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七 ウバイタルモノ




「西の町食堂」は下町の中では治安の良い場所にある。そのため、料理が安い割に客層は悪くない。町の衛兵が頻繁に見回りをする範囲に入っているからだろう。

 もっと中心街から外れると通りの雰囲気も行き交う人の目つきも悪くなる。レイラは男の選び方は下手だが料理は上手い。時間をかけて食材の下拵えをし、とろ火でじっくり煮込んだぶつ切り肉のシチューは人気だ。店では大店で働く使用人の話を耳にすることがある。

 竜也はしばしば彼らの会話に耳を澄ましていた。大店の裏話は秘密なのか、小声で話し込んでいるので聴覚を魔力で強めないと聞こえない。彼らの会話によると、貴族や王族系の商家は税金や販路で優遇してもらえるが、平民の商人は賄賂を用意して上手く贈賄先を見つけないと商売ができないらしい。

(元いた世界でも国によってはそんなところもあったよな。珍しくもない話か。でもかなり酷いみたいだな)

 王宮勤めの下級文官や従者がよく利用する店があると会話から聞き込んだ。王宮勤めの連中は美味い店を知っているという。

 竜也は聴覚を強めるだけでなく、風魔法を使った盗聴も出来るようになったので情報収集に出向くことにした。

 王宮勤めは下っ端でもこの国ではエリートだ。そんなエリートが行く店はやはりそこそこ良い店だった。高級とは少し違うが、店構えは品良く綺麗だ。

 なるべく上等そうな服を用意した。服は良さそうな古着屋を選んで買った。古着屋の服は本当にボロボロのものが多く、それを直して着るのが庶民流で、新品の服はさほど上等でなくとも高価だった。

 銀貨をつぎ込んで買った服で、なんとか他の客に見劣りしない身なりになれたと思う。店の者は愛想良くテーブルに案内してくれた。一人客なので小さいテーブルだった。相席はこの店ではないらしい。

 食事は美味かった。レイラの料理は悪くないが、こういう上品で繊細な味ではない。日本のレストランを思い出す。

(日本の方が美味いけどな。舌に合っているというか)

 和食を思い出すとホームシックになりそうなのであえて考えないようにしていたが、フリッター風の料理に天ぷらを思い出してしまった。

 食事を楽しみながら聴覚を強めて他のテーブルの会話を聞いた。

 隅の席に座った二人連れは身なりがこざっぱりしていた。目立つ客ではないが、いかにも堅気な雰囲気だ。二人はこそこそと人に聞かれないように話し込んでいた。「花園」という言葉を耳にして、さらに会話に聴覚を集中させる。

 花園とはこの国ではしばしば「後宮」の隠語に使われる。王宮で言葉を習っていたときに本で読んで知っていた。

『なにしろ、八輪もの麗しい花々だ。管理費はそうとうだろ』

(八人の愛妾か。側室っていうんだったか)

『主殿はお体の具合があまりよろしくない。だから減らすことはないだろう』

(この場合、主殿は国王陛下というわけだが。話がちょっと怪しくなってきたな。本当に王宮の話? 具合が悪いのに側室が八人。今の話の流れだと、具合が悪いから先々を考えて王子か王女を側室に産ませたい、という風にも取れる。側室はそういう役割だしな)

『正妻様は?』

(ふつうは王妃のことだが。前の王妃は五年くらい前に亡くなって、今は第二妃のみだよな)

 デザートの果物を咀嚼しながら考える。会話に意識が持って行かれているので味が半分わからない。店の騒音の中で目指す会話だけを聞き取るのは至難だった。

『エンガスに帰られたらしい』

(ふうん。王宮の噂を仕入れられる程度の下級文官とかかな)

『主殿はご苦労されておられる』

『リペル殿がお隠れになってからそうであろう』

 客はさらに声を低めた。

(あぁ、やっぱり王宮の話だ)

「リベル殿」とは故テランス・リベル宰相閣下のことだろう。二年くらい前に暗殺されたと聞いた。報じられているので庶民も知っている大事件だ。

『切れ者でらっしゃった』

『惜しい方を』

 会話がしんみりしている。

(そうか。有能だからこそ邪魔になったのかな。この国、ヤバいな)

