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幻想が本物に変わる時

 一角熊の変異種は、体長が3メートルほどの巨躯。額から不均等に突き出た三つの角だけでなく、口から飛び出した大きすぎる牙も、ナイフのような爪も、全てが鋭利でまがまがしい。

 血走った焦点があってない目で睨まれただけで、公爵令嬢時代のロクセラーナなら泡を吹いて失神してしまったかもしれない。

 首もとにしがみついて、ぶるぶる震えだしたロクセラーナに気がついたゼドは、そっと優しく首から引き離して、地面におろした。

「大丈夫だ、ロシィ。俺が何とかするから、お前は隅に隠れていろ」

「うきいっ! (でも!)」

「大丈夫だ。俺は一級冒険者だからな」

 安心するようにロシィの頭をひと撫ですると、ゼドはマントを翻して変異種に立ち向かっていった。

(ゼド様のこと、信じておりますわ。信じておりますけど……)

「っ」

「うきぃっ」

 ゼドの渾身の第一刀は、変異種の分厚い毛皮によって、あっさり弾かれてしまった。

「……弱点は、火ではないか。毒持ちでもなさそうだな」

「うごおおおおっ!!!」

「おっと……そう簡単に、魔石を入れ替えさせてはくれないか」

 棍棒のように太い腕での攻撃を紙一重でかわしたゼドは、何とか隙を見て魔石を変えようとするが、変異種がそれを許さない。

 攻撃をかわして魔石を交換しようとするゼドと、絶え間なくゼドに襲い掛かる変異種。ロクセラーナはその一方的な攻防を、ただ見守ることしかできなかった。

(どうしましょう……このままでは、ゼド様が……何か、使えるものは)

 目についたものを片っ端から鑑定するけれど、良い案は思いつかない。

(そういえば、この草は猛毒でしたわ! なら、それを使って……って、どうやって使えば、あの恐ろしい熊に毒で攻撃できますの⁉ ちっとも思いつきませんわ)

 ロクセラーナが、一人頭を抱えている間も、攻防は続く。

「っ」

「うきー! (ゼド様―!)」

 咄嗟に利き手をかばったゼドの左手に、変異種の鋭い牙が食い込んだ。

(――ええい、ままよですわ!!!)

「うきききききききっ、うきき、うききききー!(【水の聖霊よ、我が敵に水の礫を】!)」

 唯一唱えられる水魔法の初級攻撃魔法を展開する。口から出るのは当然お猿語ではあるが、それでも問題なく魔法が発動するのは、野生生活時代のシャワーで実践済みだ。

(これで少しでも、あの魔物の気を引ければ……)

 ロクセラーナの頭上に現れたいくつかの水の球が、ボールのように一角熊の変異種へと向かっている。本当にそれだけの攻撃で、大した威力がないのはわかっている。それでもゼドがあの凶暴な牙から逃げる隙ができたのなら、それでいい。

 ……と、それだけを思っての攻撃だったのだが。

「うがああああああああああ!!!!!」

(な、なんかものすごく苦しんでますわ⁉ え、いつの間に私の魔法が、そんな強力に?)


 その時、不意に頭の中でピコンと謎の音がした。

 その音の理由もわからないのに、ロクセラーナは本能的に、一角熊の変異種を再度鑑定していた。


名称:一角熊(変異種) 

属性:火属性

概要:高濃度魔力を浴び続けた一角熊(属性なし)が、火属性の魔物の肉を摂取し続けたことで、火属性に変異した魔物。凶暴性は通常の一角熊以上でありながら、強い火耐性を持つ。また毛皮の強度が上がっているため、物理攻撃も効きにくくなっている。

体内魔力の消耗が激しいため、火属性の攻撃はよほど追い詰められない限り使用しない。

弱点は水属性の攻撃。


(なんだかとても、見られる鑑定内容が増えてますわー!)

