第一話:ドーナツと依頼人
数日後。
アレックスは、カフェの隅でコーヒーを飲みながら、例の少女を待っていた。
「あの少女から依頼とは......。
しっかりと礼は返さないとな」
扉が開き、制服姿の少女が、おずおずと中へ入ってくる。
目が合うと、ほっとしたように近づいてきた。
「こんにちは……覚えてますか?」
「もちろん、あの時は助かった。
さぁ、座ってくれ」
少女は緊張した様子でアレックスの向かいに腰を下ろす。
「……キャサリン・テレスコープです。
今日は、その……お願いがあって……」
「お願いか......。
君は私の恩人なんだ、何でも言ってくれ」
アレックスは穏やかに促す。
キャサリンは少し迷ったが、覚悟を決めたように話し始めた。
「友達と……喧嘩してしまって。
仲直りしたいんです」
「喧嘩の仲裁、か。
たしかにネゴシエーターの出番だな」
「でも、その子……ちょっと普通じゃなくて。
言葉が通じるかも分からなくて……」
「なるほどな……」
アレックスは少しだけ目を細める。
言葉が通じない相手か。
(もしかして言葉が違うのか?
メジャーな国の言葉ならいくつか話せるが......。
そういう意味だろうか)
その一言に、妙なひっかかりを感じた。
「引き受けよう。
喧嘩の仲裁も、私の得意とするところだ。
任せてくれ」
「本当ですか……!?」
キャサリンの顔がぱっと明るくなった。
「助けてもらった礼もある。
今回は……報酬はいい」
「えっ?」
「その代わり……。
あのドーナツ、どこの店で買ったのか教えてくれ。
とても美味かったからな」
キャサリンはきょとんとしたあと、ふっと笑った。
「はい。
……それなら、いくらでも。
よかったら、ご馳走しますよ」
その笑顔は、年相応のあどけなさを残していた。
アレックスはコーヒーを飲み干し、心の中で静かに呟く。
(……ただの仲直りならいいが、どうにも引っかかる)
そして、ドーナツの甘い余韻を残したまま、最初の依頼は始まった。