思っていたら、ざわざわしている上に、ちらちらと視線を感じて。

なんだ……?と思いつつ、金井といつもの踊り場へ行く。

また、俺の叫び声が全体周知されたのだろうか。

されたとしたらどんな内容だ?『希、廊下で彼氏にばかと暴言』?

なんだそれ。

自分で考えておきながら、馬鹿馬鹿しいなと却下する。

寧ろそんな出来事がニュースになるなら、平和な証拠だとすら思う。

もし俺がばかと言ったことで、別れたかもという噂が立っているのなら、それは全力で否定したいところだけれど。

踊り場に着いて、座ろうとして、ふと思い出して、階段を更に上がろうとする。

「希」

「ん?」

けれど、金井に止められてしまった。

中途半端に登りかけた姿勢のまま金井を見ると、金井はちょっと、悪い顔をしている。

「上ならもう、多分人来ないよ」

「え?」

「先生に言って、張り紙してもらったから。『ここは教師が巡回に来ます』って」

はぁあ。

対策済み、ってことか。いつの間に。

それなら、と階段を登るのは止めて、いつもの場所に座ると、金井も隣に座る。

今日は晴れているから端に寄る必要がなくて、俺らの間にはちょっと、空白があって。

くっつく必要も無いけれど、若干、寂しいなと思っていると、その隙間が、全部無くなる。

「っおい」

「希は分かりやすい」

「はあ?」

「夏が大変だ」

「はぁあ?」

妙にご機嫌な金井は、意味の分からないことを言う。

その上俺の反応なんて全然気にせず、一人先にお弁当を開けているから謎に悔しい。

二人の間の空間を見ていたから、分かりやすいってことか?

でもただ見てただけだし、と思う。

それに夏、夏ってなんだよ。

くっつくと暑いからとか、そういうことか?

