救えたもの、救えなかったもの
(おーほっほっほ! また一人、救ってさしあげましたわ!)
尻尾を振り振り貧民街を走るロクセラーナの体が、突然ひょいと持ち上げられる。
「……こら、ロシィ。また誘拐されたりしないよう、一匹で行動するなと言っただろう」
「……うっきー…」
ゼドに抱き上げられて、ロクセラーナは尻尾をへにょんと垂れさがらせる。
危険なことをしているのはわかっている。でも、どうしても動かずにはいられなかった。
(だって……手当が遅れたら、Cランク傷薬じゃ間に合わなくなるかもしれませんもの)
草原に集まった冒険者の中からは奇跡的に死者がでなかったが、貧民街の住人は残念ながらそういかなかった。
一級冒険者はウィリアムとゼドだけとはいえ、招集された冒険者は皆二級冒険者。魔物と戦い慣れている彼らと違い、ろくな武器も持たない貧民街の住人は、ナディとルシアンの助けがあってなお、魔物に食い殺された者も少なくなかった。命だけは助かったが、Cランクの傷薬では治せないような大怪我を負い、ただ死を待つだけのものも。
スタンピードの魔物を消滅させて、貧民街の救助に出向いたロクセラーナは、葬儀以外で初めて人間の死体を見た。
(全ての人間を救えると思うほど、私は傲慢でありませんわ)
(それでもせめて……自分が助けられる相手は、取り零したくないと思ってしまいますの)
手の中で落ち込むロクセラーナをゼドは抱き寄せ、慰めるように背中を叩いた。
「……気持ちはわかるが、だからと言ってお前に何かあったら元も子もないだろう。ただでさえ、スタンピードを収束させるために無理をしているんだから」
「……きぃ」
「傷薬も、だいぶ少なくなっただろう? 一度ポルカのもとへ行って、補充しよう。調薬の手も、足りていないかもしれないしな」
ゼドの提案に、ロクセラーナはただ頷くことしかできなかった。
「……いやいやいやいやいや、なーにを落ち込むことがあるっすか、師匠! 師匠のおかげでどんだけの人間が救われたと思ってんすか!」
運よく無事だった店の中で、ダレ草とヒル草をすり潰しながら、ポルカが肩を竦める。
「本来だったら貧民街全滅どころか、フェスティ自体が消滅してもおかしくない規模のスタンピードっすよ! 師匠のおかげで、この程度の被害で済んだんす! もっと胸を張ってください!」
そうやって胸を叩くポルカの顔には、一切の陰りがない。
「ぶっ壊れた家だって、このままにしてれば一層犯罪が増えるっすから、町や国である程度整備してくれるはずっすし、そもそも元々家と言えないようなぼろ小屋も多かったくらいっすから! それにね、今回の件でオレは貧民街の奴らと新しい商売を始められるじゃないかと思ってるんすよ」
「うきぃ?(新しい商売?)」
首を傾げるロクセラーナに、ポルカはにやっと笑みを浮かべる。
「緊急時だからって名目で、オレ、どさくさに紛れてCランク傷薬と毒消し軟膏のレシピを貧民街の奴らに公表しちゃったんすよね!」
「うき⁉」
「それは……製薬ギルドに目をつけられないか?」
眉をひそめるゼドに向かって、ポルカは親指を立てた。
「つけられるかもしれないけど、貧民街がこんだけ滅茶苦茶になった今、目をつけられても大して変わらないっすよ!」
「それはそうかもしれないが……」
「薬の材料になるダレ草が、もっとも繁殖できる環境はここなんすよね? だって、じゃなきゃデーブルがこの店を欲しがるわけないっすし、そもそも貧民街以外で見ない草っすし。なら価値を広めれば、売って換金できるじゃないっすか」
(確かに鑑定結果でも、『貧民街の路地裏や排水溝の近くに生える常緑草』って出てましたわね)
デーブルが屋敷で増やしていたことを考えれば、一応ダレ草は栽培も可能なのだろう。それでもわざわざ栽培する手間を考えたら、勝手に自生してくれるものを安く売る方が利益が多くなるのは当然だ。
(それならば何故、レシピを知る方々が、今まで貧民街のダレ草を独占しようとしなかったのか不思議ですけども。その辺りももしかしたら、レシピを流出させない為のギルドの【誓約】の一つだったのかもしれませんわね)
薬師を生業にするものが貧民街のダレ草を手にいれようとすれば、自ずとその情報は色んな場所に広まる。Cランク傷薬やCランク毒消し軟膏が、一般的な薬草とダレ草を擦り合わせるだけの簡単なレシピであることを思えば、正しいレシピに辿り着くものも少なくないだろう。それを防ぐために、製薬ギルドが事前に手を打っていたとしか思えない。
(でもだとしたら、よけいにポルカの今後が心配になりますわ……製薬ギルドがどれだけすごい組織か、正直よくわかりませんけど!)
