ゼドの夢
名称:ゼドの黒剣 プロトタイプ
概要:ゼドが自ら鍛えた、黒銀石製の大剣
効果:主素材の黒銀石は、人体に有害な毒素を無毒化する希少鉱石。
この性質により、毒属性の魔物を攻撃した際、敵を弱体化させる効果がある。ただし、浄化が反映されるのは刀身で切断した部位に限定される。
また、柄に魔石を嵌めこむことによって、魔石の攻撃属性が刀身に付与される。これにより、魔法適性がないゼドでも属性攻撃が可能となる。
「プロトタイプ」とされているのは、ゼド自身が今も改良を重ねている未完成品であるため。
(ああ、ゼド様のお言葉を疑ったわけじゃありませんのに……! でも、あまりに衝撃的過ぎて、うっかり鑑定してしまいましたわ)
愛する人の個人情報を勝手に盗み見てしまったことに罪悪感を抱きながらも、お猿相手でもけして嘘は言わないゼドの実直さに惚れなおす。あと、剣に無毒化効果があって、正直ホッとした。食欲に負けてから、(あれ、もしかしたら魔物の血に毒が含まれている可能性は)などと思ったりもしたから。
(ゼド様がそんな考えなしのことなさるはずがないのに……どうか愚かな私をお許しになって)
「お、どうした。ロシィ。急に甘えて」
「うっきぃ……」
胡坐をかいたゼドの太ももに謝罪をこめて、顔をこすりつける。
(……ああ、ズボン越しでもわかる、はちきれんばかりの筋肉……なんて、逞しいの。しゅき……って、今はこんなことをしている場合じゃありませんでしたわ。せっかくゼド様の昔の話を聞けるチャンスでしたのに)
でろんでろんに波打って揺れていたはしたない尻尾を手で抑え込み、できるだけキリっとした顔でゼドに向き直るロクセラーナに、ゼドは小さく噴き出した。
「なんだか知らないが、お前は見ていて飽きないなあ」
「うきき、うきき(撫でてくださるのは嬉しいですが、今はそれより続きをお願いします)」
「ああ、俺がこの剣を鍛えたって話か? 俺は元々はヴァルトハイムの出身でな。13でこの国に来て、鍛冶職人として有名だったドワーフの師匠に弟子入りしたんだ」
「うきき⁉」
ゼドの出身国が、ロクセラーナと同じだというさらに驚きの事実に、手をすり抜けて立ち上がった尻尾がぶわりと膨らんだ。
「俺は孤児でな。あの国の孤児院は13になれば出ていかないといけない決まりだが、出た所で国内ではろくな職がないのが現状だ。ヴァルトハイムでは、生まれながらの身分が絶対だからな。だから孤児院を出た奴らは、大体が伝手を頼りにグラディオンに渡るんだ。ここは能力さえあれば、誰であろうと成り上がれる国だからな」
(あ、その話、聞いたことがありますわ)
最近は次期第二王子妃としての勉強が忙しかったから控えていたが、公爵令嬢であるロクセラーナは、昔はそれなりの頻度で孤児院訪問を行っていた。身分が絶対であるからこそ、慈善事業は高貴な身分のものの義務。それがヴァルトハイムの貴族の常識だからだ。
(自分が知らない世界を知れて、なかなか興味深い経験でしたわ。エリサがいた頃は、まだ監視の目が少なかった分、好きに振舞えましたし。あの頃、同じようなお話を伺いましたから……今回の逃亡先も、自然とグラディオンを選んでしまいましたのよね。――なんだか、運命を感じてしまいますわ)
それにしても、13歳からすでに働きに出るとは、改めてゼドを尊敬してしまう。
(そういえば、ゼド様には【鍛冶】の後天スキルがありましたわね)
後天スキルとは、生まれつき持っている先天スキルとは異なり、努力や訓練によって身につけた技術を指す。
スキルの有無を見分けるには、ロクセラーナのような鑑定スキル持ちでもない限り専用の魔具が必要だが、ひとたび習得していれば、その分野では一人前として扱われるのが通例である。
