八 五種の神器
本日一話目の投稿です。今日は夕方に二話目を投稿する予定です。
よろしくお願いします。
週末休みが終わり店に戻ってから、休憩のときにレイラにご託宣のことを聞いてみた。
情報誌に載っているのだから客の会話にも出ただろう。知り合いの多いレイラは知っていると思われた。
案の定、レイラは二か月以上前の救世主召喚を覚えていた。
「あぁ、あれね。五種の神器が盗まれる、ってご託宣でしょ」
レイラは朗らかにそう言った。まるで他人事のような軽さで。
(五種の神器?)
初めて聞く言葉だ。けれど、もしかしたら王都の民にとっては常識かもしれない。あるいは、ルデリアヌの国民にとっても常識である可能性もあった。
(なんだよそれ! でも、迂闊なことは訊けないよな、どうするか。知ったかぶりするか。でも訊きたい、なんで情報誌に神器のことが書いてなかったんだよ!)
載っていなかった理由はわからないが、レイラが知っているのだからここの常識のはずだ。
(常識なのに載っていなかった? それとも「常識すぎる」から載ってなかったのか。ご託宣の文句を読んだが、「奪う者が現れる」みたいな文句しかなかったからな)
竜也は必死に考えを巡らし、
「情報誌とかには神器のことは書いてなかったけど」
と、レイラの様子を見ながら、なるべくさりげなく言ってみた。
「そうなの? でも、誰だって『国の宝が盗まれるかも』って言われたら、五種の神器が狙われるって思うわ。普通は、絶対にそう思うでしょ」
「あ、ああ、まぁ」
(やっぱ、常識だった!)
残念なことに、竜也はこの国の常識問題は赤点間違いなしだった。
「でもね、五種の神器は王族にしか使えないのに、盗んだって、ねぇ? 無駄じゃないかしら」
「そ、それは、さ、改良して再利用、っていうか」
竜也は、またも思い付きで答えてみた。
五種の神器がどんなものかまるでわからないので、答えようがないのに反応するのはなかなかきつい。
「再利用ねぇ。うーん。あのご託宣が出た当時は、みんなで推理したものだけどねぇ」
「うんうん、五つもあるしね」
竜也はさりげなく話を振る。五種の神器がどんなものか、ぜひ知りたい。
(日本にも三種の神器があったな。勾玉と剣と鏡と)
「そうよね。町民学校で習ったから誰でも知ってるじゃない? 盗むの大変そうって、当然、思うわよね?」
「そ、そうだね」
(ここに知ってない奴がいるけどね!)
「雷の投石器は運ぶの大変よね、実物の大きさがちょっとわからないけど、投石器だもの、重いわよね」
「うん、まぁ」
(雷の投石器? 武器か)
「氷の杖は、どうだろ? 巨体の熊より長いっていう話よね」
「氷の杖か。格好良いな」
氷の杖という言葉に、つい素の反応をしてしまった。
「そうよね。綺麗だっていうし。炎の魔剣も綺麗らしいけど」
(炎の魔剣! おぉ、ファンタスティック!)
「いいなぁ、炎の魔剣!」
これも素で反応してしまった。
「アハハ、町民学校で話を聞いたときの男子の大興奮を思い出したわ。炎の魔剣が一番人気だったわね!」
レイラが面白そうに笑う。
「そりゃそうだよ」
「光の連弩が二番人気だったかな。氷の杖は、男子にはちょっと、ね」
「光の連弩! うん、炎の魔剣とタメ張るよね、うん。迷う」
(連弩って、連射できる弓だったよな。使い勝手的にいいかもな。絵面も格好良さそう)
連弩を構える己の姿を妄想し、にやける。
「五種の神器の話になると、男ってみんな同じ顔になるのね」
レイラが呆れた笑顔を浮かべ、竜也は「え? どんな顔?」と自分の顔に手をやった。
「でもさ、とにかく、すんごい厳重に保管されてて、保管室には魔力登録された人しか入れないんだってね。王族と宰相と近衛隊長だっけ? あと、騎士団長よね」
「よく知ってるね」
そんな警備の話が知れ渡ってていいのかと他人事ながら心配になる。
「あら、だって、昔の新聞に載った情報じゃない。知ってるわよー、それくらい。リュウは知らなかったの?」
「し、知らなかったなぁ」
竜也は知らぬ素振りで視線を泳がせる。
「そっか。田舎町では話題にならなかったのかしら? まぁ、王都の町民学校でも、先生が雑談で教えてくれただけの情報だからね。むかーし昔の新聞に載ったんですって」
「ふうん。そんなに厳重だったら、そう簡単には盗まれないよな」
「そうよ。おまけに、盗んでも王族じゃなきゃ使えないし」
「王族の隠し子が狙ってるとか」
「まぁー、そんな夢みたいな話をしちゃって。隠し子がいたらいいけど、いないでしょうねぇ。だって、王族の高魔力よ? 子供ができないんだから」
「そうらしいね」
その話は聞いたことがある。竜也が王宮にいたころ、教科書に載っていたくらいの基本中の基本の情報だ。高魔力持ちは子供が非常にできにくい。王族はその最たる者。だから、王族は少ない。
(うーん。でもなぁ。八人の側室がいて何年経っても子が出来ないって、ちょっと違うよな。側室には健康な女性が選ばれてるはずなのにな)
「先々代の愚王が、王女二人を隣国にお嫁にやっちゃったでしょ? 馬鹿よねぇ、ホント。あれで二人も王族を減らしちゃって。案の定、余所の国でなんて子供ができるわけがないし。二人の王女様がいれば少しはうちの王族の跡継ぎ問題もマシだったのに」
