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ポルカの夢と謎の魔女

(――た、大変ですわー! このままでは私、誘拐されてしまいますわぁぁぁ!)

 逃げようにも、今のロクセラーナはポルカのフードの中。脱出した瞬間、エンリケという男に発見されてしまう。何ならその結果、貧民街中が敵になるかもしれないのだ。

 今のロクセラーナには、目の前にあるポルカの髪をハラハラしながら握りしめることしかできない。

(ポルカあぁぁぁー! 貴方はゼド様の弟分を自称なさっているのですから、こんな誘いに乗りませんわよね⁉ もし乗ったら、二度とゼド様に近づかせませんわよぉぉぉぉ!!!)

「痛っ!」

「どうした? シラミに噛まれたかぁ?」

「違うっすよ……あててて。大丈夫、大丈夫っすから」

 髪をちぎらん勢いで握りしめるロクセラーナをなだめる様に、ポンポンと数回フードを軽く叩いてから、ポルカはため息を吐いた。

「そんな話、もう二度とオレにせんでください。エンリケさん。俺は、大恩あるゼド兄さんを裏切れないっすから」

「でもよぉ、【黒剣】は儲けてんだろ? 猿の一匹や二匹よぉ……」

「金の問題じゃないんす。ゼド兄さんにとっちゃ、あのお猿は家族なんす。下手なことしたら、ぶっ殺されるっすよ。ゼド兄さんは顔に似合わず優しいっすけど、自分の大切なもんの手を出されて黙ってるような人間ではないっすから」

「うぐ……さすがに【黒剣】を敵に回すのは怖ぇなぁ。いい儲け話だと思ったんだが」

 苦々しい表情で去って行くエンリケの姿をフードの隙間から見送って、一人密かに安堵のため息を吐く。

(ふ……ふふん。さすがゼド様の弟分を自称するだけありますわね)

「……エンリケさんも、ああ見えて悪い人ではないんすよ」

 謎の上から目線で腕組みをしていると、ポルカはロクセラーナにだけ聞こえる声で、小さく呟いた。

「性根が悪いわけではない。それでも生きる為に、誰かから盗むという選択肢が常に入ってるのが、ここに住む人間なんす。大人でも子どもでも、みんな」

「……きー」

「さっきのエンリケさんとの話しを聞いてたでしょ? 五体満足の大人が、包帯を毎日替える余裕すらないのがここの現状っす。少しの怪我や病気が命取りで、ちょっとした切り傷や下痢が原因で死んでく奴がゴロゴロいる。オレの師匠は、いっつもそれを悲しんでいた」

 そう口にするポルカの声は、今までの子どもらしい話し方が嘘のように達観していた。

「『もし冒険者の薬が気軽に使えたなら、助かる命もあったのに』師匠は口癖のようにそう言ってたんす。貧民街の人間は、えいせい……かんねん? も、それを維持する金もないから、傷口から悪いばい菌が入って悪化するんだって。一瞬で傷口が塞がれば、それだけで死なないで済んだ奴がたくさんいるって」

 先ほどのエンリケの腕に巻かれた、茶色く変色した包帯を思い出す。

包帯なんて、所詮はただの布きれ。汚れを拭いたり、鼻をかんだりして使い捨てたところでさして胸も痛まないのが、ロクセラーナが生きてきた貴族社会での常識だった。そんなものを惜しんで、何日も使い回すような人間がいるだなんて、想像したこともなかった。

「大怪我や、難しい病気で死ぬのならしょうがないとは思うんすよ。だって金がある人間でも、死ぬときは死ぬっすから。でもちゃんと綺麗にしてたら数日で治るような怪我で、死んでく人間がいるのは、さすがに胸が痛むんすよ。オレだって、薬師の端くれっすから。だからオレは何とかして、ギルドのレシピに辿りつきたいんす」

 ロクセラーナが知らない世界で、厳しい現実を見据えながら夢を語るポルカの姿が、何だか少し眩しく思えた。

(……ポルカと同じくらいの頃の私は、自分のことで精いっぱいで、こんな風に周囲の人間のことを考えたことはありませんでしたわね)

 その事実が、何だかすごく苦い。

(――まあ、ゼド様の弟分という称号は、認めてさしあげてもよろしくてよ)




 その後は何事もないまま貧民街を進み、辿り着いたのは、崩れかけのレンガ造りのお店だった。建物全体が蔦で覆われており、ひどく不気味だが、ポルカは気にする様子もなく軋む扉を開けて中に入って行く。

「おや、ポルカ。新しい素材の買い出しかい?」

(魔女……物語で見た、魔女がいますわ!)