 ルデリアヌ王国の王族や貴族の評判はちらほらと聞いている。

 王国というのはホント厄介だ。賢王の治世なら暮らしやすくなり、愚王の世なら簡単に地に落ちる。

 今の国王は「良い王様」とレイラは言っていたが、昨今は病弱らしい。国王の子に王子はいなくて、第一王女と第二王女の二人だけだ。そういう一般的に知られている話はよく聞いた。それだけで、なんとなく嫌な推測ができてしまう。

 竜也は王宮にいたために、あの第一王女がろくな者ではないと知っている。だが、城下に広まっている評判は「優秀な第一王女」だ。情報がしっかりコントロールされている。

 側室が八人いて子供は王女がたった二人。不自然な気がした。


◇◇◇


 翌週末。

 今日は森での修行は止めて、図書館に調べ物にきた。

(早く済んだら少しくらい森に修行に行きたいところだけど。ここから森は遠いし馬車の運賃もかかるからな)

 あまり時間がないのなら行かない方が良いだろう。

 町に図書館があることはレイラから聞いた。

 レイラは「リュウヤは本が読めるの?」と驚いていた。

 レイラは町民学校に通っていた。読み書きと算数、歴史などを習ったという。

 それなら本は読めるだろうと思うのだが、

「アバティア語はほとんどわからないもの」

 とレイラは肩をすくめた。

(つまり日本で言えば「漢字は苦手」みたいな?)

 日本語は、読み書きするのに漢字、カタカナ、ひらがなを習う。

 同じようにルデリアヌ王国でも読み書きにはルデリス語とアバティア語を習う。日本とは歴史的な経緯も内容も違うが、少し似ている。

 その昔、この国は西と東に別れていた。東のルデリス王国と、西のアバティア王国だ。後にルデリアヌ王国に統一された。戦争もなく穏やかに一緒になったという話だが多少のいざこざはあったようだ。

 言葉はルデリアヌ語として統一されているが、文字は二つの言語があった影響が残っている。一般的な言葉はルデリス語で、学術的な単語はアバティア語の名残が強い。

 おそらくこの国は、実質的には東のルデリス王国が占領したのだろう。

 ルデリス王国の民は商いや軍事に長けていた。一方、西のアバティア王国の民は学術分野で秀でていた。そんなわけで、アバティア語は小難しい文字であり、専門用語はもっぱらアバティア語なのだ。

 日本語で言えば、ひらがなとカタカナがルデリス語で、漢字がアバティア語と考えると理解しやすい。実際は意味合いが違くても、そう考えると日本人としては馴染むし、難解さも受け入れようという気になる。

 アバティア語は、初級、中級、上級と別れている。漢字に例えると、小学校レベルから、中学校、高校レベルという風だ。町民学校では初級のアバティア語を教えるのだが、レイラに訊いた限りでは初級の初歩くらいしか習っていないようだ。

 竜也は王宮で文字を習ったときに上級の最初くらいまでのアバティア語は学んでいる。アバティア語は覚えておいた方が良いと思ったのでかなり頑張った。異世界チートのおかげで、ミゼルが褒めるくらいには上達した。

 本や新聞にはアバティア語が多く出てくるので、レイラは読む気がしないという。

(この国の識字率って、微妙だよな)

 本や新聞を読める率はあまり高くないのかもしれない。

 竜也はひと月少々で上級の初歩まで丸覚えをしたのだから、この国で生まれ育ったレイラが覚えていないことのほうが信じられない。必要性を感じない暗記は確かにつまらないものだが、教育方法に問題があるのかもしれない。

 図書館は赤煉瓦と花崗岩作りの立派な建物だった。まるで美術館のようだ。三階建てで敷地も広い。入り口には警備兵が立っていて、身分証を提示する。さらに中に入ると受付のようなところで利用料の銅貨を払う。

 竜也の身分証では貸し出しは出来ないと言われた。おそらくそうだろうと予想していたので驚きはない。残念とも思わない。日本のような便利さなどとっくに諦めている。

 読みたかったのは古い新聞だった。司書に尋ねると閲覧できる棚を教えてくれた。新聞は一か月分しか取っていなかったが、購読数の多い有名な情報誌は半年分は保管されていた。月刊誌や季刊誌は一年分ある。

(えっと。あ、これかな。「ご託宣が授けられた」ってある)

「月刊新報」という読み物の表紙に記されていた。早速、頁をめくった。

(え? 『ご託宣によると西から瘴気は悪化』。盗人なんて一言もない)

 頭が真っ白になりそうだった。気を取り直して読み直していると、表紙に記された日付に目がいった。

(ずいぶん前の日付だな)

 竜也たちが召喚される半年も前だ。

(もしかして。盗人の件とは別のご託宣?)

