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九 泥船

今日は二話、投稿しております。

こちらは本日二話目の投稿です。一話目は10時にUPしてあります。



 レイラの店で働き初めて二か月が過ぎた。この世界に来てからは三か月くらいだ。

(だいぶこの国に馴染んだよな。お客さんたち、みんな気さくだし)

 仕事はきついが、王宮よりもよっぽど人付き合いは楽しい。

(オマケという立場が悪かったのかもしれないが、王宮は酷かったな)

 馴染みの客からの情報で、来月には建国祭があると聞いた。この辺りの通りではあまり出店はないが、もう少し中央よりの大通りは出店で埋め尽くされるという。

『王城の正門が開かれるんだ。正面広場の途中まで入れる。それで、バルコニーの陛下からお言葉が賜れるというわけだ』という客の話を聞いて行ってみようと思った。店も休みになるので丁度良い。


 建国祭当日。

 表通りは出店で賑わっていた。いつも行く市場通りの出店もけっこう賑わっていると思っていたが、さすがに規模が桁違いだ。

 竜也の目当ては国王の挨拶だった。視力を強化する訓練もしっかりやってある。王女たちも立ち並ぶだろうから似てるかどうか見ておこうと思う。

 自分が適当に立てた仮説に固執したくはなかったし、むしろ不穏な仮説など捨てたい。王族たちの姿を見て、王と王女がそっくりだったり髪と目が同じ色だったら単なる考えすぎだったと思える。尚樹のことを心配することなく気楽に国を出られる。

 竜也は町の皆に紛れて王宮の正門前にいた。すごい人出だった。改めてみると立派な王宮だ。家族で観光したヴェルサイユ宮殿を思い出す。

 正門が開かれた。

 待っていた群衆が一斉に中へと進む。

 剣を持った騎士や衛兵たちが見張っているため、皆、走ったりはせず静かに歩いているが、なにしろ人が多い。満員電車くらいの混み具合だ。竜也は周りにもみくちゃにされながら庭園を進んでいく。

 尚樹や誰かに見つかる心配はまったくなかった。凄い人出だと聞いていたので、もとより心配はしていない。

(これじゃぁ、スリのかき入れ時だな)

 竜也は自分の全財産が入った空間魔法付き袋を腹に巻いているが、今日はなるべく下腹に巻いてズボンにしっかり隠れるようにしておいた。

 国王たちが姿を現すまでにかなりの時間を待った。たぶん二時間くらいは群衆にもまれながら立っていた。

 周りの会話を聞いていたので退屈はしなかった。聴覚の強化は、森で迷わないようにするために訓練済みだ。森のざわめきの中で町から微かに聞こえる馬車の音を聞き分けるのは得意だ。おかげで、群衆の話し声の中から面白そうな会話を選んで聞き取れる。

『バルコニーが立派になってるな』

『修繕するって報じられてただろ』

『落雷で少しばかりヒビが入ったのを修繕するってな』

『ただの修繕じゃないだろ。金ぴかになってる』

『そんで税金上げてんなら勘弁しろだぜ』

『しっ。近衛がいるだろ』

『聞こえやしないって』

『どこに誰がいるかわかんねぇだろ。ここは御前だ』

(庶民の生活は厳しそうだな)

 竜也は独り身なので気楽だ。物置住まいでも文句はない。けれど、家族がいたら日当が銀貨二枚では厳しい。子供が出来て妻が働けなくなったら暮らせなくなりそうだ。

 竜也は森での稼ぎがあるから良いが、あのきつい給仕の仕事をしてさらに副業をするとしたらそうとう大変だと思う。

 ふと、周りの声の中から「ご託宣」「救世主」という言葉を耳が拾った。

 一気に聴覚を強めて集中する。

『先日、召喚された救世主殿を見たよ』

『あれか? 国のお宝を護るというご託宣の』

『ああ。チノって家名の異世界の貴族だとか』

『変わった家名だな。また王族方と結婚するのか』

『お役目が無事に済んだらそうなるだろう』

(王宮から漏れた話だな。尚樹は貴族ってことになってるのか)

 ご託宣のことは新聞にも載った。召喚の儀式をやることも国の者なら誰でも知ってるだろう。

 声はなんとか拾えるが、話しているのがどんな者かは人混みの中で見えない。宮仕えの者かもしれない。

『訓練中に召喚されたらしい。武闘の達人とか』

(達人? 達人って、尚樹が?)

 尚樹の高校での試合成績は知っている。部活の大会での結果は張り出される。去年は県大会個人戦二回戦敗退だった。

(達人が二回戦で敗退するかよ。達人じゃないよなぁ。盛りすぎだろ)

 訓練中に召喚されたことにしたのはジーンズとパーカーという姿だったことを説明するためだろう。

『ほぉ、達人か』

『従者も一緒に召喚されたそうだ』

(なるほどね。「従者と一緒に」か)

『従者は達人ではないのか』

『主を置いて余所へ行ったらしい』

『幾らでも従者はいるからな。役に立たない従者なら要らないだろ』

『それはそうだ』

『使用人を選ぶのはなかなか難しいからな』

 ここに来て正解だったと竜也はつくづく思った。情報というものは本当に貴重だ。

(尚樹のことを心配する必要は無かったってわけか)

 おかげで憂いがなくなった。従者だと嘘をつかれたのは苛つくが、貴族だと思われてるのならあつかいが違う。

(きっと大丈夫だ)

