接敵
「君は、だれなんだい?」
突如現れた銃の青年、石巻機晢が僕に問う。
僕は必死で答えようとするが、どういうわけか発声できない。
僕を見る石巻の表情が厳しくなる。
答えなければ、どうなるかは目に見えている。
まずい。なんでもいい。何か一言。僕が獣でないことを証明せねば。
呼吸を整え、
せーのっ
「ヴゥ、、、ガァ、、、」
出たのは情けない唸り声だけだった。だめだ。終わったかもしれない。
石巻が口を開く。
「答えられないのならば」
石巻は鋭くこちらを睨みつける。
「理性のない害獣と見做して」
僕は咄嗟に逃げる構えをとった。
「抹殺する!」
ズガガガアン!
石巻が発砲した。
僕は間一髪で右にかわした。その勢いのまま、左右のビルの壁をジャンプするように登る。
「まじかっ」
下から石巻の驚く声が聞こえた。
僕も驚いてるよ。まさかこんな芸当ができるとは。
そのままビル群の屋上を渡り、距離を取る。
「逃すかぁ!」
後ろから石巻の声が聞こえた。あいつもビルを登ってきたようだ。
だが十分距離は稼げた。おそらく。
距離を稼いだはいいが、さて、どうするか。
少なくとも、反撃するわけにはいかない。こちらから手榴弾で攻撃すれば、彼の動きを止められるかもしれない。しかしここで反撃を加えれば、石巻がこちらの話に耳を傾けることはなくなるだろう。せっかく協力できるかもしれないやつを見つけたんだ。それは避けたい。
とは言っても、それは僕が彼と会話できるのが前提だ。
彼とのコミュニケーション手段がない以上、和解の手段はないに等しい。
ズドオオン
後ろから銃声。
銃弾は大きく逸れて建物の壁に当たった。
相手は中遠距離から攻撃できる。このままの距離感を保つのは危険だ。
とは言ってもせっかくの機会、逃げるわけにもいかない。
ズバアアン
再び銃声。
キンッ
金属が擦れ合う音がして、頭がぐわんと揺れた。
銃弾が頭部をかすったのだ。
とっさに、銃弾がかすった箇所を手で押さえる。
出血、、、は、していなかった。ただちょっと凹んでいた。
ここで、背後からガチャガチャという音が聞こえる。
石巻を見ると、右腕の銃を何やらいじっている。
何をしている?
、、、そうか、装填か。
あの銃には弾の装填が必要なんだ。
それなら、、、
その後も僕は、石巻から一定の距離を取り続ける。
ズドオオン
石巻が発砲する。
一発。
バアアン
続けて発砲。
二発。
銃弾はどれも当たらない。石巻の顔を見ると、心なしかいらついているようにも見える。あちらからすると、僕がもっと急激に距離をとって逃走できることが、最初の壁ジャンプを見てわかっているはずだ。その上でこうやって一定の距離を保っているのだから、煽られているように感じているのかもしれない。
石巻が銃弾を連発する。
三発、四発、五発。
銃弾は明後日の方向へ飛んでいった。あと少し。
急に石巻が距離を詰めてきた。
ズガアアン
石巻は空中で発砲する。
僕の耳元でギンッという鈍い音がした。
痛え。
でも、六発。
石巻は反動で飛ばされ、近くのビルの屋上に倒れ込んだ。
石巻はビルに倒れると、すぐ体勢を立て直した。
だが、爆弾人間の影はすでに彼の視界から消えていた。
どこにいった?逃げられたか?
そう思った刹那
バリィィィン
路地を挟んで隣の、高めのビルの窓から、爆弾人間が飛び出してきた。
しまった、不意打ちか。
石巻は咄嗟に右腕を突き出す。
だが、この距離ならもう外さない。
石巻は標的に向かって引き金を引いた。
石巻が六発目の銃弾を放ったところで、僕は近くにあった高いビルの中へ窓を突き破って逃げ込んだ。
ビルの中はもともとオフィスだったらしく、机と椅子、パソコンが並んでいる。
オフィスにしては異様なほど人の気配がないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
彼は僕を呼び寄せるために二発、威嚇射撃に一発、攻撃のために三発、計六発の銃弾を放ったところで装填をしていた。
僕の知らないところで銃弾を消費していたかはわからない。故に正確に装填数が六発だとは言い切れない。だが、これ以上耐久で銃弾を消費させられる余裕はない。
銃の形状からはわからなかったが、彼の戦闘スタイルはおそらくショットガンに近いものだ。近距離では、彼は確実に僕を仕留められるだろう。
危険な賭けだが、彼と話をつけるためには、まずはこうするほかない。
僕は隣の屋上にいる石巻めがけて、ビルの窓を飛び出した。
石巻が、僕に向かって引き金を引いた。
さあ、どうなる、、、
カチッ
途端に石巻の顔が青ざめる。
弾切れ。よかった。僕の勝ちだ。
僕は石巻に飛びかかると、首を捉えて地面に押しつけた。
ひとまず、拘束成功だ。
石巻は抵抗しようとするが、自分の右腕が邪魔で上手く動けない。
さて、問題はここからだ。今までのは、発声のままならない僕の話を聞いてもらうための、いわば下準備に過ぎない。
暴れようとする石巻を抑えながら、ありったけの意識を喉に集中する。
「ガ、、、ガ、、、」
思い出せ。ムカデと戦った時、僕は確かに声を上げて笑っていただろう。嗚咽する時も、「ゔおぇっ」という声が出たはずだ。
思い出せ、どうやって声を出すか。
ふと、自らが拘束した「獲物」を前に、ムカデの時に見せた猟奇性が顔を出しそうになる。
石巻を押さえる手に力が籠る。石巻がさらに強く暴れる。
だめだ。お前は出てくるな。
抑えろ。
証明して見せろ。
そう自分に言い聞かせ、ありったけの力を喉に込めた。
「デ、、デ、、テキ、、、チガヴ」
不意に飛び出した人間の言葉に、石巻は目を丸くした。
「ギョウ、、、キョッ、ギョウリョキュ、、、」
「お前っ」
「デ、デキ、、、チギャ、、」
「もういいもういい、わかったから」
石巻が苦しそうに話す。
「もうわかった、俺の負けだ。もう攻撃じないがら」
よかった。伝わった。安堵する僕に、石巻はこう言った。
「どっどどごのでをはなじでぐれ(とっととこの手を離してくれ)。ぐるじい(苦しい)。」
七月二十一日 爆散まであと三日