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完成したのは…?

 両手を中途半端にかまえた奇妙な体勢でじりじりと距離をとろうとするロクセラーナの姿に、クスクは愉快そうに目を細める。

「そんな警戒なさんな。お前さんが私に干渉できないように、私もお前さんには干渉はできないんだから」

「……?」

「私はただの【観測者】さ。全てを見通すことができる代わりに、運命に大きく干渉することは許されていない。それが私の役割だからね」

「まぁた、クスクばあちゃんが意味深なこと言ってるぅー。その年で自分を他と違う特別な人間と思うとかちょっと痛……いででででででで」

「生意気な口聞くんじゃないよ。ポルカ。大きく干渉することは許されないとはいえ、お前にささやかな不幸な運命を辿らせることくらい簡単なんだからね。またその辺で転んで、野糞に頭から突っ込みたいのかい」

「あれ、ばあちゃんの仕業だったんすか⁉ ひどいっす!」

「あれはあんた自身の運命の結果だけどね。同じ運命をもう一度再現させるのは簡単だって言ってるんだよ。私は」

 ポルカの耳を引っ張りながら片眉をあげるクスクと、唇を尖らせて抗議するポルカの姿は、気やすい関係の孫と祖母のようで、見ていて微笑ましい。微笑ましくはあるのだが……。

(いやあああああ! 私、糞便で汚れた頭の傍におりましたのおおおおお⁉ いや、さすがに洗って……でもあの最初の臭さから考えると、本当に洗ったかも怪しいですわーー!)

 両手で頬を押さえて、一人否一匹、声にならない悲鳴をあげるロクセラーナはそれどころではなかった。

 貴族と貧民街の住人の衛生観念の溝は、絶望的なまでに深い。

「……まあ、そんなわけで、私はお前さんの敵にはならないよ。味方にもなれんけどね」

 最後にポルカに拳骨をくらわしたクスクは、悶絶するポルカを無視して、叫びのポーズのまま固まっているロクセラーナの頭を撫でた。

「どちらの予言も本物で、どちらの予言もまた不確定だ。全ての運命はお前さん次第さ。……おっと、これは少し話過ぎかね」

「……?」

「さてさて、新しい素材だったね。いくつか良さそうなものがあるから、見繕ってあげるよ」

「いだだだ、さすがに思いっきり殴り過ぎ……てか、ばあちゃんが本当に全てを見通すっていうなら、どの素材なら成功するかとかもわかってるんじゃないっすか?」

「知ってるよ。でも、残念ながら、それを教えるのは許されてないからねぇ」

「ちぇっ……なんて勝手が悪い能力だ」

「全てを見通すものが、全てを教えてくれたんじゃ、何も面白くないだろ? 自分で見つけな。鍵は存外すぐそばにあるよ」

 カラカラと笑って去って行くクスクの姿を、ポルカと共に半目で見送ることしかできなかった。




(……で、買い足したのがこれ、と)


名称:リュファの果殻かかく

概要:トラヴィス大陸南部の峡谷地帯に自生するリュファ樹の果実の外殻。乾燥させて砕くと微細な粉末となり、古くは軟膏の練り材や皮膚の手当てに使われていた。

効果:皮膚表面の硬化を防ぎ、傷口周辺の柔軟性を保つ補助効果を持つ。止血・再生を促す作用はないが、他薬草の浸透を助ける目的で併用されることがある。


名称:ウルゼの花

概要:夜明け前の湿原に咲く青白い花。香りが強く、摘みたては朝露をまとって輝く。

効果:気つけ薬・集中力回復・幻覚解除効果。強い香りを嗅ぐことで、一時的に眠気や混濁を吹き飛ばし、意識を明晰に保つ。また軽度の毒・魔法による精神混乱状態にも一定の効果を持つとされる。


 ポルカと共に店に戻ってきたロクセラーナは、新たな素材二つを前に腕組みをする。

(予算の関係で新素材は二つだけでしたが、リュファの果殻の「他薬草の浸透を助ける目的

で併用されることがある。」という項目が気になりますわ)

