幸せアウトドア
せっかくの肉を焦がすわけにはいかないし、外敵に遭遇する恐れもあるので、探索はテラス内で短時間しか行えない。しかし森と遺跡が合体したダンジョンなので、それでもいくらでも鑑定できる植物は見つかった。見つかったのだが。
(――何で有毒なものや、食べられないものばかりですのー!)
ロクセラーナが鑑定する植物は、何故か全て食用に向かないものばかりだった。
(この葉っぱなんて、ドラゴンも倒れるような毒がありますし、こちらの葉っぱは、火を通すととんでもない悪臭がするって書かれておりますわ……こちらのキノコは食べると非常に楽しくなるけれど24時間行動不能になるって……恐ろしすぎませんこと?)
ロクセラーナは知らないが、実はダンジョンと呼ばれる魔物が多く生息する場では、高濃度の魔力が空気中に満ちているため、自然と人間の体には有害な植物が多いのだ。
残念ながらダンジョンに関する知識がないロクセラーナは、単純に自分が見る目がないだけだと思い込み、ひどく落ち込んだ。
(あ……でも、このきのこ、このきのこは食べられますわ!)
名称:ニヌア茸
概要: ニヌア遺跡ダンジョンのみに自生する希少なきのこ。湿度と魔力濃度の高い場所でのみ発生する。
効果: 加熱により毒性が失われ、だしが出て美味。高濃度の魔力を含有しており、食用として摂取することで体力回復を促進する。未加熱時は微量な毒によって胃に負担がかかるため、生食は非推奨。
(体力回復を増進するなんて、きっと貴重な食材ですわ! ゼド様も褒めてくださるはず!)
喜び勇んで、焚火へと戻ったロクセラーナだったが、すでに戻っていたゼドの姿を目にとめて愕然する。
「お、ロシィも食材を探してきてくれたのかー!」
(ゼド様が……ゼド様が同じキノコを大量に持ってらっしゃる……!)
ゼドが両手いっぱいに抱えているキノコは、まさにロシィが持って来たニヌア茸。念のため鑑定もしてみてたが、うっかりよく似たキノコが混ざっているわけでもなく、全て正真正銘の本物だ。それだけでない。
名称:アネルナ草
概要: グラディオン王国近郊の森林地帯に広く自生する草本植物。背丈は低く、香りの強い葉をつける。
効果: 食用可能で栄養価が高く、特に登山者や旅人の保存食として人気。わずかに苦みがあるが、香りがよく、肉や魚の臭い消しとしても使用される。
名称:グリの実
概要: グラディオン王国近辺の森に自生する低木が実らせる果実。春先に熟し、収穫時期が限られる。
効果: 食用に適しており、生でも摂取可能。火を通すとほくほくとした食感となり、甘みが増す。特にスープや粥との相性が良い。腹持ちがよく、携帯食に重宝される。
(そんなの、どこにもなかったですわ……! 一体どこで、見つけたんですの……!)
だらんと尻尾をたらし、がっくりと項垂れるロクセラーナを、ゼドは優しい笑顔と共に抱き上げた。
「ちゃんと食べられるものを持って来るだなんて、お前は本当に賢いなあ! さすがロシィだ」
感嘆の声と共に、いとおしげに頬ずりをされ、胸がきゅうっと締めつけられる。
(ちがうんですわ……ゼド様。私、全然だめですのに。本当はもっと、お役に立てますのに)
情けなくて、悲しいのに――それでも、勝手に尻尾が揺れる。どうしようもなく満たされてしまう。
だってロクセラーナの人生には、今までエリサ以外いなかったのだ。満足にできなくても、褒めてくれる人なんて、誰もいなかったのだ。
(それどころか……できるのが当たり前でしたし)
従順なお猿になれなかったロクセラーナを、ゼドはこの三日間とても大切にかわいがってくれた。その度に胸の奥にあった冷たく硬いものが、少しずつ、確実に溶けていくのを感じていた。
(好きですわ。ゼド様。大好きです)
頬すりされた勢いのまま、火傷の跡が残る頬にそっと口づけて、慌ててゼドの腕から離れる。
(嫌だわ、私ってば。はしたない)
真っ赤になって、思わず頬を抑えるけど。それでもゼドは嬉しそうに目を細めてくれたから。後悔は、しないことにした。
「……よし、いい感じに焼けたな」
(あら、そのまま齧るんじゃありませんの?)
沸騰した鍋の中に、ゼドが香ばしく焼きあがった骨を入れた。
途端、じゅわわわわぁーっと弾けるような音がして、お湯の表面にきらきら輝く黄金の油の膜が浮いた。
(お、おいしそう)
「で、次はニヌア茸を入れて、と」
ぽちゃりぽちゃりとキノコを沈めていくと、ますます黄金の色が濃くなっていった。最後の一つを沈める前に、ゼドは手を止め、それをロシィに渡した。
「ほら、これはロシィが取って来てくれた奴だから、お前が入れるといい」
(――――っあーーーーー!!!!! もう、ゼド様、大好きーーーーー!!!!)
