それでもお願い、言わないで
(――げげっ! ジャガイモ娘!)
幸せな時間をぶち壊す、ナディの登場に、ロクセラーナはさっとゼドの首の後ろに隠れながら、シャーシャーと歯を剥き出して威嚇をする。
ゼドもゼドで、嫌そうに眉をひそめてナディを見下ろした。
「……だとしたら、お前に関係あるのか」
「関係あるに決まっているだろう! 私はずっと、ゼドとロシィをパーティに誘っているのだから」
「ずっと断っていただろう。話はそれだけか? それだけなら、もう終わりだ」
「っ待ってくれ!」
「「⁉」」
次の瞬間、華麗なジャンピング土下座で地面に頭をこすりつけはじめたナディに、ロクセラーナとゼドは同時に目を見開いた。
「頼む、もう一度、もう一度だけでいい! 話を聞いてくれ! 今夜の夕飯の時間、だけでいいから!」
「お、おい! 年頃の娘が、こんな往来で土下座なんてするなっ!」
「土下座くらいで、ゼドとロシィが話を聞いてくれるなら、いくらでもする! どうか、お願いだ!」
日は暮れかけているとはいえ、ここはギルドにも近い大通り。人通りはそれなりに多く、通り過ぎる人の視線が痛い。
「おいおいおい、あの偽勇者、今度は何をしでかしたんだ? 【黒剣】に土下座させられてるじゃないか」
「一時期鬱陶しく付きまとってたもんなー。さすがに逆鱗に触れたんだろ」
「しかし、年頃の女相手でも容赦ない辺り、さすが【黒剣】、冷酷非情だぜ」
(っ違いますわ! この土下座は、ゼド様が強要したわけでなく、このジャガイモ娘が勝手に……って、偽勇者?)
言われなき非難の視線がゼドに集中するかと思ったら、何だかギャラリーの反応が思っていたのとは違う。
(何というか……誰もジャガイモ娘に同情しておりませんわね?)
尻尾を?の形にして首をかしげていると、ゼドが深々とため息を吐いた。
「……わかった。夕飯の時間だけ。食ってる間だけは話を聞いてやる」
「っうき⁉」
「だから、さっさと立ち上がれ」
顔をあげたナディが、きらきらと目を輝かして笑う。
「ありがとう、ゼド!」
(いやあああああ、私とゼド様の、ラブラブステーキタイムがああああああ!!!)
ナディと初めて会った時にも言った肉料理店にて。ロクセラーナは目に見えてふてくされながら、ステーキをほおばっていた。
(……相変わらず、お肉は美味しいですわ。美味しいですのに)
「……それで。今日はルシアンは着いてこないのか」
「あいつがいると搦め手ばかりになって、ゼドやロシィから信用してもらえなさそうだからな。今日は私だけだ」
(このジャガイモ娘のせいで、せっかくのディナーが台無しですわー! 何ゼド様と見つめ合ってるんですのー!)
いっそもう、ナディの分のステーキも全部盗み食いしてやろうかと、ロクセラーナが淑女としてあるまじきことを考えている間も、話は進む。
「……で、時間を取ってやったが、俺の考えは変わらんぞ。予言の真偽がわからない以上、俺の最優先はロシィの精神状態だ。予言が正しい兆候がない限り。ロシィが嫌がるお前達と旅をするつもりはない」
「……これからロシィへの態度を改めると言っても、駄目か」
「しつこい。お前の為に、ロシィに我慢させる気はないと言っている」
(……ゼド様、私のことをこんなにも想って!)