 今までは他の素材と混ぜれば効果が下がる結果ばかりであったが、わざわざこんな風に書かれているということは、他の素材とは違う結果が出るかもしれない。

 試しにヒル草と一緒に擦って、鑑定してみる。


名称:ロクセラーナの傷薬 その58

概要:猿化中のロクセラーナが、ヒル草とリュファの果殻をすり潰して単独で調薬した傷薬。

効果:リュファの果殻が追加されたことにより、ヒル草単独よりも消毒および止血・再生効果が若干弱まった傷薬。一方で浸透率が高まった為、軽度の傷ならば回復時間が短くなる。


(うーん。メリットとデメリット、両方出てきてしまいましたわ)

 その後も古い素材と新素材を使って、調合法を変えたり配合を変えたりと、試行錯誤する。

 そしてーー。

「……うっきー! (……今、何か光りましたわ!)」

 擦ったヒル草とクラン根、そしてリュファの果殻を混ぜて煮沸していた時、きらりと何かが光ったのが見えた。

 ほんの一瞬だったが、ロクセラーナの目は誤魔化せない。

(これはもしかして、新たな鑑定能力の開花? ……いや、でもスキルレベル自体は変わっておりませんのね。元々備わっていた能力の一つが、よくやく顕現したという所かしら)

 何にせよ、これは成功の兆しに間違いない。わくわくしながら、薬が冷めるのを待ち、鑑定したところーー。


名称:リフェルリーナ美容液

概要:化粧品で有名な老舗、リフェルリーナが販売している美容液のレシピを、知らずにロクセラーナが再現したもの。

効果:傷ついた肌の再生を促すと共に、肌に潤いをもたらす効果がある。


「うっっっきいいいいいいい!!!!!」

(成功は成功でも、欲しかったのはこれではございませんわー!!!!!)


 結局その後は他にめぼしい成功作もできることもないまま、再びしょんぼりとゼドを迎えることになったロクセラーナであった。




(……今日こそ、今日こそ成功させますわよ)

 翌日げっそりと調薬道具に向き合うロクセラーナだったが、道具に手を伸ばしかけてから、思い立ったように両頬を触る。

(……久しぶりに美容液を塗ったのは良いですが、毛のせいで効果はイマイチわかりませんわねー)

 結局昨日思いがけず作成した美容液は、ゼドにポルカから買い取ってもらって、ロクセラーナが自分で使うことにした。

 一応身振り手振りで効果の高い美容液であることは伝えた結果、ポルカは貧民街の娼婦を対象に格安で美容液を販売することを決めたようではあるが、残念ながら貧民街では美容よりも生活。今のところ販売の目途は経っていない。

(老舗の化粧店と同じものを作っても、販売する場所と顧客が変われば何の役にも立たないのですわね……)

 材料がわかった今となっては、老舗化粧品の販売価格はぼったくりのように思えるが、そこはブランド代なのだろう。資本主義社会の厳しさを改めて考えさせられる。

(美容と言えば、そういえば頭のハゲはどうなったのかしら……)

 最近は調薬のことばかり考えていたから忘れていたが、いざ思い出したら気になって仕方ないのが人情、否お猿情というものである。

(ゼド様の前で確かめるのも恥ずかしくて、あれ以来確認していなかったのだけど……少しは伸びているといいのだけど。それともやっぱり、例の毛生え薬を使うべきかしら?)

 いざという時使えるように、ルシアンからもらった高級毛生え薬はこっそりポルカの店に常備している。デリカシーのないポルカの前で使うのは躊躇われていたのだが、どうやらまた懲りずにカスミ苔を食べたらしいポルカは、絶賛下痢でトイレの住人と化している真っ最中。

(もしかして……毛生え薬を使うなら、今がチャンス⁉)

 貧乏なポルカの店内で、鏡はカウンターの所に一つあるだけだが、元々お客がほとんどいない店だ。毛生え薬を塗る時間に、たまたま誰かが来るなんてことはほぼあり得ないだろう。そう判断したロクセラーナはポルカがトイレにいるうちに、と薬の小瓶を片手にいそいそとカウンターへ向かったのだった。……が。


「――おい、ポルカぁ! 今日は【黒剣】いねぇんだろ? 今日こそ俺にこの店を……」

(ぎゃああああ!!! 小物変態悪役、どうしてこのタイミングにいいいいいぃぃぃ)


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