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不穏な予言

 改めて、ロクセラーナは、ナディと名乗った自称勇者の顔を凝視する。

 かわいらしいが、あか抜けない田舎娘。それが客観的なナディの容姿に対する評価だろう。

 凡庸な赤茶色の髪は、そこらの平民の少年のように短く雑に切りそろえられていて、化粧っ気のない肌は、浅黒く日に焼けている。女性らしい凹凸の少ない体は、細身ながらも鍛えられていて、もし声を聞かなければロクセラーナは彼女を少年だと思っただろう。髪の色同様に凡庸な茶色い目は、つぶらできらきらと輝いているが、ただそれだけだ。ヴァルトハイム黄金の薔薇と讃えられたロクセラーナの美貌に比べれば、まさに薔薇とジャガイモ。到底恋敵になるはずがない……のだが。

(いやああああああ、何だかすごく、ゼド様とお似合いな気がしますわー! 何故ですの⁉ 超絶素敵で恰好いいゼド様と、あんなジャガイモ娘がどうして!)

 恋に目が眩んだロクセラーナは、忘れている。よくよく見れば確かにゼドもそれなりに顔は整っているが、傷と火傷が刻まれた強面の顔を、心の底から恰好いいなぞと思えるのは、恐らくこの世でロクセラーナだけなことを。けして、ゼドは世間一般の美形ではない。

 絶世の美貌のロクセラーナよりも、かわいらしい田舎娘の方がつり合いが取れるように見えるのは、当たり前と言えば当たり前であった。

「っ痛!」

「っこの馬鹿! こんな人の目がある中で、堂々と勇者だなんて名乗る奴がいますか! できる限り、内密に動けって言われているでしょう」

「あ、忘れてた」

「忘れるなあああぁぁぁぁ!」

 ロクセラーナが両手で頬を押さえながら口から魂を放出しかけている間に、ナディを追って飛び出してきた糸目の男が、ナディの頭に拳骨を食らわせて、ゼドから引き離してくれた。

(っどなたか存じ上げませんが、よくやってくださいましたわ! 見知らぬおキツネ様、どうかさっさとそのジャガイモを持って帰ってくださいませ)

 榛色の髪を一つに縛った糸目の男は、それ以外の顔立ちは整っていて、平民らしからぬ気品があったが、ロクセラーナにとっては見知らぬおキツネ様以上の何物でもなかった。

 ただ、ジャガイモ娘ナディをさっさと引き取って欲しくて、神のように祈りを捧げたのだが、残念ながらその祈りは届かなかった。

「……こんな場所で立ち話もなんですし。昼食を一緒にどうですか?」

「うきいいいいいいいい!!!!!(よけいなことをー!!!!)」

「実は、ね。オレ、美味しい肉料理の店を知っているんですよ」

「……うき?(お肉?)」

 ゼドの肩の上で荒ぶり全身で威嚇するロクセラーナの動きが、ぴたりと止まった。

「迷惑かけたおわびに、ごちそうしますよ」

「奢られるほど迷惑は被っていないが……うちの猿は、肉料理が好きでな。美味い店を教えてもらうのはありがたい」

「なら、ぜひぜひ! その店の、ギガン牛のステーキが絶品なんですよ。オレら庶民でも手が出るお気軽お値段なのに」

(……牛……ステーキ……)

 ゼドは一級冒険者だが、金銭にも豪華な食事にも興味はないので、牛肉やステーキのような貴族向けのお肉とは縁がない日々であった。それでも十分美味しいご飯を与えてもらったし、満足していたのだが。

(……ああ、想像してしまったら、すっかりお口がステーキの雰囲気に。はしたない、はしたないですわ。私のお口。私は腐っても、元公爵令嬢。食べ物なんかに釣られる女では……)

