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目指せ、レシピ解明!

「……ロシィ。本当に置いていっても大丈夫なのか」

「うき!」

 あの後、身振り手振りで何とかゼドにポルカの為に調薬を手伝うことを伝えたロクセラーナは、翌日から早速ポルカの店に居残ることになった。

(言葉が使えないから、本当に大変でしたわ……ポルカを気に入って、飼い主を代えたいのかとゼド様勘違いされてしまった時にはもう、いっそ字で書いて伝えるべきか迷いましたし)

 さすがに字を書いてしまえば、猿としては怪しすぎるから断念したものの、ゼドを心から愛するロクセラーナにとってはあまりにも不本意な勘違い過ぎて、それだけで毛が抜け落ちそうになったくらいだ。

(全てはゼド様との愛の逃避行の為……ギルドのレシピに自力で辿り着くことができれば、私が自らゼド様のためにお薬を作ってさしあげることもできますし。その為に、日中は愛するゼド様と離れ離れになってしまいますが、今は我慢、我慢ですわ。薔薇色の未来のために)

「……やっぱり、本当は置いていかれたくないんじゃないか。尻尾で、俺のマントを掴んでるぞ」

「……うきー……」

 頭ではわかっているけれど、やはりどうしてもゼドとは離れがたいのが、自然と体に現れていた。

(いけない尻尾ですわね! めっ、めっですわよ。離れている間にゼド様に何かあったらと思う気持ちはわかりますが、離れている時間が一層愛を育むのだと、以前読んだ物語にも書いてありましたし!)

 聞きわけのない尻尾をペシペシ叩いて叱りつけていると、ゼドは小さくため息を吐いてポルカに向き直った。

「夕方には戻ってくる予定だが……ロシィを任せても大丈夫そうか」

「もちろんっす! 何せ師匠は、薬草単体の方がオレの薬より効果があるって教えてくれた、天才猿っすからね。師匠がいれば、百人力っす」

「そうではなく……昨日も説明したが、ロシィは水リスザルという高値で取引されている希少魔物なんだ。くれぐれも、ここにいることをお前以外に知られないようにしてくれよ」

「そ、それはもちろん」

 ぎくりと体をこわばらせて視線を反らすポルカに、ゼドは先ほどより大きいため息を吐いた。

「……忘れてたな」

「い、いや……大丈夫っすよ。師匠ならきっと、野生の警戒心を発揮して自分で身を隠せるはずっす」

「確かにロシィは賢いから、基本的には自衛ができるとは思うが……」

(え、私、今ゼド様に褒められました? 賢くかわいい、良い子だと、そうおっしゃいましたわよね)

 あくまで猿としてはという前提を、ロクセラーナは忘れている。そして、かわいい良い子だとは一言も言っていない。

「そうだ。これを置いて行くから、参考にするといい」

 そう言ってゼドは、小さな陶器の薬ツボを二つカウンターに並べた。

「これは……」

「ギルド製の傷薬と、毒消し軟膏だ。ギルド製の中では、一番安い種類のな」

「え⁉ ゼド兄さん、正規の奴も持ってたのに、俺の薬使ってくれてたんすか⁉」

「じゃなきゃ、検証実験にならないだろう」

「うわー……ますます申し訳ないっす……にしても、さすがギルドレシピの高級薬。容れ物からして、お高そうっすね。オレの薬は、安い布で包むのが精いっぱいなのに」

(……ゼド様。お優しいのはゼド様の美点ですが、どうかもっと自分を大事になさってくださいまし……)

 ほろりと零れる涙を押さえながら、ロクセラーナはゼドが置いた薬を鑑定する。


名称:製薬ギルドレシピのCランク傷薬

概要:製薬ギルドにレシピ料を払った薬師が作った、ヒル草を主体に調薬した軟膏。

効果:ヒル草に含まれる消毒および止血・再生促進成分を安定した濃度で含有する。軽度の外傷に対し即効性を持ち、塗布直後から傷口の閉鎖が始まる。応急処置用途として冒険者の間で広く流通している。


名称:製薬ギルドレシピのCランク解毒軟膏

概要:製薬ギルドにレシピ料を払った薬師が作った、ケアル草を主体に調薬した軟膏。

効果:ケアル草の解毒作用を効果的に引き出した処方。軽度の毒素に対し、患部からの吸収を通じて中和を促す。軽毒であれば、塗布から数秒で効果が現れる。


(……主体の薬草は鑑定されるのに、他の材料は教えてくれませんのね。まあ、Sランク毛生え薬の材料が、様々な薬草としか書かれてなかったことを考えれば、まだこちらの方がわかりやすいですわ)

