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梅干しをくれ

土日が明けて、試験当日、月曜日。

土日も勉強会する?という金井からの誘いは断って、思い切り、頭にあれこれ詰めて来た。

寂しそうにしていた金井には申し訳ないが、学校以外での二人きりは、俺が、脱線し始める気しかしなかったのだ。

代わりに、試験は午前中で終わるから、その後図書室でまたギリギリまで過ごす約束をしていた。

駅で合流して、まだ梅雨の抜け切らない曇天の中を行く。

普段だって土日は会っていないのに、ここ最近は遅くまで一緒に居たからか、お預けを食らったからか、若しくはその両方か。顔を合わせた途端から嬉しそうな顔をするので、こちらも気が緩んで若干、単語が抜け落ちた気がする。

だからバスでも単語帳を繰る。

けれど、眠ったフリをした金井が、肩に頭を乗せてくるのでまた単語が抜けた。

見なくても分かる。これは確実に狸寝入りだ。

お前が本当に寝ている時は、もっと気の抜けた、安らぐ寝息が聞こえるから。

ぺち、と額を叩けば金井の笑う吐息が漏れる。

もうちょっと大人しくしてろ、いい子だから。

額を叩いた手でそのまま頭を撫でれば、次こそ本気で寝た様で。

静かな寝息を聞きながら、最後の詰め込みに励んだ。


「はぁあああ」

「はは」

試験一日目を、乗り越えた。

図書室へ行く前に、いつもの踊り場でお弁当を食べようとしていて。

けれどまず、脱力。疲れた。やり切った。

まだ一日目だけれど、全力を出し切った。

そのお陰か、手応えは、まあまあ良かった。

金井がまとめてくれたノートの内容が幾つも出た。本当に感謝してもしきれない。

「疲れた」

「お疲れ」

「ノート、助かった」

「良かった」

「梅干しをくれ」

「ははは」

へばっていた踊り場から起き上がって、お弁当を開く。

梅干しを貰って、齧りながらおかずを押し付ける。

「ノートの礼だ。食え、どんどん食え、全部食え」

けれど金井は笑いながら、一つだけミニ白身フライを取って行く。控え目な奴め。

功労者なんだから、全部食っても良いくらいなのに。

相変わらず梅干しの種は回収されて、黙々とお弁当を食べて。

今日は寝ないまま、直ぐに図書室へと向かう。

自習組はもう既に沢山居て、皆真剣そのものだった。

俺は明日やる教科をメインに取り組む。

金井はノートを纏めた側から渡してくる。

行き詰まると金井を見る。

金井はすぐに確認して、教科書やらノートを手繰る。

飽きたらノートを広げたまま、金井を連れ出して廊下を一周する。

部活も無いからいつもより静かで、少しだけ手を繋ぐ。

誰かが来る前に手を離すと、名残惜しそうに指先を絡めて来るから少し驚く。

金井から触れて来るのは珍しい。

相当、触れ合いが不足しているのだなと思う。

連日遅くまで一緒に居るけれど、図書室ではくっつけないし、話せないから。

「梅雨明け、もうすぐだな」

「……うん」

「楽しみだな」

「うん」

梅雨明けにはデートをする。

そこで、多分、キスをする。

お互い初恋の、俺にとっては一応、ファーストキス。

覚えてるか、って意味を込めて言うと、照れているので覚えているのだろう。

俺も覚えてるぞ、って意味を込めて、笑う。

金井が少し、満たされるのを感じた。

俺も少し、補充される。

指先を絡めたまま図書室へ戻る。

入る時には解いたけれど、暫く残った体温が心地良かった。


ギリギリまで残って、一緒に帰って、送ってもらって。

また明日頑張ろう、って日々を、それから三回、繰り返した。

最終日の金曜は、周りもほぼ、屍で。

最後のテストを終えた時、歓声が上がった。

俺も、金井と目を合わせて、頷き合った。

最終日なので今日は真っ直ぐ帰る。

長らくお世話になった図書室とも、暫しのお別れだ。

金井も流石に疲れたとのことで、バスで眠りながら、一緒に帰る。

駅に着いて、まだ明るいし、ここで良いぞって言ったけれど、金井は今日も送ると言って聞かなかった。

「朝はまだ通勤と通学で人が多いけど」

「うん」

「帰りは人通りが疎らになるから、だめ」

疲れで少しぼんやりしながら、それでもハッキリと言葉にする金井。

絶対送るってのは、そういうことだったのか、と思う。

「ん」

頷くと、金井も頷く。

疲れると金井は幼い感じになるんだな、とちょっと思った。

家に着くと、またちゃんと入るまでを見届けられる。

だから玄関を閉める前に、言いたいことを言っておく。

「帰ったら寝ろよ」

「うん」

「気を付けて帰れよ」

「うん」

「勉強会ありがとう」

「うん」

「好きだぞ」

「っう、え、」

「はははっ」