「どうした、ロシィ。牛肉は苦手か? お前が嫌なら……」

「――うきっ!(――大好物ですわ!)」

 取り合えず、ジャガイモ娘の撃退法はステーキを食べた後にしよう。

 まんまと自分がおキツネ様こと、ルシアンの戦略に乗せられていることに気づくこともなく、ロクセラーナは大人しくゼドの首に張り付いたのだった。




 星々が流れ落ちる刻、東の果ての地に運命を紡ぐ娘が生まれる。

 彼女、猿とともに歩む剣士に寄り添わば、

 彼が鍛えし刃は、闇に沈みし覇王を討つ光とならん。


「――で、その運命を紡ぐ娘が、私というわけだ!」

 胸を張って得意げに胸を張るナディに、ゼドが小さく切り分けてくれたステーキを頬ばっていたロクセラーナは胡乱気な視線を向けた。

(……何と言いますか、この予言)

「他はともかく、猿とともに歩むという部分が、冗談のように聞こえるな」

「ですよねー! だから、この予言をまともに信じてるの、グラディオン王くらいなんですよ」

 ルシアン・エヴラールと名乗ったおキツネ様が、細い目を一層細くして笑う。

「なっ、無礼だぞ、ルシアン! 国王陛下のお言葉を疑う気か」

「って、言われましても……昔先代王妃の探し物を見つけたとか、病気を初期で予言したとか、その程度のことで、自称ラケシアの神子を妄信されてもねー。だいたいこの国は、王族よりもギルドの方が権力を持ってますし」

(ラケシアって、このトルクを作った女神ですわよね)

 運命の女神、ラケシア。

 教会が信奉する光の女神アウレリアと、魔族が崇める闇の女神ノクティスを妹にもつラケシアは、先天的スキルを気まぐれに与える張本人であり、時たま気に入った人間を神子に認定して、予言を与えると言われている。

 しかし、神子が本物であるかどうかは、どんな魔具をつかっても判断ができないため、様々な国でラケシアの神子を名乗る偽物が現れ、情勢をひっかきまわして来たのもまた事実なのだ。

(失せ者探しと、初期の病気の診断くらいなら、神子が偽物でもやり方次第では予言が当たったように思わせることができますし、疑うのはもっともですわ)

 ロクセラーナがうんうんと頷きながら、小さなナイフでステーキをさらに小さくきこきこ切り分けている間も、話は続く。

「……何より問題なのは、『闇に沈みし覇王を討つ』という一文だな」

 ロクセラーナの口もとについていたステーキのソースを、そっと優しく拭いながら、ゼドがつぶやく。残念ながらお猿の口は人間よりも食べづらく、公爵令嬢時代の作法を遵守するのは難しい。

(……うふふふ。ゼド様が、口もとを拭ってくださいましたわ)

 ……遵守する気がないだけかもしれない。

「覇王と聞いて、帝国の皇帝を連想しないものはいない。真偽がわからない予言の為に、アムル=ナハシュに目をつけられたくはないのだろう」

 ロクセラーナが第五夫人として嫁ぐはずだったアムル=ナハシュ帝国の皇帝、エルシャド=ナヘル・ザガ。

 力を絶対視する故に、乱世のように様々な国が常に争っていた魔大陸を統一して、魔族の頂点に立った唯一の存在。ゼドの言う通り、覇王と聞けば誰もが、エルシャド皇帝のことだと思うだろう。

「そう。だからこそ、王様は秘密裏に予言の剣士を探すように言いつけていたのに……この馬鹿が暴走しまして」

「馬鹿馬鹿いう方が、馬鹿なんだぞ、ルシアン。お前は私の名前を、ナディではなく馬鹿だと勘違いしていないか」

「今まで散々あんたに振り回されてきたんだから、馬鹿って三人称にしたくもなるでしょ! 予言を聞いた国王陛下の采配で、勇者とふさわしいように育てられたはずなのに何故こんな馬鹿に育って……」

(苦労なさってますのね。おキツネ様も)

 よよと泣きまねをするルシアンからは、演技ではない悲壮感が漂っている。ジャガイモ娘ことナディとはまだ少ししか一緒にいないが、かなり暑苦しくて面倒なのは伝わってきている。さすがに少し、同情する。

「と、いうわけで。猿を連れた君は、まさに予言の剣士! 君と一緒に旅をして、いずれは剣を鍛えてもらえば、闇に沈みし覇王を倒せる! だから、どうか仲間になってくれ!」

(ああ! またゼド様の手をををををををを!!!!)


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