彼という病
とある老舗のラーメン屋にて。
厨房から少し離れたテーブル席に、二人の男が座っていた。
一人は二十代くらいの若い男、もう一人は四十くらいの中年の男だ。
「こんな事態になっているというのに、まだ食事に来るものがいるとはね。」
男の一人が店内を見渡す。彼ら以外にも、何人かの客が来店していた。
「私達が言えたことではないだろう?」
もう一人が答える。
「確かにそうだね、、、だがこれはこれでいい。」
「世界の流れに目を向けず、各々が好きなように興じる。あまりに危険なことではないか?」
「ああ。だが調律された世界では、それも流れのうちに収まることだ。むしろ、、、」
男が割り箸を割る。
「人間の本来あるべき姿に近いとも取れる。とても、とても、愛おしいことだ。」
「なるほど。」
男の前に置かれたどんぶりからは湯気がゆらゆらと上がっている。
一瞬の静寂が流れる。
「それはそれとして」
男の一人が口を開く。
「見たかい?あれ」
「、、、あれ、とは?」
男はキョトンとした顔をした。
「、、、君の担当じゃなかったっけ、彼って。」
「彼?、、、ああ、いや、私の担当には特に異常は、、、」
「、、、そうか?まあいいや」
男は続ける。
「私の部下が今、とある怪人を発見してね。」
「ほう、怪人か」
男が前のめりになる。
「それで、その怪人ってのは、、、」
「いや、まだわからない。これから接触を試みるよ。」
「頼むよ」
男の口調は、どことなく高揚しているようだ。
「あれが手に入れば、計画もやっと軌道に乗る。」
「落ち着けよ」
男が男をなだめる。
「まだいると決まったわけじゃないんだ。」
「だが、これで見つからなければ、、、」
「ああ」
男は少し遠い目をした。
「救うのも難しくなるな。」
男はまた、割り箸を割った。床には、割られた割り箸が何本も転がっていた。
「だからこそ、何がなんでも見つけなければならない。」
「ああ。その通りだ。今は彼に期待しよう。」
ラーメンはまだ湯気をたたえている。
男の一人が急に口を開いた。
「お、やっと綺麗に割れた。」
仮面をつけた男の顔は、閃光と共に弾け飛んだ。
赤い肉片が周囲に散らばり、べチャリと音を立てて地面に落ちた。
僕の右腕も吹き飛んでしまったが、そこは例の如くすぐに再生した。
男の体は膝から崩れ落ちると、その場にどさりと倒れた。
もう、ぴくりとも動かない、ボロボロの体。
石巻がこちらに駆け寄った。
「やったか?」
「アア、、、アンマり言わなイ方がいいヨ、ヤッタカッて。」
「いや、まあ、、、漫画だけだろ、そういうの。」
まあ確かに。
あれ、でも一回復活させちゃったような、、、ムカデ、、、
まあいいか。もうここか復活することもないだろう。
「ともかく、よかっったよ、無事に倒せて。」
「アア」
僕はその場に座り込んだ。
「ソういエバさ」
僕は石巻について、少し気になることがあった。
「石巻はダイジョウブなワケ?人殺すノ。」
石巻は少し驚いたようなリアクションをとったが、すんなり答えてくれた。
「大丈夫っていうのはちょっと不謹慎な気がするけど、、、まあ俺は平気だよ。前も言ったけど、もうすでに今の含めて四人殺してる。それに、、、」
石巻は続ける。
「彼らとは和解というか、言葉で止めることもできなかったろうし、彼らがこれからしでかしたであろうことを考えると、むしろ人を救うことにも繋がってんじゃないかって。殺しを正当化するわけじゃないけど。」
なるほど。そういう考え方もあるか。
「君こそ大丈夫か?さっきとか結構キツそうだったけど。」
さっき、、、ああ、悪魔が人を食ったのを見たところか。
「イマはダイジョウブだ。」
「そうか。なら安心だな。」
戦闘後の安心からか、緊張感がだいぶなくなっている。
ここで不意に、石巻の後ろに何かがいることに気がつく。
それは、コートを羽織った男のような姿だった。いや、男なのか女なのかもわからない。
石巻の背後三十メートルほど先にいるそれは、距離の割に明らかに大きく見えた。
、、、いや、大きく見えるんじゃない、実際に大きいんだ。おそらく身長が五メートルはある。
頭には高山帽をかぶっており、顔の部分はよく見えない。
人影はじっとその場に突っ立っている。不気味なことに、巨体の割に一切気配を感じない。目を離すと、その場にいることを忘れてしまいそうなほどだ。
「そんなことよりさぁ」
石巻は気が付いていない。
人影は急にこちらに向かってきた。さっきの男ほどではないが、結構な速度だ。まずい。
「君の名前のことなんだけど」
「後ロォ!」
石巻はここでやっと後ろを振り返った。
だが、もう遅い。
僕は先ほどのように石巻の体を押そうとしたが、それも間に合わず、僕と石巻は恐ろしい力で宙に放り投げられた。
僕はそのまま、頭から地面に叩きつけられた。意識がぐわんと揺らぐ。
