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恋するチョロ猿

『じゃあ、私、あなたのことをロシィって呼ぶわね。他の人に見つかると怒られてしまうから、二人きりの時だけね』

(――あ)

 懐かしい、愛称だった。二人きりの時だけ、エリサが呼んでくれた、特別な名前。

(もう、二度と誰も呼んでくれないと思っていましたわ)

「……って、さすがに不敬か? なら、ウキリーヌはどうだ」

「っうきぃ!」

「ん? ウキリーヌが気に入ったか?」

「うきききいぃーーーっ!!! う・き・ぃ! う・き・ぃ」

「まさか……ロシィが気に入ったのか?」

(良かった、何とか伝わりましたわ!)

 うっかり、ウキリーヌなどというとんでもない名前にされるところだった。ほっと胸を撫でおろすロクセラーナとは裏腹に、なぜか提案者であるゼドの表情は複雑そうだ。

「……これ、バレたら怒られないか? まあ、いいか。どうせ二度と会うことのない相手だ」

「うき?」

「わかった。今日からお前の名前はロシィだ」

「うきぃー♪」

 嬉しくて、思わず尻尾がくねくねと乱舞する。

(もしかしたら、お猿になってから一番の危機だったかもしれませんわ)

「じゃあ、ロシィ。俺の宿に行くぞ」

(やりましたわ、久しぶりのお宿! ベッド! そして、お風呂―! 一週間ぶりにお風呂に入れるのならば、この際乙女の清らかな肌をこの方に見せることも辞しませんわ! だって、今の私はお猿ですもの)

 ロクセラーナは忘れている。風呂など関係なく、お猿の今は常に裸だ。

(絶対、絶対、もう二度とこの方から離れませんわ! 少しわがままだけどかわいいお猿として、必ずこの方のお心を奪ってみせます。だってこの方ほど、理想の護衛はおりませんもの!)

 従順は諦めたが、それでも決意は揺るがない。甘えるようにゼドの頬に鼻先をすりすりしながら、宿に向かうゼドにしがみついた。

 しかし、その決意は三日も経つ頃には、別の方向に形を変えることになる




「――捕まってろよ、ロシィ!」

「うきっ!」

 古代遺跡と、森が融合した階層型ダンジョンにて。

 蔓を伸ばして襲い掛かって来るトレントの攻撃を機敏に避けながら、ゼドは黒剣の柄にある窪みに赤い魔石をはめる。途端、無骨な刀身は、燃え上がる炎に包まれた。

「はああああああ!!!」

 見るからに重そうな剣を高々と掲げたゼドは、巨大なトレントを一太刀で、両断した。

 トレントの絶叫と共に、大きな火柱があがる。

(か……)

 思わず言葉も忘れてゼドの肩にしがみつくロクセラーナを、ゼドは優しく見下ろした。

「……大丈夫だったか? ロシィ。火の粉が飛んで、火傷をしたりしていないか」

(か、かっこいいですわーーー!!!!)

 予想外というべきか、当然というべきか。

 たった三日共に過ごしただけで、ロクセラーナはすっかりゼドに恋してしまっていた。

 もともと、ロクセラーナの本質は、恋に恋する乙女である。

 かつての婚約者であるリヒト王子に対しても、内心はいけ好かないとは思っていたものの、「でも結婚した後に、相性が悪い相手の本当の姿を知って恋に落ちる話もありますし。何より美しい王子様ってだけで、物語のヒーローとしては十分ですわ」と自分を納得させていたくらいだ。

 そんなロクセラーナが、理不尽な婚約破棄を経て猿として過酷な生活を強いられた後に、顔こそ怖くても心優しく頼もしいゼドに拾われて大切にされているのだ。恋に落ちないはずがない。

(恋のお相手が王子様だなんて、もう古いですわー! 身分が低くてお顔が怖くても、頼もしくて優しい剣士様……ああ、なんて素敵なの。大好きですわっ、ゼド様!)

