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逃亡悪役令嬢はスキル【鑑定】で強面剣士を支えたい ーただし見た目はリスザルだー  作者: 空飛ぶひよこ


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やっぱり貴方は王子様

 どうやらゴリラには、きゅるきゅるお目目のかわゆいぶりっこお猿を愛でる感性はなかったらしい。

 即座に見切りをつけたロクセラーナは、高級毛生え薬を抱えたまま、脱兎のごとく脱猿した。

(お、重い……でも、お高いこの薬を捨てて行くわけには……)

 贅沢になれた元公爵令嬢といえども、過酷なお猿サバイバル生活を経験した身。高級毛生え薬を未使用なまま捨てるなんて、もったいないことはできない。

 両手でしっかと小瓶を抱えたまま、そこそこ豪奢な廊下を走り抜ける。

「待てぇ、このクソ猿!!!」

(あのゴリラの足が遅いのが幸いですが、いつ他の使用人がやって来るかもわかりませんし……ああ、こんなことならもっと早く使用していれば……否、今からでも遅くはありませんわね)

 未使用のまま捨てるのがもったいないならば、使用した空き瓶を捨てて行けばいい。

 そう考えたロクセラーナは毛生え薬の蓋をあけ、思いきり頭から降りかけた。


名称:製薬ギルドレシピのSランク毛生え薬

概要:製薬ギルドにレシピ料を払った薬師が調薬した、複数種の希少薬草を高密度で調合した特殊薬剤。再現性・製造難度ともに高い。

効果:成分が毛根刺激を強く促進し、塗布部位において瞬時に発毛反応を引き起こす。 一滴で平均1センチの毛髪が生える高出力設計となっており、『適量を超えた使用は局所的な過剰発毛(いわゆる毛ダルマ状態)を招くため、慎重な取扱いが求められる。』


 かつて鑑定した内容の、最後の特記部分をすっかり忘れて。

 ――ぼわん!!

「っ⁉ 何だ、クソ猿が突然巨大な毛玉の塊に⁉」

(――きゃあああ、かけ過ぎましたわ!)

 一瞬で全身の毛が伸び、もはや猿だかも判別できない見た目と化したロクセラーナ。

(嫌ですわ、こんな姿かわいくな……否、もしかしたら、これはこれでかわいいのではなくて?)

 鏡がない為残念ながら、可愛いかどうかを確かめようもない。というか、それどころじゃない。

(毛が邪魔で、視界も悪いし走りにくいですわ……このままじゃ、ゴリラの餌食に……!)

 重い荷物がなくなったことを差し引いても、明らかに機動力が落ちている。このままじゃゴルリダに捕まってしまう。

(何とか打開策を見つけなくては……確かここは二階でしたわね。ならっ)

 邪魔な毛を抱えながら何とか窓枠に飛び乗り、換気のために開けっ放しだった窓から身を乗り出す。

「――うっき、うきききいいいい!!!(ええい、ままよですわ!)」

 そしてそのままロクセラーナはモモンガのように、空中にダイブした。

 ――ぼふりっ

(……ふうぅー。ふかふかの毛皮がクッションになって、助かりましたわ)

 見事怪我を負うことなく地面に着地したロクセラーナは、緊張から額に滲んだ汗を腕の毛で拭う。もっともリスザルの身体能力を考えれば、毛皮がモフモフしていなくても十分着地できていた可能性はあるが、それはそれである。

(ええっと、ここはお庭かしら……?)

 一面雑草のようなものがおい茂っている庭に、ロクセラーナは、はてと小首をかしげた。

(それにしては荒れ放題というか、優美さからほど遠いというか……というか、この雑草、どこかで見たことありますわね)

 【鑑定】スキルを使おうとした瞬間、こちらに近づいてくる人の気配に気がつき、慌てて身を隠す。

「……まったく、デーブル様も酔狂だよな。こんな役に立たない雑草を育てて、何になるんだって」

「まあ、種さえまけば勝手に育つから、楽でいいじゃないか。あとは定期的に刈り取るだけなんだから」

 どうやら、あの雑草はデーブルがわざわざ育てているらしい。改めて、趣味が悪い。

(――あ、雑草の庭の向こうに正門のようなものが見えますわ! 門兵さえ出し抜けば、そこから逃げられ……)

「――見つけたぞ、クソ猿」

 むんずと毛皮を掴んで持ち上げられ、さあっと全身から血の気が引く。

(いやあああああ、ゴリラああああああ!!!)