 不気味な建物の中にいたのは、建物と同じくらい不気味な老婆。ボロボロの黒いローブから見える手は枯れ木のように細く、鷲鼻の上で細められた灰色の眼には、思わず鳥肌が立つほど怪しい光が宿っている。

 しかしやはりポルカはそんな不気味さに臆することもなく、祖母に会いに来た孫のような気安さで、老婆に近寄って行った。

「クスクばあちゃん、今日も元気そうで何よりっす。ちょっと新しい素材色々見せて欲しくて。大体一つ10ザルンくらいで」

「なんだい、ずいぶん安い予算だねぇ。お代は【黒剣】持ちなんだろう? ケチケチしないで、もっと高い素材を買いなさ」

「何で知ってるんすか……駄目っすよ。あんま高い素材だと、ゼド兄さんがいなくなった後使えなくなるっすもん。こういうのは何だっけ……ええと、さいねんせいが必要なんすよ」

「再現性、な。まったく、頭は足りないけど、そういうとこはしっかりしてるからお前は不思議だねぇ。アレラの教育が良かったんだね」

「自慢の師匠っすから」

「私にとっても、自慢の妹だよ」

 そう言って、クスクと呼ばれた老婆は、真っすぐにロクセラーナが隠れているあたりを見据えた。

「そうそう、フードの中に隠している子、店の中なら出してもかまわないよ。ここに来るのはお前くらいだし、私は【黒剣】の大切なものに手を出して、恨みを買う気はないからねぇ」

(な、何でばれてますのー!)

「やっぱクスクばあちゃんにはお見通しかぁ」

 ポルカが誤魔化すこともせずに、さっさとフードを外してしまったので、露わになったロクセラーナは全身の毛を逆立てたまま固まることしかできない。

 慌ててポルカの首の後ろに隠れて、顔だけ出すロクセラーナを見たクスクは、ふぉふぉふぉっと声をあげて笑った。

「安心しな。取って食いはしないよ。……しかし、【予言の乙女】に、私が会うことになるとはねぇ」

「うきっ?」

「あ、何か自称女勇者がそんな話をしてるって、ゼド兄さんが愚痴ってたっすねー。あれ、でも乙女って言うよりも、【予言のお猿】って言った方が正しいんじゃないっすか。そもそも、お猿師匠ってメス?……あだだっだだだ」

「うっきぃぃぃっっっー!!! (うら若き乙女のまたぐらを覗き込むだなんて、あり得ませんわ!)」

 ロクセラーナをひょいと持ち上げて、男性器の有無を確かめようとしてきたポルカの手に容赦なく噛みついて制裁を加えたのち、ロクセラーナはカウンターの上に華麗に降り立って、クスクを睨み上げた。

(……私を乙女だと見破るだなんて、ますます怪しいですわ! やっぱり、この方は悪い魔女に違いありません。ここは一つ鑑定スキルを使って正体を……)

「――駄目だよ」

「っ⁉」

 咄嗟に発動しようとした鑑定スキルは、何故かクスクの一言によって無効化されてしまった。

(ス、スキルが使えなかった……⁉)

「え、駄目って何がっすか?」

「お前じゃなくて、このお猿に言ったんだよ。私にスキルを使おうとしたからね」

「ええ⁉ 人間以外でもスキルって使えるもんなんすっか?」

「たまに、そういう希少事例もあるんだよ。ああ、でもだからって言いふらすもんじゃないよ。そうと知られたら、このお猿は今以上に狙われるからね」

「それもそうっすよね。スキルを使えるお猿なんて、ものすっっっごく高く売れそうっすもん」

 うんうんと頷くポルカの脇で、ロクセラーナは一人青ざめていた。

(さっきから何度も何度もスキルを使おうとしていますのに、全部無効化されますわ! 本当にこの方、何者なんですの⁉)


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