告白とその結果
油断していたのか、しょせんは女の細腕と警戒していなかったのか。
頬に真っ赤な手のひらの跡をつけたウィリアムは、ポカンとした表情でロクセラーナを見つめた。
ロクセラーナはウィリアムの反応を歯牙にもかけず、緩んだ腕から華麗に脱出すると、猿の時のような身軽さで地面に着地する。
(……ヒールだったから、足首がぐぎってならないか怖かったですけど、優雅に降り立てましたわ!)
そして、ウィリアム同様に呆気に取られているゼドを、その青い双眸でまっすぐに見据えた。
「――お慕い、しておりますわ!」
「……は?」
「ずっと、ずっと、ゼド様のことをお慕いしておりました! ゼド様のことが、大好きなのです!」
しばし沈黙がその場を支配する。
(……やり、ましたわ! とうとう想いを打ち明けました!)
きゃーっと真っ赤になりながら唇を噛み締めていたロクセラーナだったが、すぐに肝心の事実を思い出して全身から血の気が引いた。
(……そういえば、人間の状態の私のことを、ゼド様はご存じないのでしたわ)
つまり自分は、突然現れて、かねてから面識があるかのようにゼドに告白した、おかしな女だということになる。
そう気がついた瞬間、ロクセラーナはゼドに背を向けて脱兎のごとく逃げだした。
「わ、忘れてくださいませー!」
「ま、待ってくれ」
「――お前こそ待て、【黒剣】! 何故あの麗しい方に私がふられて、お前みたいな凶悪顔が告白されてんだぁ? あ゛ァ? 一体何をした、どこで出会った! 吐け、全て吐け、今すぐにィ!」
「し、知らん! あの女性と会ったのは、今日が初めてだ! だから手を離……」
「んなわけねぇだろぉが! じゃなきゃ、俺様が平手打ちにされるはずがねぇぇぇ! どうしてくれんだ、てめぇ! ただでさえ今まで会った女の中で一番上玉なうえに、スキル使ってもこんな拒絶をされたのは初めてでうっかり本気になりそうだった直後に、目の前でお前みたいなでくの坊にかっさらわれたんだぞ! こんな屈辱は初めてで、よけいガチになりそうじゃねぇか! 俺は一人の女に固執しない主義なのに!」
「……お前、性格と口調、変わってないか?」
「アレは対女用で、こっちが素だあぁぁぁ!」
ゼドがウィリアムと言い合っている隙に路地裏の角を曲がると、再び月が雲の中に隠れた。
それを合図にしたかのように、体の力が抜け、視界がどんどん低くなっていく。
「……うきー?(戻った?)」
喉から出る声も、視界に入る手のひらも、最早見慣れてしまった猿のものだ。
(周りに人がいなくてよかったですわ。……月が出ている間だけ、人間に戻れるのかしら。それにしては、そんな兆候は今までなかったですけども)
空に昇る月が例えば三日月や満月のように特徴的なものならば、それの効果を疑ったかもしれない。けれど先ほど雲に隠れた月は、中途半端に欠けた半月だったし、サバイバル中だったロクセラーナは、既に同じような形の月明かりを浴びたこともある。当然その時は元には戻らなかった為、因果関係は考えにくい。
「――ロシィ! こんなとこにいたのか!?」
何とかウィリアムの拘束から抜け出したらしいゼドが、角を曲がって追ってきてくれた。
再び人間の姿で出会えなかったことに、安堵半分ショック半分の気持ちで尻尾を引きずりながらとぼとぼ歩いていくと、ゼドが巨体を屈めて優しく抱き上げてくれた。
「……お前が無事で良かった。心配したんだぞ」
「うきー……」
「お前が嫌なら、もうナディをパーティに入れようなんて言わない。だからもう、こんな風にいなくなったりしないでくれ」
ゼドの腕の中はとても暖かく、とても心地が良い。ゼドのペットだからこその特等席であり、特権だ。
(……でもやっぱり、人間でないと恋人にはなれませんのよね)
ゼドの鍛えられた胸板に額を擦りつけながら、ひそかに涙をこらえていると、ゼドが思い出したように続けた。
「そういえば、ロシィ。こっちにお前の毛色と同じ、金の髪の美しい女性が来なかったか?」
「……うき?(私のこと?)」
「身分が高そうなとても美しい方だったか……どこでどう俺を知ったのか、ずっと前から好きだったと告白されてしまってな」
見上げたゼドの顔はいつも通りで、むしろ眉間に皺を寄せた苦々しそうなものだったが、その耳は真っ赤に染まっていた。
「……また、会えるだろうか。一度、ゆっくり話してみたい」
(こ、これは……)
もし迷惑ならば、ゼドははっきりと迷惑だったという男だ。――つまり。
(間違いなく、脈ありですわーーー!!!)
