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初めてのピンチ

「うっきぃ……うきききききき……」

(ああ……なんて素敵な朝でしょう)

 初めてのゼドとの二人きりの野宿から、迎えた朝。

 倒壊した屋根から差し込む朝日を浴びながら、お猿のロクセラーナはうっとりと、自身の尻尾を抱きしめた。

(屋根から覗く、満天の星空を見上げながら、愛する人の胸の中で過ごす夜……すっかりもう、私大人の階段を上ってしまいましたわ)

 当然であるが、昨夜のロクセラーナの姿もまたお猿であり、昨夜の光景は傍から見れば決してロマンチックなものではない。ただ単に、ゼドが寒くないようにお猿のロシィを胸に抱き、使い慣れたマントにくるまって寝ただけである。倒壊した屋根の隙間からは星空も見えていたが、旅慣れたゼドにとってはすっかり見慣れた光景であり、さして感慨に浸ることなく早々と眠りについていた。

 だが恋するお猿ロクセラーナの脳内では、すっかりその光景が美化され、恋人同士の美しい思い出になってしまっている。

(魔物の気配を感じたら、ゼド様は直前まで眠っていてもすぐに剣を構えてくださるから、寝ている間に襲われる心配もありませんでしたし……外で眠るのが、こんなに安眠できるなんて信じられませんわ)

 木の洞で一人、襲撃者に怯えながら震えて眠った日々とは、雲泥の差だ。柔らかいゼドの胸筋に包まれて寝たため、体の節々が痛むこともない。何なら、公爵令嬢時代のベッドより、ゼドの胸の上の方が寝心地がよいくらいだ。

「おーい。ロシィ。朝飯できたぞ」

「うきっ!」

 朝、起きるなり、すっかり消えかけた火を起こしなおし、朝ごはんの支度をしてくれていたゼドのもとへ、ぴょんと跳ねて駆けつける。

(ああ、朝ごはんもすごく美味しそうですわ……)

 ゼドは昨夜のあまりのスープを水増しして、ニヌア茸とアネルナ草、グリの実を足し、さらにどこからか取ってきた鳥型魔物の卵を溶いて入れてくれた。芳しい鳥スープの上に、ふわふわの卵が乗っている姿は、それだけで大変食欲をそそる。

 さらにさらに、カチカチの保存パンを、水でふやかしたうえで、濡れた布で巻いて遠火で蒸し焼きにしたものまで添えられているのだ。さらにさらにさらに、布を外して最後に表面をさっと炙り、外側をパリパリ香ばしく焼き上げるというひと手間。美味しくないはずがない。

「ほら、熱いから気をつけろよ」

「うきぃ」

 こくこくと頷きながら、焼けたパンと、スープの器を受け取る。

 まずはスプーンで、スープを一口。口に含むなり、尻尾がぶんぶん揺れた。

(ああ……やっぱり、卵がふわふわですわ。そして昨夜に比べても、脂が控えめで優しいお味。朝の食欲がない時でも、何杯でも食べられそうですわ)

 がっつり食欲に侵されていた今のロクセラーナなら、たとえ脂っぽくてもペロリではあっただろうが、ロクセラーナは気づいていない。淑女の朝ごはんは、軽めであるべきなのだ。

(パンも、外側がサクッとしていて、中がふわふわのモチモチで……あんな石のようなパンでしたのに。こんなに美味しくなるだなんて、やっぱり魔法みたいですわ)

 尊敬と愛をこめて、きらきらとした眼差しをゼドに送ると、すぐにゼドが気づいて笑みを返してくれた。

「なんだ? お代わりが欲しいのか?」

「うっきぃーっ!」

(違いますわ! でもくださいませ!)


