醜悪
ビルから降りた後、石巻から色々話を聞いた。
彼はここから二十キロほど離れたところから歩いてきたらしい。ここへ来るまでに、僕以外にすでに三体の発症者と戦闘になったそうだ。僕は五十キロ以上移動してムカデ一体としか遭遇していないので、割と個体数にばらつきはあるようだ。
それと、彼は高校2年性らしい(やっぱり年下じゃねえか。タメ口なのなんか違和感あると思ってたんだよな)。
親はどうしたのかと聞きたかったが、彼はあまり話したそうではなかった。このことには、あまり触れないほうがよさそうだ。どのみち、今の所僕には質問できるほどの発音はできないけど。
今の世界の状況について何か知っていないかとも思ったが、彼も僕が知っている以上の情報は何も持っていないらしい。まあ、そりゃそうか。こればっかしは仕方ないね。
あと、あれから名前について問われることはなかった。僕には自分の名前を発音できないだろうと判断したのか、それともただ単に忘れているのか。いずれにせよ、こちらが自分の名前を思い出せない以上、聞かれないに越したことはない。話す中で、石巻は僕のことを「君」とか「爆弾君」とかいうふうに呼んでいた。
というか石巻、まあいいやつっぽいんだけど、、、なんか僕のこと下に見てない?気のせい?
まあ「ギャア」くらいしか発音できない僕を見て「知能低い感じかな」と思うのは無理ないけど、、、
僕には知能がないんじゃない、声帯がないんだ。声帯が。
、、、いや、どう考えても僕の考えすぎか。ごめん。
、、、誰か、僕に声帯を分けてくれ。
石巻は割と長いこと喋っていたが、それでも一方的に話すだけでは話題が持たないようで、45分くらい経ったところでついに「しりとりしようぜ」と言ってきた(無茶言うな)。
そんな調子で、かれこれ一時間半ほど歩いていた。
石巻の話題が尽きてから、僕は発音を練習していた。石巻も真剣に付き合ってくれて、そしてついに「クルマ」くらいの単純な単語が言えるようになった時だった。
前方のゴミ捨て場で、何か黒い影が動いた。
ネズミ?ネコ?いや、それにしては少し大きい気がする。ただ、人間、、、発症者にしては、明らかに小さいような、、、。
石巻が影に銃口を向けた。影はまだ気づいていない。
影に向かって、慎重に、ジリジリと近寄る。
五メートルくらいまで近づいた。
すると、今まで夢中でゴミを漁っていた影が、急にこちらを向いた。
その姿は、まるで小さな悪魔のようだった。
体型は人間の子供のようだが、全身からゴワゴワの黒い毛が生えている。手は人間らしい形だが、足はヤギのもののような構造になっていた。
そして背中、というより腰のあたりから、コウモリのような翼が生えていた。
体と同じく毛むくじゃらの顔には目はなく、ツノが二本と、白い歯が剥き出しになった口が毛の間からのぞいていた。
「、、、顔の雰囲気ちょっと似てるけど、知り合いだったりする?」
「シラン(知らん)」
雰囲気が似てるだけで勝手に知り合いにしないでくれ。というか別に似てもないだろ。口と、目や鼻がないこと以外。
「おやおや少年たち、こんなところで何をしているのかな?」
、、、ん?
一瞬、辺りが静寂に包まれた。
今こいつ、、、喋った?
「何してんだはこっちのセリフだ。」
石巻は普通に答えた。
なんでこいつはこんなに冷静なんだ?
、、、ああ、そういえば「言葉が通じたのは君が初めてじゃない」っていってたっけ。こういう奴らともう話したことがあるのか。
というか悪魔ならギリ話せてもおかしくないな。元人間なんだし。
「ワタシは見ての通りさ」
悪魔はそういうと、今まで漁っていたゴミ捨て場を指差した。
見ての通りって、ゴミ漁りか?何のため?仮にも人間としての誇り的なのはないのか?
そう思い、ふと石巻の方を見る。
その表情からは、何やら冷たくも激しい怒りを感じ、思わずゾッとした。
確かにこいつは不快だけど、そんな怒るほどか?
そう思い、ゴミ袋が邪魔で見えなかった、石巻には見えているであろう、悪魔が漁っていたところを覗き込んだ。
人だった。人間の女性の死体だ。
背筋が凍った。
体は損傷が激しく、腹の辺りは抉られていて、内臓が剥き出しになっている。
こいつ、まさか。
「逃げ遅れた奴がここに隠れててなぁ。うまかったぞぉ、にいちゃん。」
悪魔がにいっと笑った。
とてつもない嫌悪感を感じた。と同時に、ムカデのことを思い出して、思わず吐きそうになった。
「君たちも同じ病気なんだろう?どうせなら好きにやっちまおうぜ?」
悪魔は平然と続ける。
「今ここにはいないけど、俺達はは何人かでつるんで好き勝手やってるんだぁ。にいちゃん達も付き合わないかい?」
まだいるのか。こんな奴が。他にも。
「断る」
バアアアン
鋭い銃声と共に、悪魔が後ろに弾け飛んだ。
悪魔はしばらくピクピクしたかと思うと、動かなくなり、砂のように崩れてしまった。
「大丈夫か?」
吐き気から屈んでしまった僕に石巻が声をかける。
「ナンドガ(何とか)、、、」
僕は何とか起き上がった。
「酷いもんだな、、、」
石巻は遺体に左手で手を合わせるようにした。僕もそれに続き、手を合わせた。
「どうしてもいるんだよ。『あと三日の命』というのを免罪符に、他人の迷惑だの命だのそっちのけで好き勝手する輩が。無敵の人って奴らさ。」
しばらく遺体の前で黙祷したのち、石巻は歩き出した。僕もそれに続く。
何というか、後味が悪い。
僕より小さい石巻の背中が、僕のより遥かに逞しく見えた。
そこから少し離れた街の中。
一人の大男が、街の暗がりで何かを殴っていた。
「一人やられた」
急に、男の耳に声が入った。近くに人影は見られない。生き物の姿もない。
「若造二人だ」
声は続ける。
「ここから少し距離があるが、どうする?」
「決まっているだろう」
男は答えた。
「殺しに行く」
男は歩き出した。
男が去った後には、グジュグジュになった何かの肉塊だけが残されていた。