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宣告


 あなたは三日後に爆散します。

 

 医師にこう告げられた。頭がおかしくなったのかと疑う。ゲームやアニメの世界じゃあるまいに、どうして人が、いきものが、爆散するというのか。そうか、夢だ、これは夢か。なるほど、これが夢だというのなら、この突拍子もない台詞にも説明がつく。夢ならば、覚めるのを待てば良い。妙な夢だ。でもよかった、爆死なんてまっぴらごめんだ。

 そんな甘い期待を、淡い願いを、頭に響く鋭い痛みが嘲笑うように否定する。

 何が何だかわからない。これが夢でないというのなら、本当に、本当に人が爆散するというのか。昨日まで、今日この日まで、普通に生きてきただけのごく普通の大学生が、三日後には臓物を撒き散らして、いやひょっとしたら臓物や骨すら残らず、爆死しているというのか。夢でないのならば、これは何かの冗談か。いや、診察する側の医師が、そんな荒唐無稽な冗談を言うものか。

 「あの…今なんと言われましたか?」

 聞き間違いかもしれない。きっとそうだ。夢でも、冗談でもないなら、これは僕の聞き間違いに違いない。

 「ですから、あなたはあと三日で爆発して死にます。そういう病気です。」

 あと三日。あと三日か。あぁ、聞き間違いでもないんだな。あと三日。そうか、あと三日。爆散まであと三日。時限仕掛けのような、カチ、カチと言う音が、どこからともなく聞こえる。手の甲をつねってみる。痛い。あぁ、夢ではない。そうだった。夢ではないんだった。そう思いつつ、今度は反対の手の甲を、先ほどより強くつねった。やはり、痛いだけだ。あと、三日か。

 

 その後の医師の話は嫌と言うほど長く感じられた。その話によれば、この病は過去に九件しか確認されていない奇病らしい。どの患者も、最期には周囲を巻き込んで爆散しているそうだ。中には、死ぬ前に体が醜く変形した患者もいるらしい。治療法は、現在見つかっていない。そもそもこの病の原因が病原菌によるものか、それともそれ以外によるものかすら、わからない。なぜ人間が爆散するに至るかも、わかっていないそうだ。ひどい頭痛と、背中にできた黒いあざ、日が経つごとに一つずつ、赤黒く変色していく爪が、爆散する以外の症状だということだ。

 今はただ、爆散しない僅かな可能性に賭けるしかない。そう言われた。入院することも提案されたが、どうせ三日経てば死ぬんだ、今日くらい家に居させてくれと、頭痛の薬だけ処方してもらい、今日は帰宅することにした。


 もうあと何度見られるかわからない、見慣れた景色。家のドアを開ける。人は死への秒読みが始まった時、何を思うだろうか?そんなことを考えつつ、勉強机の椅子に腰掛ける。これからどうしよう。生き残る術を探す、というのもありだろう。だが僕に医学的な知識はない。そもそも、名もない奇病とはいえ前例が九件もあり、その上で治療法が見つからないんだ。あと三日で助かる術が見つかるとは到底思えない。ならどうしよう。あと三日でやりたいことを全てやってのけようか。そう考えた。が、ここで、不可思議なことに気がついた。やりたいこと、と言うのが、全く浮かんでこないのである。ぼんやりと、まだ変色していない、左手の親指、人差し指、薬指の爪を見つめる。僕にも憧れや夢、欲望なんてものが確かに存在するはずだ。運命を告げられた時は確かに、一分一秒が惜しく思えた。だがこの土壇場で、やりたいことが、希望が、さっぱり浮かんでこない。諦めからだろうか。僕は死ぬことを受け入れてしまったのか。三日に迫る爆散を前に、今は妙に落ち着いた気分だ。

 両親は大学に上がったすぐあとに、事故で亡くなった。兄弟もいない。僕が爆散したところで、誰が悲しむと言うのか。友人くらいか。それもすぐ忘れられてしまうだろう。爆散して死んだやつという、強烈な印象だけを残して。

 

 やりたいことがないのなら、せめて日常を噛み締めよう。

 そう考えた。時計を見ると、十二時を回っている。昼食はどうしようか。まぁ、別にいいか。「せっかくだからいいものを食べよう」という考えも浮かばず、ストックしていたカップラーメンに手を伸ばした。