石巻は足を負傷しつつなんとか着地し、背の高いそいつに向けてミニガンの銃口を向けた。
次の瞬間、石巻は再び空高く飛ばされていた。遠くから石巻の叫び声が聞こえたと思うと、そのまま橋の下へ落ちていった。
この間不思議なことに、人影は一切動いていなかった。どうやって石巻を吹き飛ばしたのか、全く見当がつかない。
そしてこの人影、近づいてみて初めて分かったが、顔がない。
本当に、ただ真っ白な顔だった。質感は布のようなものだろうか。
石巻を吹き飛ばした奴は、そのまま僕にとどめを刺しに、、、
来るのではなく、仮面の男の死体に近づいていった。
ここで、なんとか保っていた僕の意識にもとうとう限界が来た。
薄れゆく意識の中で僕は見た。
奴のコートの内側からワニのような大きな口が現れ、男の体を丸呑みにするのを。
「、、、おい、起きろ!」
どれくらい経っただろうか。石巻の声で、僕は目を覚ました。
「、、、アイツは?」
「わからない。下に落とされてからすぐに上がってきたけど、戻った時にはもういなかった。」
なんだか頭が痛い。
僕は頭を手で押さえた。
「何かされたのか?」
石巻が聞いた。
「ワカラナイ」
僕は答えた。
ふと見ると、男と悪魔の死体が、跡形もなく消えていた。
さっきのやつが食ったのか。
「大丈夫か?」
石巻が手を差し伸べる。
「アあ、ダイジョウブだ。」
僕は手を取った。
あたりはすっかり暗くなっている。
街からは火の手が上がり、どこか遠くから爆発音や咆哮のような音が聞こえる。
もうすっかりディストピアだな。
「少し休んだら、今度はあっちにいってみるか。」
石巻が指を刺した方向は、先ほど仮面の男が来た方向だ。
「そうしヨウ」
さっきの背の高い男(多分)はなんだったんだ?
目的は何だ?わざわざあの二人の体を食べに来たのか?何のため?
そして何で僕は生かされた?いつでも殺せたはずだろう。
わからないことだらけで、あまりにも不気味だ。
僕は何かされたんだろうか。体をいじられたり。だったら嫌だな。
そんなことを考えつつ、僕はその場に仰向けになった。
この体になって疲れは感じないと思っていたが、体にはしっかりと蓄積されているらしい。体が鉛のように重い。
石巻もその場に座り込んだ。
遠くに見える街並みは明るく見える。
それは電気の光ではなく、轟々と燃え盛る炎の灯りだ。
「それで、どうだった?」
再びどこかのラーメン屋。
男がもう一人の男に尋ねた。
「ああ、これは、、、」
男がにいっと笑う。
「やったぞ。ほぼ間違いない、特異点だ。」
「よしっ」
男が立ち上がった。
「落ち着けって。まだだよ。」
男は恥ずかしそうに席につく。
「で、これからどうするんだったか?」
「まずはしばらく泳がせる。」
男は答えた。
「すぐ回収しなくていいのか?死んでしまうかもしれないぞ。」
「特異点だぞ?そんなすぐ死ぬわけないだろ。それに、、、」
男は綺麗に割れた割り箸を手元に置き、また次の割り箸を割り始めた。
「今目立った動きをしても、あいつらに潰されかねん。それは分かってるだろ?まずはあいつらの対処が先だ。」
「しかし、対処といってもねえ。力任せの攻撃は通用しないのだろう?」
男は頷いた。
「本当に目の上のたんこぶだよ。だが崩し方なんて何通りもあるさ。」
「そうかなあ。だといいけど。」
しばらくの間、無言の時間が流れる。
「そろそろ帰るか」
「そうだな。もう特に用はないし。」
男は席をたった。
「それにしても」
男は辺りを見渡した。
「彼らは残念だったね。」
「そうだな。やはり現状だと、どうしても限界がある。」
男はカウンター席に座っている客に近寄る。
客は全く反応しない。それどころか、呼吸すらしていないようだった。
男が体を突くと、ごとりと椅子から転げ落ちた。
床に倒れても、椅子に座る体制のままだ。
手に持った箸すら離さない。
「やれやれ。だめだよ、呼吸するのを忘れちゃ。」
「仕方がないだろう。普通の体では受け入れられる方が奇跡だ。」
男は再び辺りを見渡す。そのほかの客も、店員も、みんな微動だにしない。表情すら完全に固定されている。
ある客は、麺を口に咥えたまま動かなくなっている。厨房では、調理器具を持った店員が、立ったまま固まっていた。
「先に警察の機能を止めたのは良かったな。」
「ああ、おかげで実験にも専念できる。」
「実験だなんて人聞きの悪い。これもみんなのためを思ってのことだろう。」
「それはそうと、お会計はどうする?」
「ああ、、、別にいいんじゃないか?もう。」
「それもそうだな。」
男二人は、語り合いながら店を後にした。
後には、いくつかの動かない人影、床に落ちた何本もの割り箸、そして、一切手のつけられていないラーメンのどんぶりが二つ残されていた。
七月二十一日 爆散まであと三日




