六 狩人
週末の休み。
物置に鍵をかけ町に出た。
(忘れ物は、ないよな)
要るものは狩人傭兵協会の会員証と小銭、ナイフ。タオルも一枚、持った。
今日は狩人傭兵協会に寄ってから乗り合い馬車で町外れの森に向かう。これで二度目だ。
歩きながらポケットから会員証を取り出した。
「狩人傭兵協会会員証 リュウヤ 職種 狩人」
薄い金属製で、裏面には生年と発行した支部が記してある。発行してもらうのにまた精霊石でチェックされ、銀貨一枚かかった。日本円で二千円くらいなり。
会員証の「狩人」の文字には青い下線が引いてある。「見習い」の印だ。青の線は、協会に貢献すると消してもらえる。狩人なら害獣指定のある魔獣を狩ったり、有用な薬草の採取など。傭兵の場合は護衛任務の遂行となっている。
(早く「見習い」の線は消したいよな。なんか、いかにも青二才っぽい線)
青の線が引かれたままだと国境を越えるときの身分証代わりにはできないという話も聞いた。二重の意味で消したい。
会員証は前ポケットの奥に仕舞った。この会員証には魔力登録がしてある。紛失はしたくない。元の世界では他人の保険証を手に入れ借金するのに使う詐欺があった。ここにそういう犯罪があるかわからないが、自分の魔力を纏ったカードが他人の手に渡るのは嫌な気がする。
(再発行は、なぜか銀貨三枚に値上がりしてかかるしな。本当は革袋に入れたいところだけど、取り出すのが面倒になるから。やっぱ、ポケットか)
服の上から貴重品の入っている革袋に触れた。
ズボンとシャツで隠れているが、腰には革袋が巻いてあった。ラノベの知識を思い出し、「空間魔法機能」というのを付けた袋だ。住まいの物置小屋のセキュリティが真剣にヤバかったからだ。
店で働いている間、銀貨の仕舞い場所に困り、隅に積み上げてあるガラクタの奥にあった壊れた箪笥の底板の下に隠しておいた。
一週間くらい前、仕事を終えて戻ってくるとガラクタの配置が変わっていた。
慌てて銀貨を隠した箪笥をみると引き出しを開けた形跡がある。古い引き出しが歪んで押し込まれたようになっていた。誰かが引き出しを開けて乱暴に押し戻したのだろう。
引き出しを取り除いて一度剥がして乗せてあるだけになっていた底板を急いでめくった。銀貨は無事だった。脱力するほど安堵した。
着替えと絵本を入れた袋は無造作に寝台の上に放ってあったのだが、それも無事だった。ただ、袋から中身を取り出したのち手荒く中に戻された形跡はあった。そのせいで古い絵本の幾らかが壊れていた。盗人の目的は金目のものだけだったらしい。
仕事に出る前に物置には鍵をかけていた。アルミみたいな素材の南京錠で、見るからにすぐ壊れそうな代物ではあるが。確認すると南京錠には壊された形跡はなかったが、錠の鍵穴に傷が増えていた。要するに、物置のセキュリティレベルはゼロだ。
竜也はその晩のうちに銀貨の入っていた革の小袋を空間魔法機能付きに魔改造した。必死だったせいか案外すんなり出来た。小袋を手に持ち「この袋の中は異空間だ」と念じながら魔力をアホほどぶち込んだら、出来てた。
魔力を注ぎながらナイフを入れてみたら、ふいっと入った。
それから、銀貨と絵本は魔改造した小袋に入れ、腹巻きのように腰にしばることにした。前ポケットに嵩張る小袋を入れるといかにも貴重品が入っているという感じになるからだ。
ズボンは腰紐で縛るようになっていて、竜也にはサイズが大きい。痩せ型体型なので、腹巻き代わりの小袋は目立たなかった。
(修羅場をかいくぐりながら生きてるって感じだよな。そろそろ、雷以外の魔法の練習もしたいところだけど、森で火はヤバいよな)
練習場所がないのだ。物置小屋では光と雷以外はできない。部屋が水浸しになっても困る。火事も不味い。