 おそらくこの鑑定結果の差は、材料の数の違いのせいであろう。あくまでCランクの薬はヒル草やケアル草が主体で、他の材料は補助材料に過ぎないのに対し、Sランクの毛生え薬は様々な材料が組み合わさって初めて効果が発揮するものなのだ。

(しかしCランクでもお高いギルド製の薬を、毛生え薬とはいえポンとSランクのものを購入して渡してくるだなんて……あの陰険キツネ、気前が良すぎますわ。それすらも、ゼド様を篭絡する策のうちなのかしら)

 そう言って、ポルカの薬局の片隅に、ひっそり保管している毛生え薬のツボを横目で睨む。美しく装飾された一層高級そうなツボに入ったそれは、貧民街のポルカの店にはあまりに不釣り合いなのだが、好きな時に使えるようにとゼドがロクセラーナに託したため、取りあえずポルカの店で保管させてもらっている。

 あまりの効果の高さにおじけづきながらも、それでも一朝一夕では治らないハゲを懸念する乙女心から、捨てることも惜しまれて。仮に盗まれたとしてもそれはそれで……という気持ちで、敢えて見える場所に置いている。何ならポルカが、それを売って、研究材料の資金にしても構わない。

「そうだ。ポルカ。ロシィの食費や、使った材料にかかった金は、必ず後で俺に請求してくれ。こいつが望むのなら、どれだけ高い材料を買ってもかまわんぞ」

(って、ゼド様、太っ腹過ぎますわー!)

「それって、ゼド兄さんが、オレのぱとろん? になってくれるってことっすよね。さすがに、それは申し訳ないっす……」

「お前のためじゃない。ロシィの為だ」

 さらりとそう言い放つゼドの姿に、小さなお猿の心臓がきゅんと高鳴る。

(ゼド様、そこまで私を思ってくださってるなんて……ああ、でも、パトロンは嫌ですわ。パトロンと言うのは、お金で愛人を囲っている方のことでしょう? 私は、ゼド様の正妻になりたいのですわ。一方的にお金をもらうだけの立場なんて、ゼド様の正妻にはふさわしくありません。投資したお金以上の成果で、お返ししないと)

 男尊女卑傾向の強いヴァルトハイムで育った弊害で、若干ロクセラーナのパトロン観はずれているのだが、残念ながらそれに突っ込めるものは誰もいなかった。

「それじゃあ、ロシィ。また夕方にな」

「うっきー……」

 ひと撫でして去って行くゼドを、追いすがろうとする尻尾を押さえながら、泣く泣く見送った後、ロクセラーナはポルカに向き直った。

「……うき!」

「えーと……もう、お腹がすいたんすか?」

「きぃぃぃぃっー! (違いますわ! すぐに実験を始めますから、材料をお持ちなさい!)」

 こんな風に、愛するゼドと離れ離れになる時間を少しでも短くするためにも、ロクセラーナは一日でも早く、ギルドのレシピを解明しなければならないのだ。よけいなことをしている時間はない。

 毛を逆立てて怒りながら、身振り手振りでポルカに指示を出し、取りあえず店内にある薬草全てと調薬道具を持ってこさせる。


名称:ヒル草

概要:トラヴィス大陸の各地に自生する多年草。乾燥地帯から森林縁まで広く分布している。

効果:傷薬の基礎材料として用いられる。葉に強い苦味と特有の刺激臭があり、食用には適さない。古くから軽傷時の応急処置として用いられており、消毒および止血・皮膚再生を促す性質を持つ。


名称:ケアル草

概要:トラヴィス大陸全域に広く分布する薬草。湿地や毒虫の多い地帯によく見られる。

効果:解毒軟膏の主成分となる植物で、軽度の毒素に対し排出を促す効果を持つ。葉は強い酸味とえぐみを有し、食用には不向き。旅人の間では毒消し草として知られている。


(取りあえず主体になる薬草は、どちらもありますわね)


 ちなみにトラヴィス大陸は、グラディオンやヴァルトハイムが含まれる広大な大陸のことである。地域によってはかなり気候も異なって来るのだが、それでも大陸のあちこちに自生していると書かれていることを考えれば、ヒル草もケアル草も、どのような環境にも順応できる、極めて適応力の高い薬草といえる。


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