 思わず尻尾がハートの形になる。たった三日で、完全に骨抜きだ。今のロクセラーナにとっては、他人が怖がるような凶悪な表情のゼドですら、誰よりも凛々しく見えるのだ。

「もう少しダンジョンに潜りたいから、今日は野宿だな」

「うきっ!」

 初日のロクセラーナならば、猿生活のトラウマで野宿を嫌がっただろう。だが、今は違う。どんな所であろうと、ゼドと一緒ならば最高の寝床だ。そもそも安心感が違う。

(ゼド様……あなたと共にいられるなら、私は雨風に打たれても、寒さに震えても構いませんわ)

 しかし、そんなロクセラーナのけなげな思いは、よい意味で裏切られることになる。


(……ええと。ゼド様が使える魔法は、彫刻の魔法陣魔法だけだったはずなのですけど)

 では一体、目の前で繰り広げられているこの光景は何なのだろう。

「よし……火がついたな」

(竃が……料理用の竃ができていますわ。ほんの一瞬で)

 古代遺跡の中にある、一部屋根が崩れ落ちたテラス跡にて。朽ちた遺跡の柱を三本持ってきたゼドは、特に太い柱を縦に一本。その上下に垂直に残り二本を並べた。続いて細い木を何本も平行な二本の木を渡し、その下に枯れ枝を集めて、火の魔石をはめた黒剣の先で、火を灯す。現地のものだけであっと言う間に竃が出来あがっていく様子を、ロクセラーナは唖然と見つめていた。

「……待たせて悪いな、ロシィ。退屈だろ」

「うきききききぃ! うき!」

(めっそうもないですわ! こんな素晴らしい技術を見られて、光栄です!)

 続いてゼドは麻袋にいれた荷物から、縮めた金属の蛇腹のようなものを取り出した。興味津々で近くをうろちょろしながら眺めていると、ゼドがボタンを押した瞬間一瞬で蛇腹が伸び、謎の金属が鍋になった。

「うきっ!」

「驚いたか? これは俺の師匠が開発した、折り畳み鍋なんだ」

 驚きでけば立ったロクセラーナの毛皮を優しくひと撫でし、今度は水の魔石をはめた剣で鍋に水を満たしたゼドは、一番太い柱に立てかけた先が二股の枝に紐を括って、鍋を吊るす。

「こうすると、不安定な枝の上でも鍋が安定するんだ」

(ゼド様はとても博識ですのね……しゅき)

  ロクセラーナがうっとりしている間も、作業は続く。今度は再び炎の石を嵌めなおした黒剣を、ゼドは何故か並べた石の上に置いた。

 そして素早く毛を毟った小型の鳥の魔物を、平らな石の上で背開きに開いて内臓を抜き、背骨や肋骨周辺を丁寧に外す。持参した塩とスパイスを塗り込む様は、公爵家お抱えの料理人に劣らないほど手慣れている。

(これを、あの竃の上で炙るのですね……ってええええええ⁉)

 そして皮目から、熱された剣の上に無造作に置いた。途端じゅうぅぅぅっという音と共に、香ばしい臭いがあたりに立ちこめる。

(そ、それ、さっきまで魔物を斬っていた剣ですわよね⁉ 料理に使っていいんですの⁉ ……あ、でも美味しそう。とても美味しそうな匂いがしますわ)

 自然とロクセラーナの口からは、たらんとよだれがあふれ、お腹がくうくう鳴った。宿屋でも必死にアピールをして、ゼドから果物以外の食べ物をせしめることには成功したのだが、あれから三日経過してなお肉の美味さに対する感動は続いている。

(公爵令嬢時代は当たり前に食べていたものですから、これほどお肉に感動するとは思いませんでしたわ……もう二度と果物生活になんて戻れません)

(ゼド様が作るのだから、絶対に美味しいですわ。世界で一番美味しいはずですわ。あぁ、早く食べたい。隣に外した骨も並べているけど、あれも周りのお肉を齧るのかしら。ワイルドですわね。素敵)

「さて、肉が焼けるまでに、スープの具材でも探すか」

「……っうき!」

 すっかりお肉の虜になっていたロクセラーナだったが、ここで我に返った。

(これは……私の【鑑定】スキルを活用して食材を集めて、ゼド様のお役に立てるチャンスですわー!!)


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