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崩壊

 発症者と思われるその化け物は、明らかに人の形を成していなかった。

 十五メートルはあろうかという細長い全身は鈍く黒光りし、甲殻に包まれているように見える。身体中の体節からは、まるで節足動物のような印象を受ける。頭部と思われる部位には、理性のかけらも感じない禍々しい赤色の目が光り、長い触角が生えていた。また、体側からは無数の手が生えていた。この手は異様なことに、どれも人間の手と同じ形をしていた。また、手の生えていない下半身には、これまた人間のものとそっくりの足が二対生えていた。そのうち一対を使って立ち上がる様は、ムカデの姿をした人間のようにも思われた。

 

再び、緊張が走る。ムカデはもたげていた上半身を地面に屈め、今にも飛び掛からんとする体制をとった。

 「シュウウウルルウウウゥゥゥ」

 奇妙な唸り声を立てている。どうやら話が通じる相手でもなさそうだ。

 詰んだか。こいつは僕を殺す気か。僕はこいつにとって、獲物のように見えているのだろうか。だとしたら、せめて最期まで抗ってやろう。そう思い、ムカデが来たのとは反対の方向に僕はかけだした。


 一瞬何が起きたのかわからなかった。今度こそ吹き飛ばされたのかと思った。だがすぐに、何が起こったのかを理解した。

 速い。信じられないほど足が速くなっている。一秒前まで目の前にいたムカデと、すでに三十メートルほどの差がついていた。振り返ってムカデの方を見ると、ムカデも何が起こったかわからないらしく、さっきまで僕がいたところを見つめている。



 ムカデと百五十メートルほど差がついたところで、僕は立ち止まった。走っている中で、速さ以外に何か違和感を感じたのだ。違和感の正体を探るべく、両手を前にかざし、じっと見つめる。瞬間、僕は違和感の正体に気がついた。

 右手が、ある。

 先ほど欠損したはずの右手が、今は間違いなく生えていた。痛みも消えている。そしてその再生した右手は、想定していたものと形状が異なっていた。

 先ほどまでパーカーの裾から見えていた部分、掌と指は、間違いなく人間のものだ。だが手首から下、今回露出した部分は、黒いチューブの束のようなものに置き換わっていた。驚いて、左手の袖もめくってみる。同じように、黒いチューブのような何かに変容していた。いつのまにか、僕は人間ではなくなっていた。


 ふと、ムカデの方を振り返る。ムカデは僕を追いかけてきているようだったが、ムカデと僕との間には、まだ五十メートルほどの間があった。見かけの割に、鈍重なやつだ。

 僕は人間ではなくなった。普通なら、絶望に打ちひしがれてもおかしく無い状況だ。だが僕は、不思議と高揚していた。死線を超えたことで体に変化が訪れたのか、それとも、元々変化はしていて気づかなかっただけなのか。それはわからない。だが、これであいつを殺せる。


 次に何をするべきか、僕にはなぜかはっきりとわかった。迫ってくるムカデを前に、僕は先ほど再生したばかりの右手を突き出し、力を込めた。どこからともなく手榴弾が現れ、右手に握られた。ムカデまで、あと二十メートル。僕は手榴弾のピンを抜くと、ムカデに向かって思いっきり投げつけた。


「ボカアアアァァァン」


 轟音と共に、ムカデの巨体が宙を舞う。

 やったか。あ、やべ。

 地面に落ちたムカデはすぐに起き上がり体制を整えた。誰か言ってたっけ、「やったか」は復活呪文だって。

 だがこれではっきりした。僕はこいつを殺せる。

 右手の借りは(生えてきたけど)しっかり返させてもらおう。


 ムカデはさっき同様飛び掛かる体勢を取り、ノータイムでこちらに飛びついてきた。僕はひらりと左にかわす。今更そんなのに当たるわけないだろう。

 だが完璧に避け切ったと思った瞬間、ムカデは尻尾を地面に強く打ちつけた。

「ドオオォォン」

 鈍い音が鳴る。僕は間一髪で後ろに避け切ることができた。ムカデの体が爆発したように見えたが、まさか自爆か?

 そう思ったのも束の間、爆煙の中から再びムカデが飛びかかってきた。僕はまた左にかわした。みると、ムカデの尻尾がなくなっている。

 ムカデは身を翻し、僕から少し離れたところに着地した。

 こちろを警戒するように構え、

「じゅるるるるる」

 と不気味な声を発している。

 見ると、尻尾がみるみるうちに再生してゆく。なるほど、こいつは体の一部を爆発させられるのか。

 

 その後も同じような攻防が続いた。ムカデの動きは単純で見切るのは簡単だが、すぐに飛びかかってくるのでなかなか攻撃に切り出せない。手榴弾の扱いにはまだ慣れておらず、下手を打てば自分ごと吹き飛ばしてしまう。

 

 ここで僕にとあるアイデアが浮かんだ。

 ムカデの尻尾が再生したのを確認すると、僕は近くの古そうなビルに駆け込んだ。ムカデも後に続く。かかった。僕はビルの部屋のなるべく奥まで進んだ後、急に切り返した。先ほどまでの動きを見てわかったことがある。こいつはすぐには曲がれない。

 ムカデは奥の壁に激突した。先にビルを出た僕は、手榴弾を出せるだけ出して投げ込む。ムカデは反射的に尻尾を床に叩きつけた。


 「ズガアアアァァァァァァン!!」


 轟音と爆炎と共に、ムカデの入ったビルは崩れ落ちた。


七月二十一日 爆散まであと三日

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