 しかし、仕様の変更に驚いている暇はない。思わず変異種を二度見すると、激痛で絶叫する血眼の目と、ばっちり目があってしまった。

「――うぐぁああああ!!!!!!!」

「うきききききー!?(とっても怒ってらっしゃいますー⁉)」

 標的をゼドからロクセラーナに変えた変異種に、慌てて追加魔法を展開する。

「うき……うきききききききっ、うきききききき(え、と……【水の聖霊よ、水の恵みを】)」

 この魔法は、本来は攻撃魔法ではない。周囲一帯に優しい雨が降り注ぐ魔法で、ロクセラーナが野生生活時代にシャワー代わりにしていた魔法でもある。ロクセラーナは、ろくに魔法の鍛錬をしていないので、降らせられる範囲も狭い。だが。

「うがあああああ!!!!」

(効いている、効いてますわ……でも)

 ロクセラーナが使える水魔法は初級のごく簡単なものだけで、所有魔力量も平均の貴族令嬢程度しかない。今は良くても、このままじゃ追い詰められるのは目に見えている。

(ど、どうしましょう……とりあえず、次もまた使える水魔法を)

 その時、だった。

「――よくやった、ロシィ」

 一角熊の変異種の向こうから、巨大な水柱があがった。

 内陸国である家ヴァルトハイムの王都から出たことがなかったロクセラーナは見たことがないが、グラディオンの端には海と言う、巨大な塩辛い湖があるのだという。その海の水は、時に巨大な建物も飲み込むくらい、高く高く持ち上がるのだとか。

 ロクセラーナは、そんな本の中でしか知らなかった光景を、目の当たりにしたような気持になった。

「お前のおかげで、魔石を換える余裕ができた」

 高く高く跳躍したゼドの掲げる黒剣からは、巨大な水柱が吹き上がり、刀身が振り落とされた変異種の頭上に滝のように流れていく。

 先ほどのロクセラーナの攻撃の時とは比にならない、変異種の断末魔の絶叫は、またたく間に水の中に飲み込まれていった。


(なんだかとても……とてもすごいものを、見てしまいましたわ)

 安堵よりも、興奮の方が強かった。

 心臓が、どうしようもなく、速い。

(素敵、でしたわ。ゼド様……いえ、素敵という言葉じゃ収まらないくらい)

 まるで、絵画に描かれた英雄のようだった。どうしようもなく美しくて――たまらなく、まぶしい。

(変ですわ。私、何か変ですわ。何故か今は、きゃあきゃあ騒ぐ気になれませんの)

 きちんと止めを刺していたか一角熊の死骸を確認しているゼドの方を、まともに見られない。

 一角熊の変異種と戦う前から、ゼドのことが大好きだった。でも、今はその大好きとは何かが違うのだ。何が違うのかわからないけど、確かに何か別のものが加わった気がするのだ。もっともっと、特別な何かが。

(……もしかしたら、この気持ちこそが)

「よし、間違いなく死んでるな。ロシィ、お前のおかげで助かった。怪我はないか」

「うき! ……⁉」

 照れ照れしながら、ゼドの方を見て、ロクセラーナは尻尾を膨らませる。

「うきいいいい! うきききききぃぃぃぃ!! (いやああああ! ゼド様の左手すごいお怪我ですわあああ!!)」

 肉が抉れて血が噴き出しているゼドの左手を見た途端、甘やかな気持ちは一瞬にして霧散した。


「……そんな心配するな。ロシィ。こんな怪我、かすり傷だ」

「……うきき?」

「ああ、本当だ」

 その場にあぐらをかいて、ひとり治療を始めるゼドを横目で見ながら、ロクセラーナは項垂れた。

(……私がもう少し早く、鑑定レベルが上がっていれば)

 ぴこんという音と、鑑定仕様の変化の謎を探るべく自身の鑑定をしてみたところ、今のロクセラーナのステータスはこのように変わっていた。


名前:ロクセラーナ・ルセリオ ※猿化中

職業:元公爵令嬢 ゼドのペット

先天スキル:【鑑定】LV.2

後天スキル:【社交】LV.4【礼節】LV.3【裁縫】LV.2【舞踏(社交ダンス限定)】LV.2

取得魔法:水魔法

性格:恋する乙女


(どうやら鑑定スキルのレベルが上がったことで、魔物の属性やスキルレベルが分かるようになったようですわね)


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