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四十一 エピローグ

いつもありがとうございます。こちらで完結になります。




 竜也は「ホント、うまくいったよなぁ」と感慨深く思いながら同行する使用人の格好で列に紛れていた。隣には相変わらず超ご機嫌のユリシスがいる。

「父上と大叔父上は馬車の中で毎日祝杯だ」

 ユリシスが笑う。

「飲み過ぎないでほしいんだが。二人とも大活躍だったしなぁ」

 竜也は晴れ渡った空を見ながら「こんな良い天気の日は騎馬が気持ちよさそうだ」とのんきに思った。


 その頃。

 馬車の中ではユリシスの推測通り、セインとダラスがとっておきの果実酒を開けていた。幻の美酒を手に入れ、楽しみにとっておくうちに体調不良で飲めなくなったものだ。一時期はユリシスもいなくなり捨ててしまおうかとも思っていたが捨てないで良かった。

「ダラス、お前が本当の神官だということを婿殿にはまだ言わんのか」

 乾杯のグラスを呷り、セインが尋ねた。

「もちろん、言いますとも。多忙もあって言い損ねただけですから」

 ダラスがにこやかに答えた。

「ユリシスにはご託宣の力は目覚めていないようだから、婿殿との子に期待するかのう。あの傍系の者どもは、駄目なのだろう?」

 セインのいう「傍系の者ども」は、いつも「ご託宣を受けた」と宣っている十二人の神官たちのことだ。

「叔父上、あれらは傍系でもなく、そもそも崇める地主神が違う」

「地主神同士で争っていたわけでもなかろう」

「それはわかりませんよ。とにかく今回のことで、我がアバティアの神はやはり東のルデリスとは相容れないとはっきりしました。東を切り捨てるための救世主召喚でした。ご託宣の神が選んだリュウがそれを選択したのですから」

 ダラスの母は神官の血筋だった。

「あの十二人の神官が持っている魔導具はそのままで良いのか?」

 十二人の神官に魔導具を持たせ、その魔導具を通じて、ダラスがご託宣を伝えていた。

 元々その魔導具は先人がなんとか工夫して、神官の家系の者に持たせた。

 選んだのはもう力のない、それでも歴史のある家だから神職に就いている神官たちだった。ご託宣の広報係を密かに、かつ無断でやらせている。彼らは魔導具の意味すら知らない。自分たちには神と繋がる力があると信じている。

 本物の神官は、今ではダラスとユリシスの二人しか残っていなかった。その昔、多くが暗殺されたためだ。

 殺された神官たちは、権力者にとって耳の痛いご託宣など告げたくはなかった。だが、神から告げられたなら、為政者に知らせなければならない。黙っていれば神の声を聞く力を失う。

 母方の先人は、力は失ってもかまわないが何もしないわけにはいかないと工夫をこらした。それがこのやり方だ。

「放っておいても何もばれないと思います。反応するのはユリシスと私の魔力だけですから。ただの微弱な通信の魔導具です。翻訳の魔法付きですから、少々手の込んだ作りではありますがね」

 もう二度とあれを通じてご託宣が授けられることはないでしょうし、とダラスは頬笑んだ。


 元国王たちの旅は順調だった。あと二日ほどで隠居先である離宮に到着する。護衛やお側付き以外に、セイン殿下が誘った友人知人も一緒なので総勢百名を超える大所帯だった。

 竜也はときおり、同行している元騎士団員たちのところへ訪れ瘴気を払うようにしていた。彼らは「バルタス領には凄腕の治癒師がいて瘴気の治癒をしてくれる」「とても楽になる」という話を聞いて移り住むことにした。

 そんな噂だけなら引っ越すほどではなかったが、セインに誘われた。セインが口利きをするから確実に治癒を受けられると請け合って勧めたところ、けっこうな大人数の元騎士たちが一緒に来ていた。

 竜也がこっそり瘴気を払っているので、なんとか付いてこれている。顔色も悪くない。バルタスに着いたらもっと思い切りできる。

 出立が間に合わなかった人もたくさんいるので、これから移住者はさらに増える。後から到着する予定だという。竜也は、彼らの体調も心配なので、様子を見に行こうと思っている。

 瘴気を払う作業が済んだころ、休憩時間も終わり一行が出立の準備を整えて立ち上がる。

 思うよりもずっと順調な旅に、皆の顔も明るい。

 ふいに竜也が「くしゅん」とくしゃみをした。

「リュウ、寒いのか。上着を着ろ」

 ユリシスが慌てて自分の上着を脱ごうとする。

「いや、寒くない、ちっとも。上着は要らない」

 そもそも、ユリシスのサイズの服は羽織れない。

「自分一人の体ではないのだ。気を付けてくれ」

 ユリシスが心配そうにしている。

(いや、それ、嫁の台詞じゃないだろ)

 と思ってから、いつの間にか自分もユリシスを嫁と呼んでしまっていることに気付いた。セインやダラスたちが「嫁」だの「婿」だのと呼ぶからだ。

(完璧、外堀が)

 ちらりとユリシスを見るとあまりにも愛おしそうに微笑まれ、こちらまで顔が緩みそうになる。

(人間、諦めが肝心。あまりにも色々とすっ飛ばされた気もするが)

 すっかり絆され、今の幸せを手放したくないと思い始めている。

(手遅れだよな。十代で結婚は考えてなかったけど)