 お湯を注ぎ待つ間、なんとなくスマートフォンを眺めていた。処方された薬のおかげか、頭痛はほとんど感じなくなっていた。画面を眺めながら、考える。三日後に死ぬ自分。昨日の自分、死ぬことを知らない自分とはまったくちがうはずなのに、やっていることは変わらない。無気力なままの自分。これでいいのか?いや、どうせあと三日で死ぬのだ。いいも悪いもあるまい。そんな特に意味のない自問自答を繰り返す。死んだら僕はどうなるだろう。天国か、地獄か。死んだ両親の元へゆくのか。それとも、消えてなくなってしまうのか。そんなことすら、些細な問題のようにも思える。そんなことを考えているうちに、ネットニュースのページを無意識に開いていた。テレビを持っていない僕にとって、これが唯一の情報源だった。三日後に死ぬ人間が社会のことなど気にしている場合か。そう思いつつ、なんとなく見出しを眺める。

 

 「九州で震度二の地震発生 動物園からペンギン逃げ出す」「政治家汚職問題 三名書類送検へ」「台風十四号 沖縄を直撃」「“爆弾症候群“多発 各地で暴動発生」「“爆発症候群”国内発症者一万人 爆発まであと三日」


 爆弾症候群。

 爆発。

 あと三日。

 一万人。

 想定外のワードに、他愛のない思考が一瞬にして消え去る。先ほど捨て去ったはずの夢の可能性が、脳内に一瞬ちらついて、また消える。嘘だろう。先ほど、記録が九件しかないと、聞いたばかりではないか。爆弾症候群という名も、先ほどまで無かったはずだ。一万人の発症者。たった一人だった爆弾が、一万人に膨れ上がる。思考が揺れる。僕はどうすれば良い。いや、落ち着け、どうするもこうするもないだろう。同時に死ぬ人間が増えただけじゃないか。そう思いつつ、恐る恐る暴動を知らせる記事を開く。

 「今日未明から国内でで確認されている奇病、通称『爆弾症候群』の発症者数が、本日十一時に一万名を突破した。現在全国各地で発症者による暴動が起きており、各自治体は暴動の対象や発症者への対応に追われている。これに関して政府は〜」

 ここまで読んで、ふと添付された写真に目をやる。街中で撮影されたと見られるその写真に、もう一度目を疑った。

 そこに写っていたのは、暴動と言われて思い浮かべるような、デモのようなものとはかけ離れた有様だった。誰もいない街を闊歩する、いくつかの黒っぽい影。その背後では、まるで映画のような大爆発が起こっている。

 何より異様に思われたのは、闊歩する影の外観だ。

 傍で炎上する乗用車の五倍もの背丈があるもの、蜘蛛のような姿のもの、翼のようなものが生えているものなど。記事の文脈からして暴動を起こした発症者だと思われるこれらの影は、どう見ても人間のものではないのである。そういえば、死ぬ前に体が変化した者がいたんだっけ。それがこれか。

 彼らはなぜ暴動を起こしたのか。おそらくは自暴自棄になったのだろう。それか、八つ当たりか、もしくは社会への怨恨か。あるいは、これが彼らのやりたいことだったのかもしれない。全ての人が、僕のように無気力でいるとは限らない。というか爆発って、こんな火炎轟々のものなのか。もっとグロテスクなのを想像していた。ところでなぜ、三日経っていないのに爆発が起きているのか。彼らが元一般人なら、兵器等を使ったとも考えにくい。もしかすると、彼らは爆発を操れるのかもしれないな。だとしたらー

 ここで僕の脳裏に、とある考えが浮かんだ。三日で爆散宣言に負けず劣らずの荒唐無稽な、そしてあまりにも幼稚とまで思われる考えだ。だがその考えは、僕の心の奥底をくすぐり、図々しく居座っていた無気力さを蹴飛ばしてしまった。


 「もし僕にも同じような力が使えて、その力で奴らを鎮圧することができたなら。」

 

 僕の体はいまだに変形していない。そもそも、爆発を操れるというのもただの仮説に過ぎない。あの写真がフェイクの可能性すらある。だがもし、もしもだ、この偉業を為すことができたならば、僕はただの爆弾ではなく、英雄として爆散できやしないだろうか。根拠のつたない、自分でも馬鹿馬鹿しいとすら感じる考え。でも、僕は。

 「何者かになりたい」

 そんな当たり前の願望が、死を目の前に諦めていたはずの願望が、僕の中で熱く燃え始めた。


七月二十一日 爆散まであと三日


序章 完

はじめまして、古毛と名乗らせていただいとる者です。

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