 国王たちがバルコニーに姿を現した。

 竜也は目をこらした。

 尚樹はいないようだ。無事な姿を見たかったが仕方ない。

 国王は杖をついてゆっくりと歩いていた。

 バルコニー中央に国王が丈高い王笏を手に立った。君臨している、という風に。両隣に王女二人。その横には年配の男性が車椅子に座っている。それだけだ。たった四人の王族。

 王女のうち一人は見たことがなかった。おそらく彼女は召喚の間にいたという魔導士の第二王女だ。だから本当はちらっと見ているはずだが、薄暗がりの中に座っていた魔導士のことなど竜也の記憶にはない。

(うーん、顔立ちが似ているのは、国王と先代王弟殿下かな。王女二人は母似ってことか。国王陛下と第二王女と先代王弟殿下は同じ金髪だけど。目の色は微妙に違う青系。第一王女の金茶の髪に緑目は召喚の時に見たな。それにしても、ホントに四人きりなんだな)

 国王の王笏は古い掛け軸に描かれた仙人が持っていそうな節でごつごつとして捻れた立派なものだ。王が持っているので王笏だろうと思うが、魔導士の杖にも見える。先端の節に薄青い水晶のような宝玉が象眼されている。王の顔色は白っぽく、あまり良くなかった。

 車椅子に乗った男性も健康そうには見えない。体が悪いから車椅子なのだろうけれど。車椅子は日本で見慣れたようなものではなく、短いソリのようなものに乗せられすいすいと動いている。

(魔導具か)

 ここでは機械の代わりに魔導具が使われている。動力源は魔力だ。竜也が王宮で暮らしていたときに使っていた風呂は魔導具で湯が出るようになっていた。異世界流のなかなか便利な暮らしだった。

 魔導具の車椅子。ソリ椅子というのかもしれないが、その椅子の足下がほんわかと瞬いている。

(あれ、もしかして魔力か?)

 けっこう強力な魔力を使った「動く椅子」なのかもしれない。だから、竜也にも見えるのだろう。

(それとも、魔力で視力を強化してるからかな)

 両方かもしれないが、強い魔力は視えるとわかった。それもここに来た収穫だ。そういえば、国王の王笏もほんわり輝いている。

 国王がバルコニーの前面に移動し、お付きの者が手を上げた。

 途端、見渡す限りの群衆から音が消えた。皆、国王のお言葉を聞くために押し黙ったのだ。

 竜也はその一斉の静寂に圧倒された。畏怖を感じるほどの威厳が国王にはあった。近衛たちの睨みが怖いというのもあるかもしれないが、それ以上に国の頂にいる存在のオーラに押される。

 国王の言葉を聞こうと竜也は耳を澄ませたが、聴覚を強化する必要はほとんどなかった。

 国王の声は、魔力によって強められて国の民に届けられた。

「一八二八年前の今日、この国が興った。今日の平和は先人たちが国を守り続けてくれたおかげだ。感謝を捧げる」

 わかりやすい言葉だ。難解な言い回しなど一つもなく、先人に感謝を捧げる国王の言葉が意外だ。これまでの印象からろくな国ではないと思っていたからだ。

 国王が感謝の祝詞を唱った。

(アバティア語だ)

 耳に心地よい。国王の魔力が心地よいのだろうか。

 流れる魔力の色が、強化された竜也の目に視覚化されていた。青みの強い紫だ。ほんの微かな色だ。視える、というより「感じられる」に近いくらいだ。

 庭園は静けさを保っている。衣擦れの音さえしない。

 静寂の中、短い国王の祝詞が流れ、終わった。

 途端に、一瞬のさらなる静寂。それから、湧き上がる声。

「おめでとう」

「おめでとうございます」

「建国の日、おめでとう」

 歓喜の声が轟く。爆ぜるような拍手の音で耳が痛いほどだ。

(凄い。感動した)

 国王が背を向けて下がる。国王の後ろを王女二人が付き従う。

 竜也はその時、気付いた。

(魔力の色? が、見える)

 王族たちは、おそらく魔力が高い。陽炎のように仄かに瞬く魔力。

 竜也はさらに魔力を込めて視力を強める。

 それでわかったのは、お付きの者たちもかなりの手練れだということ。魔力持ちの側近に囲まれている。さすが王族だ。

 国王の魔力の色は先ほど感じたのと同じだ。青みのある紫。

 第二王女も同じ色だ。第二王女は国王の娘でまず間違いない。

 だが、第一王女の魔力は緑だった。ほわりとした緑の中に、たなびくメッシュのように赤の筋が走る。

 綺麗でお洒落だな、と思う。だが、国王の色でないのは明らかだ。

 魔力の強さも違う。国王と第二王女はかなりの強さだ。だが、第一王女の魔力は他のお付きの者たちと変わらない程度だ。

(そういうことか)

 竜也が見た限りでは、王族の色と思われる紫を持っているのは、国王と第二王女、それに先代王弟だけだ。

(この国の王族は、本当は三人きりなのかもしれない。王家の魔力を持っている真の王族という意味では)

 王位継承者第一位であるはずの王女は、王族の魔力を持っていない。

(性格も悪そうだったしな。せめて立派な人格者だったらまだしも)

 あるいは、王家の魔力には幾つかのタイプがあって、緑に赤いメッシュの魔力も王家の魔力なのかもしれない。

 最悪の仮説は、あくまで竜也の仮説でしかない。

(でもなぁ。仮説が正しかったら確かに国の危機だよな)

 こんな気の重いことに関わり合いたくない。

 この国は、泥船だったのだ。

「泥船や 性悪どもが 櫂を漕ぐ」

 竜也の呟きは周りの歓声に飲まれて消えた。


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