(仕事中に筋肉強化の魔法は練習できるけど。治癒魔法の練習はもう古傷がないし)
考え事にふけっているうちに狩人傭兵協会に到着した。
ここの建物は職業斡旋所よりもずっと立派だ。内装もかなり年季が入っているが重厚な感じだ。
重い木の扉を開けた。まだ二度目だからか、どきどきする。
(相変わらず、ゴツいのばっかり)
ここに来る男たちは見上げるほどデカい。七割はそういう男たちだ。「魔法使いっぽい」恰好の者はひょろいのが多く、竜也は彼らの中にいれば目立たない。
すぐに仕事の依頼が張ってある掲示板に行く。
(「見習い」のところは、やっぱ薬草摘みばっかりだな。ま、いいけど。あれ? この薬草、先週、森で見たやつに似てる)
依頼票には間違えないように簡単な薬草の絵も描いてある。親切仕様だ。
ただし依頼票を取ると、やり遂げられないとペナルティがある。大銅貨の罰金だ。
(どうするかな。先週、生えてたからといっても今日もあるとは限らないよな。似てるだけかもしれないし。受付のおじさん、薬草は摘んできてから依頼票をとればいいよ、って言ってたし。薬草を調べて、よく覚えておけばいいか)
協会の建物内には資料室があり、薬草の挿絵などが見られる。採取の仕方も書いてある。
薬草の名と絵を覚えて資料室に行った。
図鑑を何冊か閲覧台において薬草を調べた。図鑑の絵の方が詳細に描いてある。ついでに、「精霊石」についても調べてみた。
(犯罪を犯した者は光りが濁る、か。ありきたりなことしか書いてないな。それくらい、想像ついたし。え? 「ごく希に魔力を持たない者は光らないので犯罪判定はできない」、なるほど。魔力を持たない者はここでは希なのか。「魔力量『大』の者は、精霊石を金色に光らせる」。俺じゃん。魔力量、大だったんだ)
精霊石は霊山の洞窟などを採掘すると手に入る。掘り尽くすと無くなるものではなく、じわじわと増える。それでも、採掘場は国が厳重に管理している、とあった。
あまりゆっくりしていると帰りの馬車に間に合わなくなりそうだ。昼飯用に協会の食堂で売っている具入りパンを買い、急いで狩人傭兵協会を出た。
協会の前にある乗り合い馬車乗り場に行く。森へ向かう馬車は多く出ている。利用者も多い。
ゴトゴトと揺られながら、乗客たちの話に耳を傾ける。
「王都中央、北の森行き」の十二人乗り馬車は満席で、乗客は狩人らしい男が半分を占めていた。残りの乗客は老若男女、色々だ。ちなみに、竜也は見た目では狩人枠には入っていない。
耳に魔力を込めるように集中すると、馬車の騒音に負けずに乗客の声を拾える。ネットのないこの世界で人の話は貴重だ。レイラの店でも客達の会話に耳を澄ませているが、この乗り合い馬車の乗客たちの話もけっこう面白い。
「お前、こっちの森にくるのは珍しいな。いつも南だろ」
革ベストを着込んだ背の高い男が、隣の赤茶の髪の男に声をかけている。
「南部の森は魔獣がエグくなってきてる。毎日は疲れる。こっちの方が気楽だ。小物しかいないけどな」
「最近はたまに闇猿が出るぜ。増えてるようだ」
「ちっ、闇猿かよ。面倒だな」
「森狼も増えてる」
「そうか。森狼は良い金になる」
「毛皮を傷物にしなきゃな」
「それな」
狩人にとっては猿より狼の方が狩りやすいらしい。
ふいに、「朱酔楼のサリーは銀貨十枚だぜ」という密やかな声が聞こえた。
耳に込める魔力を強めた。さらに聴力があがる。
「案外、安いな。売れっ子なんだろ」
「一時間ぽっきりだぜ」
「大して可愛がれないか」
ルデリアヌ王国では娼館は違法ではなかった。国の認定を受けた娼館は料金的にも性病的にも安心、とレイラは言っていた。
この国が性に奔放なのはもう知っている。日本とは違う。「西の町食堂」で働いているうちによくわかった。ここは娼館がごく身近にある。
