名前
「そういえばさ」
しばらく橋の上で休んだあと、立ち上がりざまに石巻が僕に聞いてきた。
「さっきはあのでかいやつのせいで聞きそびれたけどさ」
さっき?何か言ってたっけ?
、、、あっ
「君の名前のことなんだけど」
そうだった。そういえば聞かれてたわ。名前。
「いつまでも『君』とか『爆弾君』とか呼ぶのもなんか気持ち悪いじゃん。そろそろ名前を聞いときたいなって。だいぶ喋れる様になったしさ。」
困ったなあ。忘れちゃったんだよなあ。自分の名前。
正直僕も驚いてるよ。自分の名前忘れるなんて。
まさに「私はだあれ?」状態だもんな。
どうしよう。正直にいうか?忘れたって。
でも引かれそうだよなあ。
どうしよう。いっそこの場で考えるか。名前。
ええと、ううん、、、ばく、、、爆弾山、、、爆彦?
いや、だめだ、そんなんじゃ。
ええと、なんか、、、ううん、、、そうだな、、、
爆弾だしな、、、爆弾、、、爆弾魔、、、ぼむ、、、
ぼ、、、ぼ、、、
「、、、ボマー」
石巻はキョトンとした顔をしている。
「え?」
いや、まあそりゃそうか。
何だよボマーって。そんな名前あるかい。アホタレ。むしろ爆弾山爆彦の方が現実味あったろ、バカめ。
「、、、ああ、海外の人だったの?」
「イヤ、そういうんじゃナクテ、、、」
あーあ。事態が完全に悪化している。もう観念するしかないか。
僕は話した。
僕が自分の名前を忘れてしまっていること。故に適当なことを言ったこと。
ついでに、僕が普通に日本人であること。
そして、石巻と合流するまでにあったこと、、、元人間のムカデを食べたことも。
「なるほど、、、」
石巻はじっくりと聞いてくれた。
「確かに、さっきも食べてたね。」
「アア、、、スマナイ」
「別に謝る様なことじゃないよ。君の意思ってより、本能的なものなんだろう?」
石巻は落ち着いた口調で話す。
「さっき落ち込んでたのはそのことか。悪魔が人を食ってるのを自分と重ねて。」
はい。その通りです。
「でもあいつと君とは違うよ。あいつは確固たる自分の意思で、逃げ隠れしてる人を襲ってたろ?でも君は身を守る上で戦ったわけだし、食べちゃったのもまあ、、、いいことではないけど、、、」
石巻は少し言葉を濁した。話は続く。
「それでも今、人々のために君の意思で戦うって決めてここにいるんだろ?さっきも言ったけど、それで十分だと思うよ。ともかく、そんな思い悩まなくてもいいよ。」
何というか、石巻って、歳の割に達観しているというか、、、逞しいな。
「ありがトウ」
僕は思わず礼を言った。
「礼には及ばないよ。さっきはああ言ったけど、俺だって人を殺すこと、まだ自分の中で整理ついてないしさ。さて、それはそうと、、、」
ああ、そうだった。すっかり忘れるところだった。
「名前のことだけど、、、さっき言ってた『ボマー』ってのでいいんじゃない?」
「、、、イイノカ?」
「いいのかって、いや、そもそも俺が決めることじゃないでしょ。名前がないんだったら、自分の好きな様に名乗ればいいんじゃない?別に戸籍がどうとか、保険が何とかの話じゃないんだから。」
そうか、確かにそうだな。
ボマーか、、、ううん、、、まあ、いいか、どうせ三日か二日しか使わない名前、多少安直でも問題ない。
「ジャア、僕ハ今かラ『ボマー』ッテことデ。」
「それじゃ、改めてよろしく。ボマー君。」
石巻は拳を突き出した。爆もその拳に拳を突き合わせる。
心の中にひしめいていた暗雲が、今晴れた気がした。
僕たちはそのまま、橋の向こうへと歩みを進めた。
「、、イヤ、デモやっぱり安直すぎやしナイカ?」
「安直、、、まあ、あとで変えても別に良いでしょ。適当でいいんだよ、適当で。」
舞台は再び、どこかのラーメン屋。
静まり返った店内に突然、武装した兵士と思わしき人影が数名突入してきた。
店内には数名の人影があるが、誰も彼らに反応しない。
飲食店の割には明らかに音が少なく、ただ換気扇だけが不気味な音を立てて回っていた。
一人が他の兵士に手で合図を送った。
兵士たちは銃を構え警戒しつつ、客や従業員の体を調べる。
全員の体を調べたところで、リーダーと思しき長髪の男が、通信機を取り出した。
「だめです。客も従業員もみんな死んでる。もぬけの殻です。総長。」
男が通信機に向かって報告する。
『そうか、、、一足遅かったか。』
通信機から聞こえた声は、十歳程度の少女のものだった。
「はい、、、一応、奴の痕跡がないか調査しておきます。あと、周辺の捜索も。」
『ああ、了解した。万が一奴に遭遇したら報告しろ。終わり次第、引き続き発症者の対応を頼む。』
「了解しました。レイド総長。」
男は通信機の電源を切った。
「5-13、14は店内の調査を、それ以外は周辺を捜索しろ。」
男は周囲の部下に指示を出すと、自分自身も店内の調査にかかった。
パキッ
枝の様な何かを踏みつけた。
見ると、床には大量の割り箸が落ちている。こぼされたものかと思ったが、そのどれもが、すでに割られているものだった。
すぐ近くのテーブルの上には、手のつけられていない冷めたラーメンの丼が二つ置かれている。
ここにいたのは間違いないだろう。だが、それ以上のことはわからない。そもそも、奴がここにどんな物的証拠を残そうが、奴自身を追い詰めることにはつながり得ないだろう。一人の人間を追うのとは訳が違う。どんなに鋭い刃も、奴の薄皮一枚にすら届きやしない。
福間圭。神出鬼没の怪人。
我々の最大目標であり、その所業たるや厄災そのもの。
奴は今どこにいる?この惨状を見て楽しんでいるのだろうか。
「切り上げるぞ」
「了解」
今はできることをするしかないか。
男は店を後にした。
一方その頃。
一人の軍服を着用した少女が、軍事用のヘリコプターの中に座っていた。
同じヘリコプターには、他にも何名か搭乗している。
手には通信機が握られている。
「どうでしたか?」
近くの席に座った老紳士が問う。
「いいや、だめだ。また逃げられた。もうこれで何度目かわからんな。」
少女が答える。
「厄介なものですな。」
「全くだ。」
しばらくの間、プロペラ音だけが搭乗席に響き渡る。
少女はタブレット端末を手に取り、先ほど回収した映像を確認する。
「未確認の個体、、、やはりこいつ、、、」
「対象 補足しました」
運転席側から声がした。
ヘリコプターのドアが開いた。激しい風が吹き荒れ、少女の髪が靡く。
眼下に広がる街は、炎の橙色に包まれている。その中を、巨大な爬虫類の様な何かが闊歩している様子が見えた。
「特異点、福間、そして特殊個体級。追うものが多すぎる。」
少女は人差し指を突き出すと、眼下にいる怪物の方へ向けた。
「今は一つづつでも摘んでいかなくては。」
少女の指が赫く変色した。
「着火」
周囲が眩い光に包まれた。続いて、衝撃波とともに轟音が響き渡る。
風圧でガタガタと揺れるタブレット端末には、ムカデと戦う爆弾の頭をした怪人の姿が映し出されていた。
七月二十一日 爆散まであと三日
石巻「適当でいいんだよ、適当で」
作者 良いんだろうか?適当で、、、