レイラは悔しそうだ。
「まぁ、そう、かな」
竜也は曖昧に相槌を打つ。
「先々代の王様は、当時の王弟殿下にも変な嫁を押しつけたでしょ、だから、王弟殿下のところにも跡継ぎが生まれなかったし。あれはわざとだったんだろうけどね!」
だからこの国の王族は、今はたった四人しかいない。
(五種の神器を使いこなせる人間もたった四人ということか)
それで、厳重に保管された神器を盗もうとするものがいるだろうか。
(動機はなんだろう。この国を困らせたいのか。ご託宣に出てくるくらいだから、よほどのことだと思うんだけど。まさか、単なる嫌がらせじゃないよな)
そういえば、五種の神器のうち残り一つを聞きそびれた、と竜也が気付いたのは、昼休憩が終わってからだった。
翌週の休みも図書館で過ごした。
情報誌によると、竜也たちが召喚されたさい、召喚の間にはもう一人の王女もいたらしい。王女が二人もあの場にいたなど、まったく知らなかった。もう一人の王女は研究所に勤める魔導士で、召喚の儀式を行う魔導士たちと一緒だったという。魔力切れで座り込んでいた魔導士たちの一人が王女とは、今更ながら驚きだ。
調べものの合間、気晴らしに詩集も読んでみた。句集が恋しいが、仕方ない。詩集も好きになれるかもしれない。
古い詩集の中にはアバティア語の詩を翻訳したものがあった。意外と日本語と感性が似ていた。虫の声に季節の移り変わりを歌うものとかは日本っぽい。句集風の短い詩もあり、つい夢中になった。幾つかは書き留めた。
ご託宣の件は一通り気が済むまで調べると、推論を立ててみた。
神の言葉がアバティア語だったとすると、そのためにご託宣が通訳されたような言葉になったのかもしれない。
わからないことをあれこれ考えても正解は出てこない。けれど、ご託宣の言葉の不自然さは「通訳されたから」と考えると納得できる。
けれど、そうなると気がかりなことがある。
(本当にちゃんと通訳できてるのか?)
竜也が経験した通訳の魔法は、微妙にずれた表現もあった。もしかしたら、同じように神官たちの通訳も微妙に不正確かもしれない。
まさか長年ご託宣を授けられてきた神官たちが、異世界人の竜也に指摘されるような間違いをするとも思えないが、万が一ということがある。それに、通訳の魔法を体験したばかりの竜也だからこそ、余計に気になることもある。
例えば「ウバイタルモノ」と言う言葉。「奪いたる者」なんだろうけれど、これが「盗人」と解釈されている。
同様に見ていくと、「偽」「国」「滅亡」「危機」。それから、「救い」「選ばれる」、とある。
これだと単なる単語の羅列だが、新聞などは文章になっている。
『盗人により偽物が掴まされ、国に滅亡の危機が訪れる。救世主を召喚すべし』
(いや、変だろ、変過ぎる。盗人に偽物掴まされただけで滅びる国なんて、もとから傾いてるだろ)
盗まれるものが五種の神器だったとしても、五種の神器はルデリアヌ王国の王族しか使えない。竜也が調べたところ、神器を使える王族四人のうち、二人は体を悪くしている。
高齢の先代の王弟と現国王は、もう神器の使い手としては現役を退いている。先代王弟は病床におり、現国王も長らく杖をつかないと歩けない状態のようだ。まだ四十代と若いのに足が悪いのは、若いころに魔の森で討伐に活躍したからだという。
そういう理由とは知らなかった。国王は王女二人がまだ独身のため、正式には退位されていないというだけだ。
つまり、現在、五種の神器を使えるのは、実質的に魔導士の王女一人きりと思われる。王位を継ぐ第一王女が、五種の神器を使って魔獣の討伐をしたり戦争に繰り出したりするわけがないのだ。
五種の神器は、今はほとんど使えていない状態だ。それでも、国はなりたっている。
(盗まれて偽物に入れ替えられても国は潰れないだろ。神器は他の者には使えないんだから、余所者にとっては無用の長物だ。これ、ご託宣が年に何回も授けられるものだから、ご託宣慣れしてるんじゃないか。だから、変なお告げでもあまり気にしなくなってるんだ)
このご託宣の半年前には、瘴気によって国が危なくなるというご託宣があった。庶民としては瘴気の方がよほど気になるだろう。
(一つの言葉には幾つか違う意味も含まれていたりするから、それが不正確なご託宣の原因かもしれない)
例えば、日本語であれば、「偽」という言葉には、模倣といった意味も含まれる。そのように、言葉には意味の幅があるものだ。
(盗人と翻訳するから、お宝が盗まれるという意味合いになってしまうんだよな。「奪いたる者」とすれば、例えば狙われているのは王位とかかもしれない)
王女の偽物を立てて王位を狙う者がいるとしたら、国家存亡の危機だろう。
(そもそも、「奪いたる者」って言葉。なぜストレートに「泥棒」とか「盗人」の単語が使われなかったんだろう。もし日本語なら、例えば「取る」という言葉は悪い意味ばかりではないんだよな。跡取りとかいう言葉もあるし)
と思考が流れ、ふとその言葉に留まった。
(跡取り?)
