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氾濫 ①

 向こう岸から橋を渡ってきたのは、身長三メートルはあろうかという大男だった。

 体はありえないほど筋骨隆々。首筋には血管がケーブルのように走っている。

 身体には大きなエプロンを纏っており、頭はスキンヘッド、顔には目と口の穴が空いた白いマスクを付けている。


 発症者か?いや、でも体はでかくてムキムキなこと以外普通だ。いや、違うんだとしたらあの殺気はなんだ?どう考えてもただの一般人じゃない。何者だ?


 緊張が走る。石巻が大男に向かって銃口を向けた。僕もすぐ動けるように手榴弾を出して構える。

 奴が何者かはわからない。でも、きっと強い。その風貌と、気圧される程の殺気がそう確信させた。

 男が立ち止まった。

 恐ろしい。そう感じた。人間の姿でありながら、ムカデよりも何倍も恐ろしい。

 隣で石巻の呼吸音が聞こえる。

 迂闊に動けない。

 ここはなんとか逃げー


 次の瞬間、男は目の前にいた。

 速い。

 目視できなかった。

 攻撃が来る。

 石巻は反応できていない。

 僕は反射的に石巻を突き飛ばした。


 ドコォン


 鈍い音がして、僕は二十メートルほど後ろに吹き飛ばされた。

 石巻はなんとか攻撃を避けられたようだ。即座に構え直して、男に向かって発砲した。

 男は腕を大きく振った。

 パシッ。

 男が握った手を開いた。手の中から、銃弾がパラパラと落ちる。

 味方が近くにいるから、手榴弾は使えない。かと言ってこのまま放置すれば男の狙いが石巻に行く。僕は一か八か直接攻撃を仕掛けるため、男に向かって駆け出した。

 勢いをつけ、渾身の膝蹴りを喰らわせた。男は少しよろめいた。本当に、少しだけ。

 男が僕に向かって腕を振り上げた。男の手はみるみるうちに黒く変色し、斧のような形に変形した。

 男が腕を振り下ろす。


 ズバアァン


 無防備になった男の背中に、石巻が次の弾を喰らわせた。今度は男が大きくよろめいた。振り下ろされた腕は、僕の体を掠めて地面に刺さった。

 男が石巻の方に振り返った。

 石巻が次の弾を撃つより早く、男は地面に刺さった斧を腕に戻し、石巻につかみかかった。

 男の体勢が少し不安定になったところで、僕は男の横腹にもう一度助走付きの膝蹴りを喰らわせた。男は再びよろめいた。そこに石巻が銃弾を放つ。

 今度は男の方に命中した。

 男は体勢を崩したまま、僕らから距離を取ろうと飛び退いた。

 チャンスだ。

 石巻が次の銃弾を放つと同時に、僕は手榴弾のピンを抜き、男に向かって放った。


ズッバアアアァァン


 命中した。

 僕と石巻は爆発地点から距離を取った。これで倒せたとも思えない。

 先ほど腕が変形していたし、奴も発症者なのだろう。しかしなぜこちらに攻撃してきたのか。


 


 男が煙の中から姿を現した。

 再び緊張が走る。


「なるほど」

 

 男が声を発した。


「所詮ガキ二人と思っていたが、俺だけじゃあちと苦戦しそうだな。」


 男はマスクを整えながら言った。


「出てきな。『デビルフラッド』。」

 

 男のマスクの目と口の穴から、大量の黒煙が吹き出した。その黒煙は周囲に広がると、一瞬で大量の生物の形になった。

 その生物は、全身にゴワゴワの黒い毛が生えていて、子供のような体型で、腰のあたりからコウモリのような翼が生えていた。

 

 それは、紛れもなく先ほどの悪魔だった。


 悪魔の群れ、『デビルフラッド』は一瞬にして広がると、僕と石巻を包み込んだ。

 僕はそのまま押し倒され、石巻は橋の下の河原へと突き落とされた。


 


 僕は右腕に手榴弾を作り出すと、腕ごと爆破させた。

 周囲の悪魔はチリジリになり、僕は起き上がることができた。

 体を欠損した悪魔は、先ほどのように砂のようになって崩れていた。

 今の爆発で消し飛んだ右腕は、すぐにニョキニョキと生えてきた。便利な身体になったもんだ。

 石巻はどうなった?無事か?あの男は?

 すると僕の前に、あの大男が立ち塞がった。


「オマエ、、、名マエハ?」


 男に問う。


「ああん?人に聞く前にまずオマエが名乗れよ」


 僕は黙り込む。忘れちゃったんだよね、名前。


 男はしばらく黙っていたが、我慢できなかったのか喋り出した。


「お互い名乗る名前もねえみたいだなあ。まあいい。爆弾頭。」


 男は腕を斧に変形させると、こちらに向けた。


「オマエを殺す。だから大人しく死んでくれ。」


 僕はベーと長い舌を出す。その口から、手榴弾が何個か転がり落ちた。


「ヤナコッタ(嫌なこった)」




 ズガアアアアアン


 橋の上から大きな爆発音が聞こえた。あいつは大丈夫だろうか?

 いや、人の心配をしてる場合じゃないな。

 そう思った石巻の周りを、大量の悪魔が囲っていた。


「さっきはよくもやってくれたねえ、にいちゃん」


 悪魔のうちの一匹が言った。


「驚いたかい?殺したはずの相手が、まさか群れになって戻ってくるとは。」

「まあ一人殺されたところで、ワタシに取っては痛くも痒くもないんだけどね」


 別の一匹も喋り出した。


「だからワタシは別に君らを恨んでるわけじゃないんだよ」

「新鮮な『肉』を食うのを邪魔されたのには腹が立ったけどね」

「せっかく仕留めたのに、内臓を食べ損なったじゃないか!」

「でもアイツがどうしても君らを殺したいってうるさくてさ」

「だからワタシも君を殺すことにしたのさ」

「てなわけで、死んで欲しいんだけど、いいかな?」


 悪魔が話しかける。

 いちいち話してる場合ではない。早くこいつらを始末して彼と合流しなくては。

 石巻は銃を構える。この銃では、こいつらを倒しきれないだろう。ならば。やったこたはないが、試してみる価値はある。

 右腕が変形を始めた。少しの間不安定な形をとっていたそれは、ミニガンのような形状へと変化した。


 「良いわけないだろ」


 石巻は引き金を引いた。


 「死に晒すのはオマエらだぜ。」



七月二十一日 爆散まであと三日

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