……確かに。

夏は、ここじゃ暑いかも。

ちょっと嫌だな、と思う。

昼休みに二人で過ごす、この時間が好きだから。

自然に呼吸ができるこの時間が、無くなるのは嫌だな。

「希」

「んっ」

考え事をしていたら、唇に梅干しが押し付けられる。

落とさないようにゆっくり食むと、金井にじっと見られるから、睨む。

「梅干しとキスさせるな」

「ごふっ」

噎せている。

仕方なく背中を摩ってやると、暫くして落ち着いた金井と目が合う。

「意地悪」

「ふん」

ちょっと拗ねている金井は、ちょっと面白い。

俺もお弁当を開けて中身を見せると、「磯辺揚げがいい」と言われるので、更にお弁当を金井に寄せる。

けれど受け取らず、俺の事を見ているので、なるほど、と理解して。

磯辺揚げを箸で持ち上げて、金井の口に入れずに、唇に押し当てる。

「む」

それから口に入れてやると、もぐもぐ食べるので満足した。

磯辺揚げの油が着いた唇を、じっと見たりとかは、していない。多分。

「……早く梅雨明けて欲しい」

弱り切った声で金井がそう言うので、緩く肩をぶつける。

お互い、言わないけれど。

お互い、多分、今。

キスしたいと、思っている。

「こっちのセリフだ、ばーか」

明るく言ってやると、ちょっと苦しい表情を見せた金井は、それでもお弁当の蓋を差し出して、梅干しの種を回収してくれる。

敢えて舌を出して種を落とせば、はぁあと大きな溜め息が聞こえたので、笑った。

大丈夫、待つからさ。

梅雨が開けたらデートをして。

一生記憶に残る、キスをしよう。


俺が食べ終わると、見届けた金井はそのまま横になる。

持って来ていたカバンをぐいぐい押すと、頭を上げてちゃんと枕にされた。

それから金井が手を伸ばして来て、俺の小指を握るので見つめる。

「さっき、何考えてた?」

さっき。

なんのことだ、と思い返して、ああ、梅干しとキスする前の、と思い出して。

「夏、確かにここじゃ暑いよなと思って」

「ああ」

頷いた金井は、暫くそのまま静かになる。

寝たか?と思うけれど、寝息は聞こえてこない。

「ちょっと、アテがある」

「おー?」

「姉ちゃんが言ってた。今はもう使われてない音楽準備室があって、そこにエアコンもあるって」

「へぇ」

使えるのか?と考えていたら手を引かれる。

「行ってみよう」

「……ん」

頷くと、金井が起き上がる。

小指を握られたままだから、引っ張られて。

俺も立つと、そのまま引かれる。

金井は最近、少しずつ、俺に触れてくるようになった。

金井の中の段階を、ゆっくり、着実に、進んでいるのだと思う。

それがむず痒くて、嬉しくて、少しだけ、もどかしい。

この手を引いて、抱き締めて、キス、したら。

どんな顔をするんだろう、と思う。

おでこにも、瞼にも、耳にも、首筋にも、全部全部、唇を落としたなら。

早く反応が見たい、早くキスしたい。

でも金井のプランを叶えてもあげたくて、だから、ずっと、我慢していて。

キスしたいなんて初めて思った。

我慢なんて、初めてしている。

もどかしくて、焦れったくて、だから小指に力を込める。

振り返った金井は、少しだけ困った様に笑った。

音楽準備室は、いつもお昼を食べている所と同じ階にあった。

鍵は掛かっていなくて、でも内側には鍵が付いている。

エアコンも確かに付いていて、狭く少し埃っぽいけれど、かなり良い感じだった。

「いいな、ここ。てかお姉さんいたのか」

「うん、四つ上の姉がいる」

「へえ」

じゃあ俺は会ったこと無いんだな、と思う。

それで良かったな、とも思う。

一年の頃から、先輩にも沢山食われていたから、とは、流石に言えないけれど。

もし俺の存在とか、行動が知れていたら、顔向けができないと思った。

「暑くなったらここに来よう」

音楽準備室を見渡した金井が、そう言う。

だから頷きかけて、少し止まる。

「ん、別に今からでもいいけど」

「…………無理」

「無理ぃ?」

なんで、と金井の顔を見る。

俺より少し背が高いくせに、どこかいつもより小さく見える。

じっと見つめると、逸らされていた視線が絡んで、耳が赤いのが見えて。

「二人っきり、無理」

「……」

いつも二人だろうが、と思うけれど。

個室に二人っきり、は確かに。ちょっと緊張感が上がるのは、分かる。

今でさえ真っ赤な金井の耳が、言わずとも物語っている。

「嫌、って訳じゃないからな、緊張で無理ってことだからな」

「分かってる」

補足してくれた金井に、ちゃんと頷いて見せる。

それから手を伸ばして、出るぞ、と促して。

大人しく手を乗せた金井を引っ張って、音楽準備室から出ると、金井が繋いだ手に力を込めた。

「待たせてごめん」

弱々しい声に、俺は笑う。

いつも金井がやるように、腕を引いて、無理やり視線を合わせる。

「二人の、一生の思い出にするんだろ」

二人の、そうだろ。

言い聞かせるように言うと、ちょっと目を潤ませる金井。

お前が俺を幸せにしたいように、俺だってお前を幸せにしたいんだよ。

だからまだ我慢する。

金井の心が整うまで、必ず。


そうこうしていたら、予鈴が鳴って。

今日は金井がお昼寝できないまま、休み時間が終わってしまった。

「寝らんなかったな」

「うん、でも大丈夫。土日ほとんど寝てた」

「っは」

容易に想像できて、笑う。

だからメッセージとか無かったのか、と思う。

別に寂しかった訳じゃない。

別に、そんなんじゃない。

でも顔を覗き込まれて、睨む。

しばらく考えて、仕方なく言う。

「メッセージ無かったもんなって、思っただけ」

「……」

ぽかん、とした金井を置いて、先に行こうとするのに、繋いだままの手が枷となり進めない。

「おい、離せっ」

「希」

「なに!」

「かわいい……」

「はぁ!?」

心の底から、滲み出るように言われてぎょっとする。

ただの感想だろうが!と思ったけれど、金井にとっては違ったらしい。

「言ってくれてありがとう」

「……」

嬉しそうに手をにぎにぎされて、肩の力が抜ける。

「来週はメッセージ送る」

「……」

嬉しそうに言われるから、むず痒い。

うん、とも、ううん、とも言い辛くて腕を引くと、今度は素直に付いて来た。


教室に戻ると、クラスメイト中の視線が一気に来て。

「え」

驚いていると、拍手をされて余計に困惑する。

「希くん、金井くん、ファンクラブ設立おめでとう!」

「はあ……?」

訳が分からず、金井を見ると、金井もきょとんとしているので、こちらも分かっていない様子。

話しかけてきたクラスメイトを見ると、にっこり笑われて、嫌な予感がした。

「停学処分受けてた子、今日二人を応援するファンクラブを設立したんだって」

「は…………はぁ!?」

停学処分、って、さっきの……。

確かに見守って欲しいとは言った、けれど。

そこまで大々的にやれとは言っていない……!!

頭が痛み始めて、こめかみに手をやる。

縋るように見た金井は、楽しそうに、笑っていて。

思わずフラつけば、ちゃんと金井に支えられる。

その様子が第一回のファンクラブ通信として広められたと聞き、気絶するかと思った。

クラスメイトに、既に内通者がいる。ファンクラブ参加者が、確実に居る。

それでも、金井はやっぱり楽しそうに笑っていた。

金井が良いなら、まあ、良いか。


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