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薬師見習いポルカ

 ナディやルシアンはグラディオンの王という強大な後ろ盾があるが、貧民街で薬屋を営むような男ならば、大した伝手はないだろう。攻撃しても、問題にはなるまい。

 優しいゼドが引きとめるのだけは心配だが、そこは先手必勝。出会い頭に攻撃し、止められたらしょんぼり反省したふりをして、その後ポルカの悪事を暴いてゼドに見せつければいい。

 愛するゼドを騙したことに対する正当な怒りと、ナディたちにぶつけられない分の八つ当たりもかねて、悪徳薬屋ポルカに天誅を食らわせるべく爪を構えて飛び掛かろうとした、その時だった。

「……わあ、ゼド兄さん! きてくれたんすか」

(に、兄さん……?)

 顔を輝かせて現れたポルカを見て、ロクセラーナは愕然とする。

(こ、子どもですわー!)

 現れたのは、赤いくせっ毛にそばかすの、まだ13歳くらいの少年。鳥ガラのように細くて身長も低く、ロクセラーナが飛び掛かろうとした目標座標よりも頭二つ分小さい。

 オリーブ色の目をキラキラ輝かせてゼドを見上げる姿を見た瞬間、ロクセラーナは構えていた手を背中に隠した。

(っお爪、ないないですわ!)

「二週間ぶりか。お前、また痩せたんじゃないか。ろくなものを食ってないだろう」

「えへへ……薬が売れないから、どうしてもね」

「まったく……ほら、さっき屋台で買ったクロケットだ」

「わあ、さすがゼド兄さん! いつも感謝っす!」

 麻袋から取り出したクロケットの包みを両手をあげて喜んで受け取り、がっつき始めるポルカを見たら、完全に毒気が抜けた。

「こいつはポルカ。俺と同じ孤児院出身でな。たまたま滞在場所が近かったから、たまに土産を持ってきてやってるんだ」

「ぶふーっ!」

 その瞬間、ポルカは口の中から食べかけのクロケットを噴き出した。

「ポルカ、汚いぞ」

「ああ、せっかくのクロケットが! もったいないことを……じゃなくて、ゼド兄さん、何、猿に律儀に説明してるんすか! 理解できるはずがないでしょ! 思わずクロケット噴き出しちゃったじゃないっすかー」

「うき⁉(何ですって⁉)」

 やっぱりポルカを敵認定すべきかと、ロクセラーナの尻尾がゆらりと揺れた隣で、ゼドがため息を吐いた。

「何を言ってるんだ、ポルカ。ロシィはお前よりよっぽど賢いぞ」

「へ?」

「何せこいつは、お前の薬よりも効果がある薬を、即興で作ったからな」

 ポルカの手から二個目のクロケットがポロリと落ちる。だが床に落ちた瞬間、間髪入れずに拾って口に入れたポルカは、頬袋のようにほっぺをもぐもぐ膨らませながら目を輝かせた。

「ふがががが!? ふががががふがーふがふがが!」

「……飲み込んでから話せ。まずは」

「……ぷはー! マジっすか!? めっちゃすげーお猿じゃないっすか!」

(す……素直ですわね)

 尊敬できらきらさせながらそう言われると、悪い気はしない。

(仕方ありません、先ほどの無礼は大目に見てさしあげますわ)