 その頃、竜也をネタに話し込んでいたダラスたちの会話も佳境に入っていた。

「西のアバティアが復活するとしても、王制はないでしょうな」

「ないな」

 セインは躊躇うことなく首を振った。

「連弩をもつ救世主殿がどちらに着くか」

 ダラスが案じ、眉間の皺を深めた。

「いや、ナオキ殿は大丈夫だろ。そんな気がする。エルジナを嫌ってたのだろ?」

「仲は悪そうだ、という報告はありました」

「で、騎士団長には懐いていた、と」

「騎士団の騎士たちとも、まるで家族のように親しげだったそうです」

「そんな救世主殿がアバティアに矢を向けるかの?」

「可能性の問題です。様々な要素が絡んでくるのですから」

「案じすぎだろう。ご託宣で呼ばれた者なのだぞ」

「それは、そうですね」

 ダラスはセインに指摘され、我ながら肝心な点を見失っていたことに気付いた。

「ナオキ殿は救世主なのだろう? ご託宣の文句はわかりにくかったが」

 アバティア語は今では小難しい文字として残るだけだ。その昔、王族はアバティア語を学ぶのが必須だったがもう廃れて久しい。聡明なダラスは堪能だが、珍しいことだ。

 アバティア語で語られるご託宣は、翻訳の魔導具で訳すと支離滅裂な印象しかない。

「アバティア語にはあって、ルデリス語にはない意味の言葉が多くあるので、翻訳は難しいですね。だいぶ違った文句になる。例えば、アバティア語の『雲衣』は、『殿上人の纏う雰囲気』という意味の言葉ですが、そんなものはルデリス語にはないので、こういう言葉を翻訳の魔導具は無視するんです」

「細かいことは言わん。おおよそでいいぞ」

 セインの要望にダラスは「わかりました」と苦笑し、覚えているご託宣を諳んじた。

「偽物が王位につこうとしている。国は滅亡する。危機を救う選ばれし救世主を呼べ」

「盗人はどこにも出てこんじゃないか?」

「翻訳の魔導具では『ウバイタルモノ』となってましたが、『君主の跡取り』のことですね。『すべてを受け取る者』というような言葉です。同じ意味合いのルデリス語は無いんですが。ウバイタルモノが近い言葉だと翻訳の魔導具は考えたわけです。それが、盗人と解釈されてました」

「なるほど。救世主はリュウ殿か。ナオキ殿は違うのか」

「召喚魔法に巻き込まれただけの可能性も考えましたが。ですが、ナオキ殿がいなかったら、犯人がわからない形で神器を取り戻すのは難しかった」

「だろうな。それに、連弩を使える救世主がとりあえず残ってくれたおかげで、ことを速やかに進める助けになった。元々、他の神器は使える者が途絶えていたのだからな」

「そうです。おそらくナオキ殿は、リュウ一人では難しいだろうと遣わされたもう一人の救世主でしょう」

「その方がしっくりくるな」

「ええ。エルジナは救世主を婿に欲するでしょう。自分の足場を盤石にするために。ユリシスがリュウに惚れてしまったように。エルジナとユリシスは、気持ちの上ではまったく違うでしょうけどね。古来より、為政者や王族は召喚者と添い遂げるはずでしたから。それも古き良き時代に戻ったということで」

「あぁーそれなんだがな。ユリシスが言っていたんだが」

「なんです?」

「リュウは『老害の尻拭いは、ぜったいにやらない』と明言したらしくてな」

「え?」

 ダラスがわかりやすくショックを受けた顔になった。

「だから、王配みたいなものはお断りだそうだ。ユリシスはリュウがそう言ってるから、アバティアで自由に生きられないなら、どこかにリュウと一緒に旅すると決めてるらしくてな」

「そんな馬鹿な。孫を見られないのか」

 ダラスの絶望ぶりを見て、セインは急ぎ言葉を続けた。

「もちろん、アバティアでは王制にはならんだろう。領主たちは国王など要らないだろうからな。共和国も良いだろう。それなら大丈夫じゃないか」

「そ、そうですか」

「それに、老害は先々代のことだ。ダラスではない」

 セインは力なく項垂れているダラスの肩を「お前はまだ若いだろ」と慰めるようにぽんぽんと叩いた。


◇◇◇


 竜也は、なぜか先ほどからむずむずするような悪寒を感じていた。

(なんだろ? 風邪じゃなさそうだし。どこかで噂でもされてる、とか。俺のことなんか話すやついないよな。それにしてもいい天気だ)

 乾期を選んで出発したおかげで毎日明るい空だ。その割に暑くもない。

 明後日にはカルツ子爵領に着く。未来も空のように明るい。

(召喚されて良かった。社長なんか継ぎたくなかったから。マジで丁度よかった)

 竜也はどこかにいるであろうご託宣の神に感謝した。

「丁度良く、異世界召喚、嫁もでき」

 機嫌良く駄句をひねる。

「なに? リュウ?」

 ユリシスが可愛らしく首を傾げている。

「いや、なんでもない」

 竜也は「ちんぴらの嫁でなくて良かった」と思いながらユリシスに頬笑んだ。



お読みいただきありがとうございました。おかげさまで完結いたしました。

いいねをくださった皆様、とても嬉しかったです。

誤字報告、助かりました。

心より感謝いたします。

また新しい作品ができましたら投稿いたします。よろしければ、読んでみてください。

see you

早田結

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