(男娼の娼館もあるっていうし。最悪、下手したらそういうところで働く可能性もあったんだよなぁ)
竜也はこの国では体格が華奢な方なので「気をつけた方が良いわよ」とレイラに忠告されてしまった。日本では考えられない。
(言葉が喋れなかったら仕事なんて選べなかったよな。危なかった)
「神子召喚がうまくいったって聞いたのはもう二か月くらい前だよな」
見知らぬ男の声で、物思いから現実に引き戻される。
(神子? 神子って、尚樹のことか)
王宮ではそんな言葉は聞かなかった。ミゼルも神子などと言ったことはなかった。
「うん? 召喚の話か? うまくはいったらしいな」
と、隣の男が相づちを打っている。
「でも、瘴気はそのまんまだよな。もうエンガスとミブロスの神官に瘴気を払ってもらったら駄目なんかな」
(瘴気を払うって? なんだよ。異世界人の召喚は「盗人対策」のはずだ。でも、市井での情報は違うのか。「エンガスとミブロス」って、エンガス王国とミブロス王国のことだよな。両方、隣の国だ)
「金かかるからな」
「神子の方が速く上手くやってくれるんだろ? 金もかかんないし」
「そりゃそうかもしれないけどさ。駄目だろ。今回の方は違うって話だからな」
「神官様と両方でやってくれたら速くないか?」
「素人考えではそうだけどなぁ」
(どういうことだ? 二人の会話ではよくわからないが。これは調べた方が良さそうだ。情報の食い違いにもほどがある。ミゼルが教えてくれなかっただけで、本当は瘴気を払う神子が欲しかったのか? いや、でも)
おそらく、王宮で得た情報の方が正確だろうと思う。その方があの召喚の間で感じた違和感の説明がつく。せっかく異世界から人を召喚したのに少しも歓迎ムードではなかった理由は、おそらくただの盗人対策だったからだ。
特に騎士たちの目が冷たかった。本来なら王宮の防犯対策は衛兵や近衛がやるべきだろう。それなのに異世界から人を呼び寄せた。だから騎士らは不愉快だった、と竜也はそう推測していた。瘴気払いなら、もっと喜んでしかるべきだ。
(瘴気浄化用の神子は別に召喚したんだろうか。その辺りも調べてみよう)
竜也は王宮では魔法が使えなかったが、今は使える。浄化魔法も楽々できる。
(まさか、実は浄化用の神子だった、とか?)
と思いかけて首をふる。とにかく、あの時は王女らの望みは神子ではなかった。
もしも、竜也がこの国の力になれるとしても、協力してやる気は微塵もない。あの第一王女に使われるのはお断りだ。
レイラの店で働くのは案外楽しくやっている。朝八時から夜十時までという日本だったらブラックな職場で日当四千円。時給にするとかなり安い。それでも、自分で出来る仕事をする日々は悪くない。物置小屋で暮らすのも気に入ってる。ダニがいそうだったので、ごく軽く雷を藁ベッドに流したせいか痒くならずに寝られた。布団は毛布一枚しかなかったので寝袋を買った。
(あんな物置でも、工夫して居心地よく生活しているんだよな)
この自由を失いたくなかった。
ふいに馬車の振動が変わったのに気付いた。速度が落ちている。もう着くのだろう。
乗り合い馬車は王都中央の北に広がる森のそばに停まった。王都内にある森で大きくはない。小ぶりの丘が丸ごと森になっていて、丘を抜けた向こうもまだ王都の中だ。丘向こうの町に行ったことはない。
王都のずっと南端にはもっと大きな森があるらしいが、そこまでは遠い。早朝に出れば昼には着くくらいの距離らしい。泊まりがけでないと行けないだろう。レイラの店の休みは週に一日しかないので竜也には行けない。
この森なら、帰りは午後の鐘が鳴るころ乗り合い馬車に乗れば日暮れには小屋に着く。
(さて、薬草摘みだ)
先週は魔法の練習をしただけで終わってしまったが、森の奥へ入ったときに薬草っぽいものが生えていたのを見た。