ぼーっとしてるからだ。目ぇ覚めたろ。

ガチャン、と玄関を閉じれば、『ずるいぞ』ってメッセージが来て、笑った。


翌週、期末試験の結果が配られて。

俺も金井も、赤点は一つも無かった。

それどころか今までで一番点数が良くて、金井と拳を合わせる。これは二人で掴み取った、二度目の最高の結果だった。

そして。

暑い日が続くなと思っていたら、梅雨明けが正式に発表された。

梅雨明け、ということはつまり。

デート決行の日が、いよいよ、近付いてきた。

「梅雨明けだとよ」

「……うん」

教室で、朝一番に言うと、金井の返事は聞き逃しそうになる程小さくて。

じっと見つめていると、ゆっくり視線が逸れて行くから、俺は緩んでいく頬を抑えるのに必死だった。

精神面ではかなり自立している金井だけれど、触れ合いのこととなると途端に弱くなる金井がかわいい。

なぁ、梅雨明けだぞ。

俺は大人しく、この日を待ってたぞ。


昼になり、俺と金井はいつも通り踊り場へ行く。

ここもそろそろ暑くなってきたな、と思うと、金井がポケットから扇子が出てきたので笑った。何時もながら用意が良すぎる。

並んで座って、梅干しを与えられながら、扇がれながら、考える。

「一生思い出に残るキスってなんだろうな」

「っげほ」

「おおいい」

またか〜?って背中を摩ってやると、お弁当の蓋を差し出される。この流れは何時だって乱さない金井が面白い。

今日は変に意識させず、種を普通に蓋に落とす。

それでもじっと見てくるから、んべ、と舌を出すと金井が目を泳がすので笑った。

いつもはじっと見る癖に、いざ触れ合い解禁が近付くと、及び腰になるのがかわいい。

「腹括れ」

「うう」

「っはは」

金井の中で、ハードルが上がり過ぎていなければ良いなと思う。

俺はきっと、今すぐここでキスしたって、一生忘れられないと思う。

「次の土曜、迎えに行く」

「おー?」

「……行き先は内緒」

「ははっ」

考えてたのか、と笑う。

嬉しくて肩をぶつけると、金井も少しだけ、押し返してくる。

お弁当を見せると見に春巻きが取られた。

すぐ遠慮する金井が、メイン所を取ったのがおかしくて、笑って。

耳の赤さがかわいくて仕方ない。

もうずっと愛しくて仕方ない。

お弁当を食べ終わると、金井がずっと左手で扇いでくれていた扇子を取り上げる。

代わりに寝転んだ金井を扇ぐと、目元を緩めるので嬉しくなる。

そのまま扇いでいてやると、すうすう寝息が聞こえ初めて、心が満ちる、満たされる。

それからも扇ぎ続けて、やがて疲れて俺も寝転んで。

その姿勢で扇ぐけれど、段々と眠くなり、目を閉じた。

ゆっくりと、海へ潜るように、眠りに落ちる。


「……む、希」

ぐらぐらと体が揺れて、目が覚める。

ぼやける頭で辺りを見回すと、金井と目が合って。

「予鈴鳴った」

「……ん」

珍しく、本気で寝ていた。

ゆっくりと起き上がり、手を借りながら立ち上がる。

動かない金井を見ると、じっと見られるので首を傾げた。

「……戻ろう」

「おー」

なんだったんだろうか。

手を借りた時から繋がれたままの手を引かれる。

なんとなく、さらと親指で金井の指を撫でるとビクついていて笑顔になる。

金井が悪い年上に見つかっていなくて良かったなと思う。

この初心さは同い年でも、ちょっと悪戯したくなるから。


帰りは久々にバイクに乗せてもらった。

車体が日光を受けて熱くて、肌で感じる風が生温くなっていて、フルフェイスのヘルメット内に熱気が籠って、そういうところでも初夏を感じて面白い。

金井の腰だけはしっかりと両腿で挟み、腕は、暑いかなと思って緩くお腹へ回していると、信号待ちでぎゅっと腕を引き寄せられたので笑う。

だからぎゅっと抱き付くと、満足そうに柔く腕を叩かれるのでまた笑った。笑う俺の揺れが伝わって、金井も笑っている気がした。

そうして送り届けてもらった家の前、バイクを降りて、ヘルメットを返す。

「やっぱ楽しいな」

「うん」

雨だと危ないから、梅雨の間はバイクを我慢していた金井。今日は久々に運転ができて楽しそうだった。後ろに乗っていた俺も、もちろん楽しかった。

「運転ありがとう、気を付けてな」

「うん」

今日もまた俺が家に入るまでを見届けた金井。

そのまま暫く玄関に居ると、やがて遠くなって行くエンジン音に、この感じも久々だな、と嬉しくなった。

そして今日も、無事家に着いたメッセージと、筋肉ムキムキ男のスタンプが届く。

今日は筋肉ムキムキ男がバイクを持ち上げていて、だからなんでそんなスタンプあるんだよ、と笑った。俺は犬が威嚇しているスタンプを返しておいた。


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