不機嫌から一転。ぽっと頬を赤く染めて、ご機嫌に尻尾を振り回すロクセラーナは、相変わらず扱いが簡単だ。
しかし、当然それで引き下がるナディではない。今度は矛先をロシィに変えて、テーブルに頭をこすりつけはじめた。
「……頼む、ロシィ! もう、君の嫌がることはけしてしないと誓う! だから、どうか旅の仲間になってくれ!」
「うきっ⁉」
「予言が真実だとわかってからでは遅いんだ! 私は勇者に選ばれたからには、一人でも多くの人間を救う義務がある。だから、お願いだっ!」
(っそんなこと言われましても……)
ナディの茶色い瞳にまっすぐ射抜かれ、ロクセラーナは動けなくなった。
ナディの言葉はおそらく本心からのものだろう。
お猿相手でも躊躇わず頭を下げる辺り、とても真摯で、誠実なものなのはわかる。
無神経で無作法な所はあっても、ナディの性根はとても立派だ。
(それでも――嫌なのですわ)
(どうしても、嫌なのです)
「……おいおいおいおーい。偽勇者ちゃんよー、また【黒剣】に絡んでるのかよぉ。一級冒険者相手によくやるなぁ」
ロクセラーナが何も反応できないでいると、酔っぱらった男が突然ナディに絡んできた。
途端ナディの目から、光が消える。
「……私は偽勇者なんかじゃない」
「予言が本物かどうかわからねーのに、勇者を名乗ってるんだから、お前なんか偽勇者で十分だろう? 本当、グラディオン国王もよけいなことをするよなぁ。魔王を討伐する勇者なんか擁立して、アムル=ナハシュに目をつけられたらどうするってんだよ」
どうやら当初のルシアンの懸念通り、強大な魔族の王国であるアムル=ナハシュ帝国を敵に回しかねない予言の存在は、世間の人々には歓迎されなかったらしい。
(王様からは秘密裏に動くように言われていたのに、ジャガイモ娘は堂々と公言なさってましたものね)
「……それほど、帝国が狭量だというならば、どちらにしろ遅かれ早かれ予言は真実になるのではないか」
「そんなの、わっかんねーだろうが!」
酔っぱらいはナディに詰め寄りながら、テーブルを叩く。あまりにも乱暴で無作法な態度に、傍らのロクセラーナは顔をしかめた。
「せめて勇者ごっこをするなら、てめぇ一人でしな! 一級冒険者の【黒剣】を巻き込んで、万が一にも脅威だと判断されたらどうすんだよ! 非力で役立たずな嬢ちゃんの遊びに、【黒剣】を付き合わせるんじゃねぇ!」
「っ⁉」
そう叫んで、酔っぱらいはナディの顔に、持っていたビールを浴びせかけた。
濡れネズミになったナディの髪から、雫がポタポタと零れ落ちる。
さすがにゼドもこの事態には黙ってはおれず、慌てて酔っぱらいを制止する。
「――やめろ! パーティに参加するもしないも、決めるのは俺だ! 他人から口を出される筋合いはない!」
「……で、でもよぉ。【黒剣】。俺は、あんたが迷惑してると思ったから」
「だとしても、俺は自分で対処できる! 俺を大義名分にしてナディに絡むな。さっさと消えろ!」
ゼドの剣幕に恐れをなして、ごにょごにょと去って行った酔っぱらいを睨みつけてから、ゼドは新しい亜空間収納バッグに収納していたタオルを取り出した。
「……ほら、拭け」
「……ありがとう。ゼド」
「……よくあるのか。こういうことが」
「まあね。……でも、自分が勇者だと公言してしまった私が悪いんだ。王様からもルシアンからも、秘密裏に動くように言われてたのにさ」
苦笑いをしながら、タオルで頭を拭くナディの姿に、ゼドは眉間に皺を寄せた。
「こんな目に遭わされて……誰からも歓迎もされないのに、何故お前は勇者であろうとする。予言の兆候が見えてから勇者を名乗れば、きっと民衆はお前を歓迎するだろう。それまでに帝国の侵攻のせいで被害が出たとしても、それはお前のせいではない。お前を認めない社会のせいだ」
「……それでも、私は勇者だからね」
強い決意を宿して、微笑むナディの姿は、ロクセラーナですら一瞬見惚れてしまうほど美しかった。
「だから、全て救いたいんだ。私が救える相手は、全部」
「さっきの酔っぱらいでもか?」
「もちろんさ」
それからは、ゼドもナディも、何も話さなかった。無言のまま食事を終え、頭を下げて去って行くナディの姿に、ロクセラーナは嫌な胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
「……なぁ、ロシィ」
ずっと難しい顔で何かを考えこんでいたゼドから声をかけられた瞬間、心臓がぎゅぅっと締め付けられた。
(――やめて、くださいませ)
(聞きたくないのです)
「……予言が本当かどうか、わからないが。正しいことを追及しようとするナディが、勇者を名乗ったせいで傷つけられるのは胸が痛むな」
(ゼド様はお優しいから、そんな風に思うのはわかっておりましたわ)
(……わかっておりましたけど)
「俺が一緒にいれば、少しはナディの風よけになれるかもしれない」
(それでもお願い――言わないで)
「……あの二人を、旅の仲間にしてやったら駄目か。ロシィ」
ロクセラーナのつぶらな青い目から、ぶわりと涙が零れ落ちた。
(それでも私は、あの女とゼド様が隣り合う姿がみたくないのです……!!)
「――ロシィ!」
ゼドの肩から飛び降りたロクセラーナは、ゼドの制止も聞かずに一人その場から走り去った。