「手間かけさせやがって。さっさと籠に戻れ」

 バタバタ手足を揺らして暴れても、残念ながらゴルリダの握力には敵わない。

 揺れる毛玉と化したロクセラーナは、宙ぶらりんの状態で再びドナドナされてしまう。

(ああ、何てこと……このまま私は、お猿好みの変態のもとへ売られてしまうのですわね……最後に一目だけでも、ゼド様にお会いしたかった)

 ロクセラーナが世を儚み、涙で毛皮を濡らした、その瞬間だった。

「――お客様、困ります! 主人の許可のないものを屋敷に入れるわけには」

「……ならば勝手に入らせてもらう」

「え……なあああああ⁉」

 庭の少し先にある正門の所が騒がしいと思った瞬間――すぐ近くの塀が、真っ二つに割れた。

(え……)

「――ロシィ! いるか⁉」

「うっきい!!!(ゼド様!!!)」

「⁉ まさかその毛玉、ロシィか⁉」

 高くて頑丈な塀を、剣の一撃で真っ二つに割ったゼドは、ロクセラーナの鳴き声に気がついて慌てて駆け寄ってきた。

 すっかり戦意喪失して青ざめているゴルリダの手から逃れたロクセラーナは、愛しいゼドの胸に飛び込む。ゼドは一切体勢を崩すこともなく、優しく受け止めてくれた。

「……うきぃ、うきききき(……やっぱり、ゼド様は私の王子様ですわ)」

「よしよし、ロシィ。怖かったな。嫌な予感がしてポルカの家に戻ったら、お前がいなくなったとポルカが騒いでいて。デーブルの声を聞いた気がするというから、慌ててここまでやってきたんだ」

(第六感で私の危機に気づいてくださるなんて……もはやこれは、私とゼド様が運命の赤い糸で繋がっている証明では?)

 逞しい胸板に顔をすりすりして、すっかりご満悦なロクセラーナに、ゼドは戸惑ったように眉を寄せた。

「……しかし、水リスザルがこんなに一気に毛が伸びる生態だとは知らなかった。寒い季節でもないのにな」

(……ああ、すっかりキツネ男からもらった毛生え薬の存在を忘れてしまわれているゼド様も、ぷりちぃですわ。しゅき)

 結局ゼドならば、何だっていいロクセラーナが長い毛の中でにへらにへらしていると、商談を終えたらしいデーブルが息せき切って登場した。

「っ【黒剣】! 人の家の塀を壊して不法侵入とは、一体どういう了見……ひっ!」

「……どういう了見とは、こちらの台詞だな」

 ただでさえ強面の顔を、憤怒でさらに凶悪にして睨みつけるゼドの姿に、デーブルの顔に滲んでいた怒りは、一瞬にして怯えに変わった。

「お前は俺の連れであることを知っていて、ロシィを攫ったな。一体どういう了見で、そんなことをした」

「だ、だからって、家を壊していいと……」

「壊した塀の代金ならば、責任持って払ってやろう。端金だ。だからお前も、自分が犯した罪の責任をとってもらおうか」

 紙のように蒼白な顔でがくがくと足を震わせて後ずさりするデーブルに、ゼドはゆっくりと近づいていく。

 まだ残存している塀に行きあたってしまい、退路をなくしたデーブルを壁におしつけるかのように、ゼドは塀に手をついた。

 次の瞬間びきりと音がして、ゼドが手をついた場所から大きなひびが広がっていくのが見えた。

「一級冒険者の大切なものに手を出して、ただで済むと思うなよ」

「ひぃいいいいいい!!!!」

 デーブルは情けない悲鳴と共に、泡を吹いて失神した。恐怖で漏らしたのか、ズボンは濡れて大きなシミがついている。

 それをゼドに引っ付いて間近で見ていた、ロクセラーナは、と言うと。

「――う゛っぎい゛い゛ぃぃぃ!!!(――がっごい゛い゛ぃぃぃ!!!)」

「ちょ、ロシィ! 何だ、今の血は……ロシィ、ロシィ、返事をしてくれ!」

 尊さのあまり噴水のように鼻血を噴き出し、デーブルに続くように失神してしまったのだった。


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