「どうもヒル草単独の方が、お前の作った薬よりずっと効果が高かったようでな。その場にあった石を俺の剣で消毒して、その場で擦って俺の怪我に塗ってくれたんだ」

「あっちゃー。他の薬草混ぜたのか、かえって駄目だったのかー。にしても、めっちゃ賢いお猿っすね。これはもう、師匠と呼ぶべきか」

「怪我をしてから三日経過したが、ヒル草単体だとこんな感じだな」

 ゼドはポルカの前に怪我をした左手を差し出すと、巻いていた包帯を解いてみせた。

 すっかり傷口は塞がっていたが、痛々しい跡は残っていて、思わずロクセラーナは顔をしかめる。一方ポルカは興味津々で傷跡を覗き込んでいた。

「さすがにヒル草だけだと、跡は残るっすねー。てか、俺のより効いてこれなら、俺の薬本当に効果なかったんすね」

「ロシィが作ってくれたものは、塗った瞬間痛みが引いたが、お前のは軽減されたくらいだったからな。塗らないよりはマシだったが」

「うわあ……そんな薬、ゼド兄さんに使わせちゃって、すんません。やっぱ自分で実験すべきだったかー」

「俺のような怪我が日常茶飯事の冒険者ならともかく、普通に生活していたらそうそう怪我なんかしないだろ。自分から怪我して実験するなんて、馬鹿なことは考えるなよ」

「そうなんすけど……」

(なるほど……ゼド様は、ご自分から薬の実験体になることをお申し出になられたのですのね。なんと、お優しいの……!)

 ゼドはポルカに騙されたわけではない。その漢気から、自ら協力を申し出たのだ。

 ただでさえ高かったロクセラーナのゼドへの評価が、天井を突き破った。

「薬のレシピは、製薬ギルドが独占してて金持ちじゃなきゃ買えないし、貧乏人は自分で試行錯誤するしかないのが泣き所なんすよね。特に俺みたいな孤児院出身の貧民向けの薬屋じゃ、どうしようもなくて」

「確か買い切りではなく、毎年一定額を治めなければならないんだったか」

「そうっす、めちゃくちゃ高い金を毎年とか、不可能でしょ? 製薬ギルドのギルド長は【誓約】の先天スキル持ちで、一度契約したら薬師を廃業しない限り二度と抜けられないシステムっすし。絶対レシピが表に出回らないようになってるんすよ」

 ため息とともに三つ目のクロケットを食べ終えたポルカが、名残惜しそうに手についたカスを舐めた。

「まあ、でもヒル草単体の方が、効果が上がるって知れただけで大進歩っす! さっそく調薬してみるっす」

「調薬前に、ちゃんと手は洗えよ」

「や、やだなー。ゼド兄さん。もちろん洗うに決まってるじゃないっすかー」

 薬棚へと手を伸ばしかけて、慌てて水桶で手を洗うポルカをジト目で見ながら、ロクセラーナはため息を吐く。

(ほ、本当に大丈夫かしら。この子)

 念のため一度ステータスを鑑定してみることにした。


名前:ポルカ

職業:薬師見習い

先天スキル:なし

後天スキル:なし

取得魔法:なし 

性格:素直で明るい


(っ、見事に何もないですわー!)

 そうじゃないかとは思ったが、【調薬】スキルもないとは。よくもまあ、それで薬屋をやれているものだ。

「……ポルカは孤児院を出てすぐに、この薬屋を経営していた先代に弟子入りしたんだが、家と調薬道具だけ残して亡くなってな」

 ロシィの心を読んだように、ゼドが小声でポルカの事情を語り始めた。

「先代も同じ孤児院出身で、大した知識もないまま何となくの経験則で調薬してたばあさんでな。字も書けなかったから、レシピなんかも残ってない。基本的な薬の作り方は一つ二つ教わったが、あいつが持ってる知識はそれだけなんだ」

「うっき……」

「そんな状態だからとっとと別の仕事を探すべきだとも思うんだが、この貧民街に薬屋はここだけでな。あいつの生半可な技術でも、頼って来る奴はいるんだ。互いに金がないから、せいぜい物々交換が良いところだけどな。そういう奴らの為に、あいつは薬屋を続けてんだ」

 ゼドの言葉に、ロクセラーナはまじまじとポルカを見つめる。

 取り出したすりこぎと薬鉢を使い、不器用な手つきで乾燥したヒル草を擦っている姿に胸が締め付けられる。

(まだ、子どもですのに……)

何とか少しでも、自分に役に立てることはないだろうか。そう思った、その時だった。

「――相変わらず、ぼろくて汚ぇ店だな! ここは」

 不意に扉が開き、ずかずかと入ってきたのは、やたらギラギラした宝石を身に着けた、太っちょの男。突如現れた謎の男を、ロクセラーナは咄嗟に鑑定する。


名前:デーブル

職業:薬師

先天スキル:なし

後天スキル:【調薬】LV.1

取得魔法:なし 

性格:金に汚くて、傲慢


「どうせ、二束三文だろうが、この店もばばあの遺産なことには代わりねー。さっさと出てけよ。貧乏人が」


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