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猪突猛進ジャガイモ(自称)勇者

 咄嗟に爪でゼドの手を握るナディの手の甲をひっかきかけて、すんでのところで耐える。

(このジャガイモは、これでもグラディオン国王が任命した勇者……今や何の伝手もないお猿が敵対するには、後ろ盾が強すぎますわ!)

 代わりに尻尾で、てしてしナディの手を攻撃し、引き離しを試みる。

「……うわあ、ふわふわだぁ」

(――喜んでるんじゃねーですわー!)

 思わず心の声が、柄が悪くなってしまった。

「そういえば、こちらは自己紹介をしたけど、そっちの名前は聞いてないな!」

「……俺の名はゼド。【黒剣】と呼ばれている、一級冒険者だ。こいつは、ロシィ。俺の相棒だ」

(相棒……悪くない響きですけど、ゼド様。伴侶と呼んでくださっても、よろしくてよ)

「そうか、ゼド、ロシィ。よろしく! 私のことは気軽にナディと呼んでくれ。ロシィとナディで、語尾がおそろいだな」

(いやあああああああ! ゼド様がつけてくださった名前を、そんな風に穢さないでくださいませえええええぇぇぇぇ)

 サル太郎だのウキの助だの、ウキリーヌだの名づけられそうになったことは、既にロクセラーナの記憶にはない。

「それで、ゼド。仲間になってくれるのか?」

 こてんとかわいらしく、無邪気に尋ねてくるのが、また腹立たしい。

(ゼド様! そんなウソの予言になぞ乗れないと、さっさとお断りなさってください! ゼド様のお供は、私だけで十分ですわ)

 しかしゼドは眉間に皺を寄せ、考えるように腕を組んだ。

「……もし、その予言が本物ならば、『猿とともに歩む剣士』は俺以外にはありえんだろうな」

「うき⁉(ゼド様⁉)」

「猿を連れた剣士なぞ、そうそういるものではないし。その予言は、その剣士が剣を鍛えるのが前提になっている。【鍛冶】スキルを持っている剣士という条件も含まれると、俺以外に該当する人間がいるとも思えない」

 ロクセラーナが全身の毛を逆立てて青ざめる一方で、ナディは目を輝かせた。

「だろ⁉ だから、仲間に……」

「しかし、この予言には明確な期限はないだろう」

「へ?」

「……あっちゃー。そこを突きますか」

 ナディがぽかんと口を開く隣で、ルシアンが苦笑いと共に頭を抱える。

「予言の覇王が、帝国の皇帝なのか、別の存在なのかはわからないが、現段階で帝国の皇帝が世界征服を目論んでいるという話は聞かない。もし、覇王が闇に沈むのが数十年後ならどうするんだ」

「で、でも早めに備えて置けば、それだけ早く対処できるわけで……」

「ナディ。お前は鍛冶について、知らなすぎる。鍛冶職人と言うのは、数十年剣を鍛え続けてようやく匠と言われる職業だ。今の俺は、まだ半人前。しかも、鍛冶職に専念すらできていない。そんな俺が今の技術で、覇王を打ち倒す剣なぞ鍛えられるはずがないだろう」

 既にステーキを食べ終えていたゼドは、ロクセラーナの皿が空になっていることを確かめると、明らかに二人前より多いお金をテーブルに置いて、ロクセラーナを肩に乗せた。

「俺は、ロシィと二人でこれから旅をする。冒険者を続ける傍らで、鍛冶の能力も鍛え続けるつもりだ。恐らく俺が一人前だと自認できる頃合いで、覇王が闇に沈む兆候が現れるのだろう。その時にまた、声をかけてくれ」

(え……ゼド様、それって……)

 ロクセラーナの脳内で、天使のラッパの音が鳴り響いた。

(それって、これから何十年も私と旅を共にしてくださるってことですわよねー!? これは、プロポーズ、間違いなくプロポーズですわー!!)