 調べた結果。ご託宣は年に数回はあることがわかった。多い年で四回、少なくとも年に一回はある。ご託宣なんて十年に一度くらいだろうと思っていたら違った。けっこう頻繁だ。

 聖女や勇者を召喚するのは流石に多くはないが、ご託宣の中で「選ばれし者が救う」という意味合いの言葉があれば召喚の儀式をしてみるらしい。

 竜也は、これまでの召喚のことを調べてみた。六百年間の召喚の歴史が載っている本を見つけた。さらに古い記録は見つからなかった。もっと詳しい本は別の本棚を探さないと駄目かもしれない。今日はこれでよしとしよう。

(これ、マジか)

 記録を見て思わず手が震えた。召喚された者の多くが亡くなっていた。

 六百年間で召喚された者は七名。おおよそ九十年に一人くらいの割合だ。そのうち六人が聖女あるいは神子だ。増えた瘴気を浄化してもらうために呼ばれた。女が聖女で男は神子と呼ばれるらしい。

 六人のうち四人が浄化の活動中に亡くなっている。死んだ四人は聖女、つまり女性だった。

(半分以上が死んでる。こき使い過ぎだろ。ブラックもいいところだ。酷い国だな)

 生き残った二人は、一人は聖女で高位貴族の家に嫁に貰われ、一人は神子だったがやはり貴族家に婿入りし平穏に暮らしたとある。

(ホントかなぁ。半分以上は死なせてしまう国だからな)

 聖女や神子以外に、召喚されたもう一人は勇者だ。戦時に優れた戦略を指南し、ルデリアヌ王国を勝利に導いた。

(勇者というより、智将だな。「勇者はのちに第二王女殿下と結婚し公爵領を賜る」か。勇者は王女と結婚してるし、それなりに優遇されたみたいだけれど。この国の有様をみると亡くなった四人は平民だったのかもしれない)

 記録を見る限りでは、死んだ四人の名に家名はなかった。嫁入りや婿入りをした神子たちと勇者の三人の名は家名付きだ。偶然ではないだろう。

 ルデリアヌ王国は王族や貴族が優遇される国だ。平民は搾取の対象で、福利厚生もろくに整備されていない。召喚の間で、竜也たちへの王女や騎士らの態度が悪かったのも同じ理由かもしれない。

 竜也と尚樹が貴族ではないのは服装を見ればわかったはずだ。ハイキングの途中だったので二人ともラフな格好をしていた。竜也は薄手のブルゾンにチノパンツ、尚樹はパーカーにジーンズだ。もしも制服だったら少しは違ったかもしれない。

(尚樹、大丈夫かな。もちろん、単なる推測だからなんとも言えないけど)

 気を取り直して、今回の召喚に関するご託宣の記事を見た。

『この度のご託宣の全文は以下の通り。

「ウバイタルモノ ニセ クニ メツボウ キキ

 スクイ エラバレル」』

(なんだ、これ)

 単語の羅列みたいなご託宣に、竜也はにわかに不安になった。

 他の情報誌も見てみた。

『ウバイビト イツワリ クニ ホロブ キケン

 スクイ エラバレシ』

(記事によって微妙に違うけど。意味は同じかな)

 報じられた新聞や雑誌には、ほぼ同じ内容が掲載されていた。

(なんでこんな単語? 最近、こんな単語の羅列は体験してるけど)

 竜也が通訳の魔法をかけられていた間は、頭の中に単語が並んでいた。

(もしかして、ご託宣って、どこかの言葉の翻訳なのか。そもそも、この国の言葉はちょっと複雑だしな。ルデリス語とアバティア語が混じってるんだから)

 主としてルデリス語で、アバティア語の単語が使われているという二か国語使いの国だ。

(神の言葉が母国語だったら、こんな拙く通訳されたような言葉にはならないはずだ。神の言葉がアバティア語の可能性はあるな。アバティア語はほとんど廃れてるから。あるいは、よほど古代の言葉なのかもしれないが)

 竜也はたどたどしいご託宣の記事を読みながらなぜか寒気がした。

(ホントにこの通訳、合ってるのか)




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