闇猿や森狼などもいたらしいが先週は見なかった。角の生えたウサギや、やけに朱っぽいデカいネズミは何匹も見た。凶暴なイタチもいた。形はイタチだが、ナイフみたいな歯が尋常で無い鋭さだった。さすが異世界のイタチ。そんなのがけっこうたくさんいて、竜也が焦って雷を放つと逃げていった。
今回は魔獣が出たら雷で斃しながら薬草を摘もうと思う。魔法の練習になるし薬草は金になる。魔獣を狩れたらそれも売れる。一石三鳥だ。
薬草を見つけた森の奥へと足を向ける。先週、迷わないように赤い蔦を枝に括り付けた印しがまだ残っていた。
歩きながら魔力を込めて聴力を強化する。
森の音と町の音は違う。特に馬車の音はわかりやすい。石畳を馬の蹄鉄が駆け抜ける音、馬車の車輪ががらがらと回る音はかなりの騒音だ。少し奥へ行くくらいなら町の音をときおり確かめると帰りが楽だ。蔦の目印と音とで、迷子にならないで済む。
「あった」
薬草、発見。思わずにんまりしてしまう。
用意しておいた袋に摘んでいく。薬草の摘み方も狩人傭兵協会の資料室に図解入りで載っていた。あの資料室は竜也がいる間、誰も来ないくらい人気がないのだが便利な所だと思う。
しばらく辺りを警戒しながら採取をし、目に付く薬草をあらかた摘み終わった。ときおり角の生えたウサギと朱いネズミ、歯が怖いイタチが突撃してきたが、その度に雷を撃ち込んでおいた。魔獣どもは凄く動きが速いので焦る。雷を発動させる練習を物置小屋で毎晩やっておいたのが役に立った。反射的に雷をかませるのは練習の成果だ。
今日はウサギを五匹とネズミを八匹、イタチを二匹斃した。生き返ると怖いので心臓あたりにも強めの雷をとどめに撃ち込んでおいた。他にもよくわからない凶暴な足の生えた蛇とか、小さい鹿の魔獣とかも雷で払ったり斃したが雑魚は面倒なので放置した。
小さい鹿は一瞬「可愛いバンビ」かと思ったら目は黄色く濁って血走ってるし鎌みたいな牙が生えてるしで異世界の獣はブレずに魔獣だった。
ウサギと大ネズミとイタチは金になるかもしれないので、首を裂いて血抜きをし紐で足を括る。血抜きとかはラノベの情報だ。必要か否かはわからない。もしも必要だったら、やっておかないと肉が食べられなくなるので一応、やってみた。今度、調べておこう。
昼休憩を挟んでさらに採取や狩りをした。昼飯の具入りパンには、ナッツのペーストやアボガドみたいな味の果菜がソースと和えて入っていた。美味い。
食後も薬草摘みと狩りをした。夢中で作業しているうちに遠くかすかな鐘の音が聞こえた。
(うぉ、ヤバい、帰らないと)
慌てて帰り支度をして荷物を担いで走ると、がざがさと草をかき分ける音がする。
走りながら横目で確認する。
(ぇ? 犬? 茶色い犬?)
いや、犬にしてはデカくないか。
(あれが森狼? 毛皮が売れるやつ?)
だが、今は不味い。てこずると帰れなくなる。
竜也は、凄まじい勢いで追ってくる森狼に雷をぶちかます。
ぎゃんっ! と森狼がでんぐり返るように転げた。
あれくらいで死ぬとは思えないが、追い払えればそれで良い。
しばらく走って後ろを見ると、森狼が目を前足でこするようにしながらうろついているのが見えた。雷で目をやられたらしい。
きっとすぐに回復するだろうが、しばらくは追ってこないだろう。
(良かった。追い払えた)
なんとか無事、狩人傭兵協会まで帰り着くことができた。
この日の売り上げは銀貨三十枚にもなった。日本円で六万円だ。
ネズミやウサギ、イタチも売れたし、薬草も質の良いものが大量に採れたおかげだ。小型魔獣は思ったより良い値になった。
(魔物狩る 狩人となり 日暮れの馬車)
竜也は詠むより読みたいなぁ、と思いながら心地よく馬車に揺られた。