もしも、アバティア語の古い言葉に「跡取り」という単語があって、それから派生して「財産や権力を取る」ような意味を持つようになり、さらに年月が過ぎて言葉の使い方が変化していったとしたら。
(仕舞いには「奪いたる者」という意味も含まれるようになったとか。あり得る、かもしれない。かつてのアバティア王国は、ルデリス王国に半ば吸収されたように消えている。だから言葉の保存状態が悪いはず。古代とはだいぶ違ってるかもな)
西と東は、穏やかに融合されたと歴史書には書いてある。けれど、とにかく、言語はほぼルデリス語になっている。
元のアバティア語の単語がどのような変遷をたどったかわからない。
(もしも「ウバイタルモノ」が、「跡取り」という単語のなれの果てだったとしたら? ご託宣は「王位継承者が偽」という意味かもしれない。それなら、国の危機となっても不自然ではない)
とはいえ、竜也の仮説があり得るなら、神官たちが気付くだろう。
あるいは宰相や王族や言語学者や、誰かしらがわかりそうなものだ。
(でも、灯台もと暗しと言うし。そんなはずはないという思い込みや、王家に不敬なことを言えないから誰も何も言わないとかありそうだし。それに、そうだ! 優秀な宰相は二年前に殺されている)
王家の乗っ取りが画策されているとしたら、偽物が王位に就けるように裏で工作がされている可能性もある。
そうだとしたら、下手なことを言ったら暗殺されかねない。
(尚樹、大丈夫か)
救世主として選ばれたのだから大事にされてると思っていた。だが、過去には聖女たちが召喚後、数年で亡くなっている。
(上手く立ち回ってればいいが。うーん、それにしても、ルデリアヌ王国語を習ったばかりの異世界人の仮説だしなぁ)
仮説というより、妄想の気がしてきた。それに、もしも仮説が当たっていたとしても、そんな大問題を異世界の救世主にどうこうできるわけもない。
(無理だよな)
追い出された竜也には、なおさら無理だった。
◇◇◇
馬車乗り場の発券所で、王都を出る乗り合い馬車のことを尋ねた。
王都内を走る馬車は券を買う必要はなく、中距離は大銅貨一枚、短距離は銅貨三枚を御者台の箱に入れることになっている。
長距離の馬車に乗るには予約が要るし、券を買っておかなければならない。王都を出る馬車は一番安くて銀貨十枚が要る。
銀貨一枚は日本円で二千円くらいとして、王都を出るだけで二万円くらいはかかる。一泊は馬車で野営するというし護衛が一人は付くらしいから、それくらいは当然かもしれない。
王都を出る方法として、馬車の他には川を使った水路もあるようだが、王都にはそう大きな川は流れ込んでいないので使えるのは旅程の一部だ。それでも、船に乗ってみたいと思った。川船を使った旅は面白そうだ。
他には魔導車もあった。運賃は馬車の五倍ほど。1.5倍は早く着くらしい。魔導車もぜひ乗ってみたいが、魔導車の発券場は下町にはない。乗客は貴族や大店の主とかだろう。王宮で会ったような高官などかもしれない。そう思うと気力が失せた。金が貯められたとしてもやめておこう。それに、竜也のような庶民が「金がありそうだ」などと目を付けられたら良いことは一つもない。
竜也は王宮を出るときに銀貨五十枚をもらったが、日本円で十万円くらいと思ったのはかなり正確だったと今更ながら思う。
日本から拉致されて慰謝料が十万は安いが、国の評判を聞くと無事に王宮を出られたことは幸運だった。この国は日本のような法治国家だと思わないでおこう。治安も悪い。
竜也がうるさくゴネるような面倒な奴だったら適当な罪状をでっち上げて牢に繋がれていたかもしれない。大人しく自ら消えたので、国としてははした金の銀貨十枚をくれたんじゃないか。
(この金は、逃亡資金として使わせてもらう)
とりあえず、王都を出られるくらいは手持ちがあることはわかった。
あとは、逃亡先の国や町の情報を少しでも集め、金を出来るだけ貯めて魔法を練習し、レイラの恋人に嫌気がさしたら店を辞めて逃げよう。