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氾濫 ⑤

 男は驚愕した。

 

 今まさに体を貫かれた方、ではなく、体を貫いた方の男である。

 

 なぜ俺の手はこいつの体を貫いている?

 男は、確かにそこにいる獲物を攻撃した。もちろん、殺すつもりで。

 だが彼は、自らの手がその獲物の体を貫くことは、全くもって想定していなかった。

 確かに、普通に殴ったはずなのだ。本来なら、こいつの体は遥か彼方にぶっ飛んでいるはず。今まで散々攻撃して来たが、腕がこいつの体を貫いたことがあったか?

 それになんだ、この感触は?まるでジャガイモのパンパンに詰まった麻袋を殴ったような、、、


 男はふと、体を貫いた手に、何かが握られていることに気がついた。この感触、大きさ、まさか、、、ジャガイモ?


 、、、いや違う、これは!


 男の手に握られていたのは、紛れもなく手榴弾だった。


 男は手榴弾を手から離した。手榴弾はカランと音を立てて地面に落ちる。


 それだけじゃない。こいつの体の中。

 なにかが詰まってやがる!




 こいつもすぐに気がつくだろう。

 僕は体を貫かれてしまったんじゃない。あえて貫かれたんだ。確実に道連れにするために。

 今僕の体には、大量の手榴弾が詰まっている。男に攻撃されている間から、コツコツ溜めておいたのさ。

 その分体を構成するチューブの層は薄くなるから、簡単に体を貫かれた、というわけだ。

 この状態で自爆すれば、きっとこいつを道連れにできるはず。確証もないし、僕自身も多分死ぬ。でも今できることはこれくらいしかない。

 体に腕が刺さっているから、簡単には逃げられない。

 さあ、お前はどうする?無理やり僕の体を引きちぎって逃げるか、それとも自分の腕を切り取るか。

 させねえよ!

 僕は体を構成する管を触手のように使い、男を拘束した。

 実は、僕は戦闘の中で、管を自由に動かす方法を見つけていた。ここまで気を失わずに来れたのは、これを使って衝撃を和らげられたのが大きい。


「ポオオォォォォォォォォ」


 男が再び、煙突から悪魔を放出した。

 悪魔は僕に集り始める。だが、悪魔の力では僕の拘束を解けない。


 終わりだよ、僕も、お前も。

 恐怖はない。ただなんとなく、嫌だなぁ、という漠然とした感情があった。

 死ぬこと自体に絶望はしない。それはもう経験している。

 嫌ではあるが、正しいことだとは思う。こいつを逃せば、少なくとも下にいる石巻は死ぬし、大勢の人間を殺すだろう。

 石巻はいい奴だ。それに強い。きっと僕がやるよりもいい結果を残してくれる。

 きっとこうするのが正しい。そのはずだ。


 、、、いや、でもやっぱ嫌だ。死にたくはない。

 ヒーローになるって決めてんだろ。こんなとこで死んでたまるか。

 なんとかして生きていたい。あと三日の余生で、なるべく人を救って死にたい。

 

 でもどうする?ここでこいつを放してしまっては元の木阿弥。なんとかこいつを巻き込みつつ、僕だけ助かるには、、、

 、、、そうだ。



「グオオオオングゴゴゴゴガガギガ ピイイイイイイィィィィィィ」

 

 聞いたこともないような轟音をあげ、男が激しく暴れる。僕を振り解こうと、大量の悪魔も集ってくる。

 突如、僕の体のチューブの隙間が、白く発光した。


 次の瞬間、轟音と共に、その場にいた二人と群れは、爆風と光に包まれた。





 時間はほんの少し遡る。



 川沿いに空いた広めの暗渠(あんきょ)の奥に、石巻は身を潜めていた。

 あの後、集合悪魔の攻撃をなんとかかわしつつ、気がつくとこんなところに逃げ込んでいた。

 穴の中に逃げ込むなんて、我ながら情けない。

 しかしだ、しかし。

 あいつどう考えてもおっかしいだろ!俺はもうすでにショットガンを三十発は奴に撃ち込んだはずだ。なのにあいつときたら、まだピンッピンしてやがる。不死身か?

 小さい悪魔の時はあんなにすんなり倒せたのに、集合になった瞬間これか。

 暗渠の入り口を確認する。集合悪魔は、石巻を探して、今まさに暗渠に入り込んできたところだった。


 しかも、しかもだ。

 増えやがった。あいつ。

 

 、、、大事なことだからもう一度言うぞ。

 増えやがった。あいつ()

 

 集合悪魔の後ろから、もう二体同じ姿の集合悪魔が現れた。

 

「じゅるるるるる」

「ピヨ、ピヨピヨ」

「おいでよぉ、おいでよぉ、にんじんだよぉ」


 何がニンジンだ、ふざけやがって。

 ただでさえ厄介なのに、ああなると手に負えない。

 はぁ、、、やっべえな、この状況。

 暗渠の中は真っ暗だ。奴には目がないから、何かしら別の手段で空間を知覚しているのかもしれない。だとするとここは、奴の独壇場だ。

 俺が隠れているのは、まっすぐな水路から九十度に分岐した水路の角。ワンチャンこのままやり過ごせるかもしれないが、水路の奥は高い段差になっていて、見つかったら最後、逃げることはできそうもない。


