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その男、強面につき

取りあえず一章分、35話は既に完成しているので、ストックが尽きるまでは高頻度で更新していきます。

 その男が冒険者ギルド北西支部に足を踏み入れた途端、騒がしかったギルド内が一瞬にして静まりかえった。

「……【黒剣】だ」

「相変わらず、すげぇ迫力だな。さすがソロで一級冒険者をやってるだけあるぜ」

「顔の傷、また増えてねぇか? 今回は一体どんな大物を退治してきたんだ」

「馬鹿。あの【黒剣】がそうそう怪我させられるはずねぇだろ。あれは元々だよ」

 凍りついたような空気に冒険者たちが思わず声を潜める中、【黒剣】と呼ばれた大男は、ボロボロの長いマントを翻しながら悠々とカウンターまで歩を進めた。その腰元には、一級冒険者の証である白金のバッチがつけられていて、ギルド内の光源を反射して鈍く光を放っている。並んで順番待ちをしていた冒険者達が、それが当然であるかのように揃って道を開けた。

 2メートル近くある背丈に、それに見合う屈強な体。

【黒剣】と呼ばれる由来になった、柄にぼっかりと穴が開いた不思議なデザインの無骨な黒い大剣は、鞘に入れられることなく特殊な紐のようなもので背中に括られている。

 だが彼の醸し出す異様な迫力を決定づけていたのは、体格や剣以上に、その顔立ちだった。

 右頬には大きな火傷の跡、左目には三本の獣の爪痕。それ以外にも無数の細かい傷が顔のあちこちに刻まれていて、短く刈られた髪と同じ黒曜石の瞳から発せられる眼光は、対峙したものを思わず萎縮させるほど鋭い。

 よくよく見れば顔立ち自体は彫りが深く、それなりに整っているのだが、それに気づけるほど彼の顔を注視できる者は、少なくともこのギルド内には存在しなかった。

「い、いつもありがとうございます! ゼドさん! こ、今回は素材の買取でええぇぇ?」

「……ああ。これを頼む」

 普段は酔った冒険者を睨みつけて黙らせる受付嬢アリスが、小動物のように震えている姿を意に介することもなく、【黒剣】ことゼドは血の滲んだ麻袋を投げ渡す。アリスは怯えながら麻袋の中身を確認しはじめたが、すぐにその目はキラキラと輝きだした。

「こ、これは、S級指定モンスターである火焔竜のウロコと核ですね! 討伐されたんですか⁉」

「ああ。牙は個人用にもらったが、他の部位は邪魔だったから置いてきた」

「い、一体どこに……」

「南のダンジョンの地下23階だ」

 その言葉を聞くなり、近くにいた冒険者が我先にとギルドを飛び出していった。

 火焔竜は熟練の冒険者が束になっても敵わないことが多い討伐難易度の高いモンスターだが、全身が素材に使え、その有用さから死骸は高額で取引されている。今すぐに南のダンジョンの23階に向かえば、危険を冒さずとも、その貴重な素材が手に入るのだ。

 恐らくゼドにとっては、手に入る素材や金銭よりも、強敵と戦うことの方が大切なのだろう。頻繁にこういうことがあるため、ギルドに駐在するおこぼれ狙いの冒険者は少なくなかった。

「いいんですか。せ、せっかくゼドさんが倒したのに」

「邪魔で置いてきたものだ。残りは欲しいものが好きにすればいい」

「あの……亜空間収納バッグがあれば、全ての素材を持って帰れますよ。こ、これを機に購入されては」

 ちらりとアリスが視線をやった先で、ゼドの到来を聞いてやって来た支部長が、よくやったとガッツポーズをしている。おこぼれを狙う冒険者には悪いが、時間差ができればその分死体が他の魔物から食い荒らされ、素材の状態が落ちてしまう。できればゼド本人に、新鮮なうちに全て持って帰って欲しい。それはこの支部のギルド職員共通の願いであった。高価な亜空間収納バッグも、ゼドほどの稼ぎがあれば簡単に購入できるはずだ。

「興味はない」

「……そうですか」

 しかしゼドは相変わらず取り付く島がなかった。がっくりと肩を落としながらも(支部長に至っては膝から崩れ落ちている)、アリスはそれ以上何も言わず、手続きを進める。下手なことを言って、ゼドの気分を害し、この支部に近づかなくなる方が問題なのだ。一級冒険者は、国内でもわずか十数名。国内外様々な場所を旅し、定住地のないゼドが最寄りのダンジョンを気に入って滞在していることで、ここ数か月この支部もずいぶん儲けさせてもらった。できる限り居心地を良くして、少しでも長く滞在してもらいたいのが本音だ。

「それでは素材の買取と……核を持って来て頂いたので、討伐報酬もお渡しできますね。すぐに用意を……っ!」

 次の瞬間、天井から小さな何かが降って来た。

「――うっきー!」

「み、水リスザル!? な、なんでこんな所に……」

 水リスザルは、森の水辺に住む水属性のモンスターだ。危険度は低いが、逃げ足が速いうえに臆病で滅多に人前に姿を見せない為、見かけたものには幸福が訪れると言われている。

「……うきゅー?」

(か、かわいい……っ)

 何故かゼドのマントの首もとに降り立った水リスザルは、青いつぶらな目でゼドを見上げながら、小首を傾げている。ふわふわとした金色の毛皮は、思わず触ってみたくなるほどつややかだ。

 人間を怖がる水リスザルがこんなにも人なつこいのも驚きだが、その相手がよりにもよってゼドだなんて。同じ人間でも萎縮する、彼の迫力が怖くないのだろうか。

(さ、サルちゃん、逃げて。私はあなたを素材として買い取りたくはないわ!)