 当たり前のように、ゼドの未来に自分がいることが嬉しくて、思わず尻尾が乱舞する。

 今なら憎きジャガイモ娘にも、上品な笑顔で手を振れそうだ。

「……いやいやいや。ゼドさん。予言が本物だとわかってからだと、遅いんですよ。その時にあんたがどこにいるか、見つけられなかったらどうするんですか? そのせいで、多くの命が失われたら?」

 慌ててルシアンが割って入ったが、ゼドは揺らがない。

「予言が運命だというならば、将来俺を探す時間とて運命のうちだろう。その結果犠牲者が出たとしても、俺はそれを自らの過ちだとは思わない」

「もしその結果、失われる命があんたの大事な人間のものでも、同じことが言えるのかよ?」

「言える。俺は元々孤児だ。家族のように思っていた奴を、自分の力足らずで亡くした回数は片手では収まらない。だが冷たいと詰られようが、俺はそれを自らの罪だと背負う気はない。俺はいつだって、自分の信念に基づいて必死に生きてきた。これからも、そうして生きていく。あったかもしれない可能性に嘆く暇なぞない」

(ああ……ゼド様。どこまでもお強くて、剣のようにまっすぐな御方……)

 何度自分を惚れ直させれば済むのだろう。その内面を知れば知るほど、ロクセラーナはゼドが好きになる。

 絵本のヒーローに憧れていた、あの頃よりも、深く強く。

「話は以上か? なら、俺は行くぞ。美味い飯屋を教えてくれたことには、感謝する」

 それだけ言い残して、ゼドはナディとルシアンに背を向けた。

 後ろ向きにゼドの肩に捕まったロクセラーナは、勝ち誇った顔でキーキー笑いながら、手を振ろうとした、その時だった。

「そうか……初めて会ったばかりの私達のことを、信用できないんだな。なら、すぐに仲間になると承諾できなくても仕方ない」

(……はあ?)

 一切落ち込む様子もなく、ナディは勢いよく立ち上がると声高らかに宣言する。

「よし、まずは友達になるところからだ! ゼド。私はこれから、積極的に君に話しかけるぞ。君が私を信用できると思うまでな! 私を信用できると思ったら、その時こそどうか仲間になってくれ」

「うっきーー!?!?!?」

(はああああああ!? 何高らかに、付きまとい宣言してやがるんですの! この迷惑ジャガイモ! 油でこんがり揚げてフライにしますわよ!)

 一瞬本気で飛び掛かりそうになったが、ゼドが一切反応も見せず、すたすたとその場から去ったので溜飲を下げることにした。

(……そ、そうですわよね。あのジャガイモ女が何て喚こうが、ゼド様が相手にしなければ)

「……初対面で、俺相手にあそこまで俺を怖がらない女は、初めてだな」

「うきききききききぃいいいいいいいい!?」

(っゼド様、私がおりますわ! 私だってゼド様のこと、最初から怖がってなんかおりませんわー!!!!!!)




(……ああ。煮ても焼いても美味しくないジャガイモ娘は、どう調理すれば美味しくなるのかしら。このクロケットみたいに、茹でて、めっためったに潰して、丸めて揚げてやろうかしら)

 ゼドが屋台で買ってくれたアツアツ揚げたてクロケットは絶品なのに、材料がジャガイモというだけで、喉につまりそうだ。全ては、あの憎きジャガイモ勇者のせいである。

(うう……ゼド様がいつも褒めてくださる、ふわふわつやつやの毛皮に、円形のハゲができてしまいましたわ……これ、もしかしなくても、人間に戻ったら髪の一部にハゲがあるってことですわよね。ああ、許すまじ、ジャガイモ)

「おっ、ゼド。ロシィ。今日は買い食いか? 奇遇だな。私もこの屋台で買おうと思ってたんだ」

「フシャァァァーー!!!!」

(ぎゃあああああ! また現れましたわねー! このジャガイモ!)

 初めてナディと遭遇してから、三日。見事にゼドとロシィは、ナディ&ルシアンコンビに追い回されていた。

 同じ宿をとり、食事の際にはタイミングを計って同じ店に入って来て、なんとついにはダンジョンまで偶然を装って追いかけてくる始末。

 最近のロシィの定番の悪夢は、たくさんの転がるジャガイモに追いかけ回された末に、ジャガイモが合体してキングジャガイモになって襲い掛かってくる夢である。もはやナディの存在そのものがトラウマだ。

「……いい加減にしてくれ。何度誘われても、返事は同じだ」


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