 ちゃぽん、ちゃぽん


 三つの四足歩行の足音が、ゆっくりと近づいてくる。

 

 石巻は身につけていたウェストポーチから、おもむろにサングラスを取り出した。

 七年前、働いていた店で、強盗に刺されて死んだ親父の形見のサングラス。

 犯人の目的は金だった。親父はどうしても引き下がらなくて、そして争いになって。

 バカだなあ。素直に従ってれば、死ぬこともなかったろうに。そう言うとこが、親父のいいとこでもあったんだけどさ。

 当時俺は小学生だったな。

 当時のことははっきり覚えてる。忘れられるはずもない。


 父との思い出に浸りながら、ゆっくりとサングラスをかける。

 ハハっ、なんも見えねえや。そりゃそうだ。こんな暗いところでかけるもんじゃない。

 でもそれがいい。

 視覚の情報が絶たれ、聴覚の情報に集中できる。

 俺は人より耳が利く。

 昔は、誰も聞こえていない救急車の音が聞こえ、その後本当に救急車が通ったり、マンションの下の下の階の人が見ているテレビ番組が音でわかったり、、、そんなこともあった。

 そんな時、親父はいつも褒めてくれてたなぁ。

 俺は許せない。俺から父親を奪ったように、他人から平気で何かを奪い取れるような奴らが。

 家を、日常を、命を、簡単に奪ってしまう奴らが。

 殺してでも、止めてやる。


 奴らの足音は五メートルほどのところまで近づいていた。目を瞑り、よく聞き取る。奴らの動きに隙はないか?

 ふと、一番手前の悪魔の上側に、大きな隙ができた。

 今だ。

 

 石巻は角から飛び出した。

 飛びかかろうとする集合悪魔の上を、石巻はひらりと飛び越える。

 小回りの利かない集合悪魔は、足がもつれその場に倒れ込んだ。

 

 こいつの倒し方はなんだ。

 悪魔は不死身ではなかった。ミニガンで一発二発撃てば死んだ。

 こいつもおそらく、不死身ではない。この耐久力について、二つの原因が考えられる。

 一つ、体のどこかに本体があり、それを壊すまで倒せない。

 二つ、集合時に吸収した悪魔の数だけ、残機数がある。

 どちらにせよ、やることは一つだ。

 再生ができなくなるまで、体をぐちゃぐちゃにしてやる。

 腕をショットガンからミニガンへと変化させる。今は威力より弾数だ。

 だが、これではまだ足りない。腕を再び変形させる。

 もっと、もっと確実に殺せる形を。

 ミニガンの六本の銃身が外に広がり出す。

 すると、六本だった銃身が分裂し、十八本の銃身へと変化した。

 十八本となった銃身は六つごとに分かれ、三つの束となった。

 変形が終わった。

 

 これで弾数は三倍だ。反動や重量は、さらに腕を変形させ、三脚のようにして固定することでカバーした。

 体勢を整え直した三体の集合悪魔がこちらに向かってくる。

 残念だったな。

 もう既に引き金は引かれた。

 

「死にな。」



ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ



 終わらない銃声が、暗い水路にに響き渡る。

 三体の悪魔の体は、銃弾の嵐を受け土人形のように崩れ落ちた。

 断末魔すらあげず、二体が動かなくなった。

 一体はしばらく再生しようともがいていたが、一分とかからず完全に沈黙した。

 

 悪魔が塵になって消えたのを確認して、彼はサングラスを外すと、暗渠を後にした。弾を撃ちすぎたためかかなりの疲労を感じたが、じっとしているわけにはいかなかった。

 急いで橋の方に向かおう。悪魔の本体もきっとあっちだ。早くしないと、爆弾の彼がやられてしまう。

 

 そうして、橋の近くまで戻ってきた時だった。


どすん


 何か丸い物が、石巻の足元に落ちてきた。

 なんだこれ?鉄球?なぜここに、、、

 足でつついて、ごろんと転がす。

 転がった鉄球の裏には、何か白い物がついていた。

 

 歯だ。ギザギザの白い歯。

 そこにあったのは、さっきまで共に行動していた仲間の首だった。

 

「おい、、、嘘だろ?」


 死んでしまったのか?

 地面に転がる首を掴んで、問いかける。


「嘘だって言ってくれよ!おい!」


 返事がない。

 間に合わなかったのか。

 クッソ

 なんでだよ

 チクショー!

 、、、ダメだ。嘆いていても、彼はもう戻らない。

 短い間だったけれど、楽しかったぜ。ありがとう。

 絶対に仇は取ってやる。

 そう決意し、橋へ向かおうとした時だった。


バシュッ


 足元に転がった首から、一瞬で大量の管が生えた。

地面から飛び上がった首はそのままタコのような姿になったと思うと、管が束となり、人の形を成した。石巻は呆気に取られた。


「嘘ダヨ」


 あっさりと復活を遂げた爆弾頭は、石巻に向かってそう言った。




七月二十一日 爆散まであと三日

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