「ロ、ロシィ?」
急に機嫌を直して尻尾をぶんぶん振り出した飼い猿にゼドは目に見えて狼狽していたが、ロクセラーナは気にすることなく、ご機嫌で顔をゼドの分厚い胸筋に埋めたのだった。
「……で、結局自称勇者たちは置いて行くことにしたのかい」
クスクが煙管をくゆらせながら、眉間に皺をよせる。
「ああ。ロシィが嫌がる以上、一緒に連れてはいけないからな」
「正直今のお猿ならば、昨日までほどは拒絶はしないとは思うが……まあ、いいさ」
ため息と共に、クスクはたばこの煙を吐き出した。
(煙が三連の輪っかになってますわ! あれはどうやって作るのかしら)
「ポルカには挨拶したのかい?」
「もちろん。まあ、またそのうちこの辺りに来たら、顔を出すつもりだ」
「そうかい。次はどこへ行くんだい?」
「特に予定はなかったから、ロシィに地図を見せて選ばせてみたら、どうも海の方に行ってみたいらしくてな。尻尾を機嫌良さそうにふりながら、指を指していた。エーガー岬の方へ行ってみようと思う」
「なるほどね。……まあ、せいぜいゆっくり行くといいよ。岬は逃げないからね」
どこか含みがあるクスクの言葉が気になったが、あまり深くは気にしないことにした。
町を出る時に、いきなりナディとルシアンが現れて着いてくるのではないかと心配していたが、そんなことはなく。
思いのほかスムーズに、岬へと向けた二人旅が始まった。
「……そろそろ、ネイチ村に着きそうだな。少し情報収集して行くか」
ロクセラーナに地図を見せながら、ゼドは次の村がある方角を見つめる。
「一級冒険者の義務として、魔物が大量発生するスタンピードの発生に備え、有事の際には討伐に参加するというものがあってな。旅の道中の村や町には、極力立ち寄って近辺の魔物や異常について情報収集しなければいけないんだ」
(努力義務でしょうに、きちんと責務を全うされるゼド様、素敵……)
ちなみに、先ほどまでロクセラーナ達がいた町は、フェスティという名前らしい。
ヴァルトハイムで育ったロクセラーナは、グラディオン王国の地名や地理についてはほとんど知識がなかったため、地図を見るだけでとても興味深い。
(グラディオン王国は海もあるし、密林もあるしで、ヴァルトハイムとは全然環境が違っていて面白いですわ。隣国なだけに、気候はそれほど変わらないはずなのに……大きさが違うからかしら?)
道中で出会った魔物は、一瞬でゼドが斬り捨てた為、【鑑定】する暇すらないくらいだったが、後からクスクからもらった魔物辞典をゼドの肩の上で見て、答え合わせをするのも、それはそれで楽しい。
ロクセラーナがゼドとのゆったりとした二人旅を、心の底から満喫していた、その時だった。
「――招集、招集。フェスティ近辺ニ滞在スル二級以上ノ冒険者一同ニ、招集命令ヲ発動スル!」
ゼドがいつも腰元につけていた白金のバッジから、突如謎の声が聞こえてきたのは。
「うき⁉(これは確か、一級冒険者の証のバッジ⁉)」
慌ててゼドが、むしり取るようにバッジ手に取った。
「フェスティで何かあったのか⁉」
どうやらバッジは単なる勲章ではなく、緊急連絡の機能もあったらしい。
続けてバッジから聞こえてきた言葉に、ゼドとロクセラーナは同時に青ざめた。
「フェスティ近辺デ、変異種ニヨル、スタンピードノ発生ガ確認! 至急救援ヲ!」