余談ではあるが、公爵令嬢兼未来の第二王子妃としての教育を受けてきたロクセラーナが、自分で鑑定したステータスはこのようになっている。
名前:ロクセラーナ・ルセリオ ※猿化中
職業:元公爵令嬢 ゼドのペット
先天スキル:【鑑定】
後天スキル:【社交】【礼節】【裁縫】【舞踏(社交ダンス限定)】
取得魔法:水魔法
性格:恋に恋する乙女
(この後天スキルを手に入れるために、それこそ血が滲むほど努力をしてきましたもの……ゼド様も、同じように相当な努力なさったに違いありませんわ)
「師匠は厳しいが優しいジジイでな。孤児だった俺にとっては、本当の父親のような存在だった。だが寄る年波には勝てず、俺が22の時に病気で亡くなったんだ」
かつては粗野なほどに豪快だったゼドの師匠は、病床につくなりめっきり気が弱くなってしまったのだという。
「自分の鍛冶の腕はグラディオンの至宝だと豪語して、自分に弟子入りできるお前は幸せだ、光栄に思えと日頃から言っていたジジィが、泣きながら『自分の鍛冶の技術は本物だったのか』とか言い出すんだ。俺は口が上手くないから、どう返せばジジィを元気づけられるかわからなかった」
『オレがどれほど素晴らしい剣を鍛えようと、結局剣が残す功績は使い手のものだ』
『なまくらの剣を使って大成した奴もいれば、オレの剣を使っていたのに早々に命を落としやがった有名剣士もいる』
『オレは戦えないから。結局自分の剣がどこまで有用だったか、わからねぇ』
そう言って、ゼドの師匠はかつての覇気を感じさせない弱弱しさで、泣いたのだという。
「だから、代わりに俺がジジイの鍛えた剣を使ってやるって、言ったんだよ。ジジィの剣を使って、冒険者として名前を残せば、ジジイの腕が本物の証明になるだろうって。そしたらあのジジィ、さっきまでよぼよぼだった癖にすごい剣幕でキレやがった」
「うき⁉(どうして⁉)」
「『馬鹿野郎、お前は鍛冶職人だろうが! だったら自分が鍛えた剣で証明してみせろ! お前にはオレの技術を全部注ぎ込んでやったから、それで十分オレのすごさの証明になる!』……だとよ。ったく、そういう所だけは、昔のまんまなんだから意味がわからないよな」
呆れるように頭をかきながらも、懐かしそうにどこか遠くを見つめる目は、ロクセラーナに向けられるものと同じくらい、優しい。
(お師匠様のこと、大好きだったのですね。その遺言を叶えるために一級冒険者になられたくらいに)
脂を塗り終えた黒剣を、乾かすように近くの岩場に立てかけると、ゼドはそっとロクセラーナを抱き上げた。
「ジジィが死んだ後、俺は冒険者に鞍替えして。めでたく一級冒険者として名を馳せたが、それでもまだあの剣は未完成なんだ。俺の理想の剣にするためには、素材が足りない。その素材を手に入れるために、俺は旅をしている」
「うっきー……」
「お前とは、きっと長い付き合いになるからな。そのことを知っていて欲しかったんだ」
なんとなくだが、たとえどれだけ改良を重ねたとしても、ゼドが満足することはない気がした。
ゼドが剣を完成させるのは、師匠の技術が本物だと証明する為。だからこそ、改良を重ねれば重ねるほど、また新たな理想が見えてくる。
どれだけ剣が素晴らしいものになったとしても、きっとゼドの旅は終わらない。
「うきっ!」
「おっと」
ゼドの逞しい胸板に飛びついて、全身でスリスリする。尻尾は相変わらずブンブン揺れているが、今は気にしない。
(それでも……私はお傍で見たいですわ)
(ゼド様の夢の行方を、誰よりも一番近くで見続けたいですわ)
その為に自分は、一体何ができるだろう。
ゼドのムキムキむちむちの筋肉の感触と、漢くさい匂いを全身で堪能しながら、ロクセラーナは一人考えるのだった。