 朝ごはんを終え、これまたあっという間の身支度と片づけを済ますと、再びダンジョン散策の開始だ。

「俺は亜空間収納バッグを持っていないからな。どれだけ長くとも、一泊以上はダンジョンに潜らないようにしているんだ」

(そういえばそんなお話をギルドでしておりましたわね)

 実際ゼドは昨日一日で倒した魔物も、必要最小限の素材だけをとって放置をしていた。全部持って帰ればもっと稼げるであろうに、どうしてと不思議に思ったものだ。

「俺はな、スタンピードのように凶暴な魔物が大発生するような時以外は、極力魔物の死骸は自然に返すべきだと思っているんだ。その死骸を食べて、他の魔物が繁殖できるだろう。ダンジョンのような場では特に、人間は魔物の恩恵を得させてもらっている立場であるからこそ、必要以上に生態系を崩すべきではない。それが俺の持論なんだ」

 ゼドの言葉があまりに新鮮で、ロクセラーナは青いつぶらな目をまん丸に見開いた。

(魔物の生態系なんて、考えたことがありませんでしたわ……)

 ヴァルトハイムでは、魔物は時に人間を襲う凶暴な生き物で、その生き物を狩って素材にするのは正しいこととされていた。

 いくら狩っても湯水のように湧き出るのが当たり前だと、大した根拠もないのに思い込んでいたのだ。

(浅慮でしたわ……そもそも私の今の姿は魔物なのですから、もう少し魔物について知るべきでしたのに)

 とりあえず、次に出会う魔物を鑑定することからはじめよう。ロクセラーナは、小さな拳を握り、一人決意したのだった。




名称:中級トレント

概要:樹齢数十年の木が、高濃度魔力に晒され続けたことで生命を宿した魔物。

テリトリーに入ると襲い掛かって来るが、入らない限り無害。枝を鞭のように操る。


名称:ストーンゴレーム

概要:遺跡の石材が、高濃度魔力に晒され続けたことで生命を宿した魔物。

創造主でありながら、自分を放置し続けた人間に強い敵意を抱いている。

手足で物理攻撃を仕掛けてくるが、たまに体を分解し投石することも。


名称:ファイヤースネーク

概要:炎を吐く、蛇型の魔物。

凶暴な性質で、遭遇したものを無差別に襲い掛かる。強力な毒と炎で攻撃する。


(こうやって鑑定してみると……一口に魔物と言っても、いろんな種類の魔物がいますわね)

 ゼドによって瞬殺されていく魔物の数々を鑑定しながら、ロシィはほぅっとため息を吐く。

(鑑定しても、苦手な魔法属性なんか全然わかりませんけど、ゼド様は瞬時に魔石を交換して対応しておられますから、鑑定以上の知識を持ってらっしゃるのですわね。博識で、ますます好きになってしまいますわ)

 ぽっと頬を両手で押さえながらも、同時にちくりと胸の奥も痛み出す。もしゼド以上の知識があれば、戦闘面でも役に立てたのかもしれないのに。

(……まあ、今の私はお猿ですから。わかったところで、伝えられないなら何の意味も……うん?)

 その時、不意に傍らの茂みがゆれた。

「――ぐがああああああ!!!!」

「っうきいいいいいぃぃぃ!!!!!」

(熊ですわ! でっかい凶暴そうな、角が三本生えた熊が飛び出してきました!!!)

 

 全身の毛を逆立てて恐怖するロクセラーナとは違い、ゼドは冷静に剣を構えていた。

 しかし、その表情はどこか浮かない。

「……変異種か。これはすこし、苦戦しそうだ」

(変異種?)

 意味がわからず、すぐさま三本角の熊を鑑定し、愕然とした。


名称:一角熊(変異種)

概要:高濃度魔力を浴び続けた一角熊が、様々な魔物の肉を摂取し続けたことで、変異した魔物。凶暴性は通常の一角熊以上でありながら、弱点となる魔法属性や攻撃特性が変わっている。


(っそんな! それじゃあゼド様は、どうやって魔石をお選びになるの?)

「……取りあえず、今はまっている炎の魔石のままで試すか」

「うきー⁉(完全に勘ですの⁉)」

 ロクセラーナは知らないが、変異種と言われる魔物は滅多に現れることのない希少な個体であり、熟練の冒険者ですら苦戦する特異体なのだ。事前対策が立てられないため、どの冒険者パーティであっても、戦いながら弱点を探ることしかできない。

 だからこそ、片っ端から魔石を試してみるというゼドの戦略は正しいのだが。

「うきうきうきうきうききききっー!」

(このままじゃ、ゼド様が死んでしまいますわー!)

 そんなことを知る由もないロクセラーナは、無敵のヒーローだと思っていたゼドの初めてのピンチに、盛大にパニくるのだった。


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