心の中で雄たけびをあげながらも、ロクセラーナは可愛く両手でキノコを受け取り、恐々と鍋の中に落とす。好きな人には可愛く思われたいのだ。たとえ、姿はお猿だとしても。
「あとはグリの実を入れて、柔らかくなったら、アネルナ草を入れて、と。……良し、肉の方も食べごろだな」
皮目が焦げる前にひっくり返された鶏肉は、こんがりとした焼け目がついたパリパリの皮が浮いた油でテラテラ光っている。零れ落ちた脂が剣の上に広がるたび、じゅわあああという音と共に良い匂いが広がって、ロクセラーナの腹の虫もぐぅぐぅを通り越して、ついに「うぅうぅ……」と情けない呻きを上げ始めていた。
ゼドは剣から降ろした鶏肉を、ナイフで一口大に切り分けると、ロシィ用にと買ってくれた小さな皿に置いて、子ども用のフォークと共に渡してくれた。
「ほら、ロシィ。食べるといい」
「うっきぃ!」
「まったく、皿とフォークがなければ食えない猿なんて、聞いたことないぞ。前の飼い主は、どういうしつけをしてたんだか」
呆れたように言いながらも、ロシィを見つめるゼドの黒曜石の目は、あいかわらず優しい。
(おいひい……おいしいですわ。皮がパリパリで、肉汁がじゅわーとしてて、あたたかくてハフハフでやわらかくて……っ)
もはや公爵令嬢の語彙ではないが、頭の中の言葉なので気にしては負けだ。そもそも今のロクセラーナはお猿なのだ。うきぃとしか言えないのに、語彙も何もあったものじゃない。
「ほれ、汁物も食え。味付けしたから」
「うきうきうきっ」
こくこくと何度もうなずき、これまた小さなお椀を受け取る。黄金を溶かしたようなスープに、ニヌア茸の茶色、グリの実のオレンジ、アネルナ草の緑色が見え隠れして、見た目もすごく美しい。
(ああ……鳥の骨から出るうまみと、キノコのうまみが混ざって、互いを引き立て合って……グリの実のほくほくの触感と、アネルナ草の苦みが、そのうまみを一層引き立てていますわ)
肉ではないので、少しだけ心の語彙が戻ってきた。だがこれはこれで、蕩けそうなほど美味しいことは間違いない。
「お前は本当、美味そうに食うなぁ」
ぱちぱちと燃え上がる炎に照らされながら、焼けた鶏肉に豪快にかじりつくゼドが、目を細めた。
(ああ……幸せですわ。もしかしたら、今までの人生で一番幸せかもしれませんわ)
大好きな人と火を囲んで、彼が作った美味しいものを一緒に食べる。この行為が、こんなにも幸せだとは思わなかった。こんなこと、大好きだった恋愛小説にも書いてなかった。
(今の私は、もしかしたら、恋愛小説の主人公より幸せかもしれませんわ)
たとえ――姿がお猿だとしても。
食事を終えて、黒剣の水魔法を使って食器を片付けたゼドは、焚火の傍らで剣の手入れを始めた。鳥の脂でぬらぬらになって焦げ付いたので、当然と言えば当然である。
火の魔石に体内魔力を注いで剣の温度をあげ、ついた脂や焦げを完全に焼き切って炭化させ、水の魔石で汚れを一気に流して洗浄する。その後、風の魔石で乾燥させる様子を、ロシィは目を丸くして眺めていた。
(本当にこの剣はすごいですわね……ゼド様は魔法適性がありませんのに)
魔力は生まれつき誰もが持っているが、魔法適性があるかは個人差が大きく、全く魔法を使えない人も少なくない。
この世界の魔法は、全部で七種類。完全に個人の適正による、火・水・風・土の四大元素魔法と、光の女神アウレリアの熱心な信奉者だけが使える聖魔法。魔族だけが使えると言われている闇魔法。そして、努力次第では誰でも使えるが、理論が難解で習得が難しい魔法陣魔法の七つだ。
ロクセラーナは唯一水魔法のみは適正があるため、サバイバル生活中は水浴びだけは毎日できていたのだが、今は取りあえず置いておく。
(ゼド様は彫刻限定とはいえ、魔法陣魔法は使えるのですから、とても努力されたのですわね)
それでも補えない分を、魔石と剣で補っているのだろうが、こんな便利な剣があるなんて初めて知った。
(一体、こんな剣をどこで手に入れられたのかしら)
そんなロクセラーナの疑問に答えるように、刀身に油を塗っていたゼドがぽつりとつぶやいた。
「……この剣はな、ロシィ。俺が鍛えたんだ」
「うき⁉」