 幸福の逸話に加え、水リスザルは金色の美しい毛皮をしている為、その毛皮は小さいながらも、高値で取引をされている。視界の隅の支部長もその価値を思い出したのか、目を輝かせている。ゼドがいるから誰も動いていないが、彼から離れた途端、即座にギルド内で冒険者による水リスザルの争奪戦が始まってしまうだろう。

 降り立ったのが、金銭欲があまりないゼドの胸元だったのが不幸中の幸いだが……。

(ああああああああ、今にも大剣で斬り殺しそうな顔してらっしゃるううううぅ)

 眉間に深く皺を寄せて、目の前のリスザルを睨みつけるゼドの姿は、まさに鬼神。どうやっても、水リスザルが助かる未来が見えない。にもかかわらず、小さな手ですがるようにゼドのマントの首もとを掴んでいる水リスザルは、豪胆なのか、警戒心が決定的に欠如しているのか。

 ゼドは片手で水リスザルをむんずと掴み、険しい表情でアリスを一瞥した。

「……邪魔が入ったな。金は後で取りに来る」

「あ、はいい。お待ちしてますぅぅ」

(ああ、サルちゃん。あなたを助けられない、無力な私をゆるして)

 ご機嫌そうにしなやかな長い尻尾を揺らす水リスザルを片手に、つかつかと去って行くゼドの背中を見送りながら、アリスは心の中で涙を流した。




「……ほら、外だぞ」

 人気のない所までやって来たゼドは、その見かけからは想像がつかないほどの優しい手つきで、水リスザルを地面に置いた。

「もうあんな所に来ちゃ駄目だぞ。危ないからな。家族のもとに帰るといい」

 できる限り怖がらせないように、穏やかにそう言ったつもりだったのだが、何故かぶるぶる体を震わせた水リスザルは、ひしっとゼドの足にしがみついてきた。

「お、おい」

 あわてて再び手の上に置くと、水リスザルは潤んだ目でジッとゼドを見つめてきた。

「どうしたんだ? 何で行かない?」

 よくよく見れば長い金色の毛で隠れているが、水リスザルは首もとに小さな金の首輪をしていた。野生ではなく、もしかしたら誰かのペットだったのかもしれない。

「もしかして、飼い主を探してほしいのか」

 言葉が通じたように、水リスザルは首を横に振った。その知能の高さに驚きながら、ゼドは続ける。

「違う? それじゃあ亡くなったか何かで、お前の飼い主は、もういないのか」

 今度は首を縦に振った。……どうやら本当に、言葉が通じているようだ。

「行く当てはあるか」

 首を横に一回。

「森で仲間と暮らす気はないのか」

 激しく首を縦に複数回。

「……俺と一緒に、いたいのか」

「……うっきー……」

 水リスザルは力強く首を縦に振ると、縋るようにゼドにくっついてきた。長いしっぽが、ゼドの太い手首に、やわらかく絡みつく。そのけなげな様子に、ゼドの心臓はわしづかみされた。

「か、かわいいな……小動物に懐かれたのは、子どもの頃以来だ」

 【黒剣】ゼド。――彼は見かけとは裏腹に、お人よしで小動物が好きな男だった。

「俺と一緒にいると危険だぞ。俺は危険なモンスターを倒して生計を立てているからな。それでも一緒に来たいのか」

「うっきぃ!」

「そうか……もし危険を感じたら、俺のことは放っておいて、いつでも逃げていいからな」

 そう言って厳つい顔に似合わない慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべたゼドは、マントの首もとに水リスザルを乗せた。

「……あれ、お前の目、なんか」

「うきゅ?」

「……気のせいか」

 一瞬覚えた違和感を深く追求することもなく、ゼドはその場を後にした。

 水リスザルの目に、左右反転で映っていた文字に気づくことがないまま。


名前:ゼド

職業:一級冒険者

先天スキル:なし

後天スキル:【鍛冶】【剣技】【体術】

取得魔法:魔法陣魔法(彫刻限定)

性格:小動物好きのお人よし


(……やりましたわ! 強くてお人好しな護衛を手に入れました! 最初は少し怖かったけど、鑑定結果を信じたいかいがありましたわー!)

 ちょこんと首もとに陣取った水リスザルが、してやったりの笑みを浮かべていることにも。


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― 新着の感想 ―
第一話、楽しませていただきました! サルの中身が典型的お嬢様口調・・・?! これからどんなお話になるのか、楽しみです!
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