「師匠、手が止まってますよ」
「ッシャー!(誰のせいだと思っているんですか!)」
歯を剥いて威嚇するロクセラーナに、ポルカは何故か嬉しそうに笑みを浮かべた。
「……うぬぼれかもしれないっすけど。ゼド兄さんと師匠がフェスティに戻って戦ってくれたのって、少なからずオレがいたからって言うのもあると思うんすよね」
「……そんなことはない。一級冒険者の義務を果たしただけだ」
「うきっ!(私はゼド様に従っただけですわ!)」
「そうは言っても、フェスティ付近でスタンピードが起きたって聞いた時、真っ先にオレのことを考えたっすよね?」
「「……………」」
黙り込む二人に、ポルカは一層笑みを深めた。
「ゼド兄さんと師匠が、危険を冒してまでオレのことを守ろうとしてくれたと思ったら、オレが何もリスクを負わないのはおかしいかなって思ったんすよ」
「そんなの、お前が気にすることではない」
「うきっ!」
「……リスクを負ってでも、守りたいと思ったんすよ。貧民街の人たちは、オレの家族みたいなもんっすから」
まっすぐにこちらを見るポルカの目の中に、迷いはない。それを見ていたら、ゼドもロクセラーナもこれ以上何も言えなかった。
「それにレシピを流出させたって言っても、Cランクのものが二つだけっすからね。しかもデーブル程度でも発見できるレシピっすよ。さすがに製薬ギルドも、それだけで難癖はつけてこないっすよ。契約を破ったわけでもないっすし」
「……もし、製薬ギルドに何かされたら、冒険者ギルドを通して俺に連絡しろ。一級冒険者の権限で、何とかしてやる」
「本当、ゼド兄さんは優しいっすよね。ありがとうございます」
笑顔で感謝を口にするポルカの頭を、ゼドがくしゃりと撫でる。
ポルカはくすぐったそうに目を細めたが、その表情はどこか大人びていた。
「……ポルカにいちゃーん!」
「あ、あの時の、おサルさんもいる!」
不意に扉が開いて、綺麗とは言い難い身なりの子どもたちがぞろぞろ店の中に入ってきた。
その中には、ロクセラーナが先ほど傷薬を塗った子どもも何人か含まれていた。
「おくすり、ありがとう! かあちゃんのうで、きらないですんだよ」
「おサルさんのおかげで、あしがもういたくないの」
「あ、【黒剣】さまもいる! おれたちのためにまものをたおしてくれたんだろ!」
「ゆうしゃさまと、きつねのおにいちゃんも! さっきそこであって、ポルカにいちゃんからって、くすりくれたの」
「ほんとうに、ありがとう!」
「おとうさんも、あとでおれいにくるって!」
「いまは家をなおすのにいそがしいから、さきにきたんだ」
口々にお礼を言う子どもたちの姿を見ていたらロクセラーナの青い瞳に、涙が滲んだ。
(私がしたことは、無駄ではありませんでしたわ)
フェスティ近辺で発生した、変異種によるスタンピード。本来ならば、町一つが消失する未曽有の大災害になるはずだったそれは、一級冒険者ゼドとウィリアムの活躍により、貧民街の被害のみで収束する。
死者は23名で、貧民街の住民のみ。これは変異種ではないスタンピードでも、例にないほど少ない死者数だった。
この奇跡は【黒剣】ゼドや【炎騎士】ウィリアムの英雄譚として、多くの町で語られることになるが、その陰に自称勇者の少女や、その側近。金色の小猿の活躍があったことを知るものは少なかった。
「……ざーんねん。せっかく変異種のスタンピードを発生させたのに、【予言の乙女】は現れなかったにゃー」




