四十 動機?
今日、二話投稿しております。こちらは本日、二話目の投稿です。
いつもありがとうございます。
その後、オルドは編集長と共に「どうやってこの情報を不敬罪に触れずに載せるか」で頭を悩ませた。情報源も隠さなければならない。
宰相とエルジナ王女がひと月の間に幾度か護宝殿を訪れていたことは、尚樹の指摘通り多くの者が知っていた。速効で確認が取れてしまった。
「救世主殿との約束も果たさねばならんのだろう?」
編集長が恨みがましい目をオルドに向ける。
「あれはあれで、なかなか良い記事になりそうじゃありませんか?」
オルドは開き直って、笑って見せた。
「救世主殿が情報源だと隠したいのにか?」
編集長はうろんな目を向けた。
「他の記事にすればいいですよ、救世主殿の活躍に潜り込ませて」
「それはいい手だな」
オルドは尚樹への礼に、尚樹の願いを聞き入れた。それは「尚樹のついたウソ」を訂正する記事を載せることだった。
尚樹たちと酒場で会った、あの日。オルドは騎士たちに奢ったが、尚樹は酒を飲まない。少しばかりのつまみを奢るだけでは悪いと思い、「何か美味いものを頼みましょう」と話しかけると、尚樹は礼なら頼みがあるという。
「実は俺が喋ったなにげないデマがやたら言いふらされててさ」
と尚樹は気まずそうにしていた。
詳しく事情を聞いて呆れた。尚樹もそんな嘘をつくべきではなかったが、尚樹なりに理由があった。尚樹は召喚されてから、王宮の文官に幾度も事情聴取を受けた。相手は王室事務官の一人だった。エルジナ王女からの指示だという。
尚樹が「デカい魔導飛行機に乗って国外に飛び、学園主催の海外旅行の最中に召喚された」と証言すると、いきなり「デマは必要ありません」と高飛車に言われ、「ウソ発見器」みたいなものを用意されて、再度まるで犯罪者あつかいで事情聴取された。
真偽判定の魔導具は、王族や貴族には滅多なことでは使わない。それを救世主に断りもなく使う王宮のやり方に、オルドや騎士たちは呆れを通り越して憤った。
元から文官は態度が悪かった。
真偽判定の魔導具により、尚樹の証言はすべて真実と判定された。それからは少しはましな態度になったが、やはり尚樹の都合も考えずに事情聴取をしにくる。
ある日も尚樹が疲れている上に機嫌が悪く、苛苛しているのもかまわずにあれこれと聞かれた。尚樹とともに召喚された男はどんな関係なのかと尋ねられ、説明するのが面倒になり「従者」と言ってやった。
文官の調書に載せられるだけかと思えば、それがいつの間にか王宮中に広まっていた。尚樹は「ある事情」もあって訂正したかったのだがやり難くなった。
「なるほど」
とオルドは事情を理解した。
「実際はどういうご関係なんですか?」
「竜也と? ただの学友。遠縁でもある」
尚樹は簡単に答えた。初めからそう言っておけば良かったと思った。
「ご学友ですか。お二人とも学生だったんですか」
「うん、高等部のね」
「高等部ということは、けっこう裕福なご家庭なんですね?」
この国で高等部の学校に通えるのは、貴族と富裕層くらいだ。
「そうだね。竜也のお父さんは従業員が三百人くらいいる会社、つまり商会の社長だった」
「おぉ、豪商ではないですか」
「大店のご令息ですな」
周りの騎士たちも声をあげた。
「そうだね」
「遠縁ということは、救世主殿も?」
「いや、うちの両親は教師だった。父は中等部の教師で母は塾だけど」
「知識層ですか」
「俺は両親の頭脳は受け継がなかったけどさ」
尚樹が笑いながら答えると、ルディが「んなことはない、ルデリアヌ王国の言葉をぺらぺら喋ってるじゃないか」と尚樹の頭をがしがし撫でた。
「いや、それは、別に」
尚樹が照れた。
「デカい魔導飛行機で外国に飛ぶというのは、どれくらいデカいものですか」
「そんとき乗ったのは百五十人乗りくらいの小さめのやつだった」
尚樹がなんてことないように答えると、周りがざわめいた。
「す、すごいですね」
オルドはさすがにうろたえた。
「いや、だって、あっちの世界には便利なエネルギー源があったからさ」
尚樹が苦笑する。
「そ、その、ナオキ殿の国は大きかったんですか」
「人口は、一億二千万だったな」
「ちょ、超大国」
さらに酒場がざわめいた。
オルドは「ちょっと面白い記事になりそうだ」と思いながら、尚樹から色々聞き出しておいた。
結局、ルデリアヌ日報は、尚樹との約束の記事は「救世主殿の秘話」と題して、別の特集を組んだ。神器盗難事件に関しては事実を淡淡と記すことにした。
まずは、神器が最後にあることを確認された出立式の日のこと。エルジナ王女と宰相が幾度か護宝殿を訪れていたこと。神器の盗難が発覚した日のこと。それらを時系列にしたがい、起こった事実を記した。
さらに、護宝殿の鍵が三つしかないこと、保管室の扉を開けることができて、ひと月の間に来ることができた人物は「二人しかいない」ことを記した。
その記事が出た明くる日は「世界の盗人」と題して古今東西の盗人の手口を紹介。暗示魔法という魔法があり、その技を使った詐欺や窃盗事件を書き記した。
前日の記事との合わせ技で、神器の盗難事件の謎はまるで解けたかのごとく仮説を立てられるようにした。
おかげで、二つの記事が出たあとは、ルデリアヌ王国中の乳幼児を除いた全員が、事件の真相を掴めた気分になっていた。
問題は動機だが、それも王都に真しやかに流れた噂で推測できた。
国王は病床にありながらも、長らく退位しようとはしなかった。身近な者に「エルジナにはまだ無理だ」と言い続けていた。
王はエルジナ王女が「信頼できる夫を得るまでは退位しない」つもりだったという。
だが、今回の事件で国王は引責による退位を表明した。
エルジナはおかげで、王位に就くことができた。
それが動機か、と誰もが思った。
◇◇◇
二か月後。
国王の退位とエルジナ王女の即位は速やかに行われた。
国王は病床のまま、手続きがなされた。
「西の離宮に引きこもる」と表明した国王は、エルジナが即位した十日後には早くも出立することになった。急いだのは、国王が署名できるうちに手続きをすれば、何かと都合が良いからだった。
もう一つの理由は「まだ動けるうちに思い出の離宮に行きたい」と国王が望んだからだという。叔父のセイン殿下も一緒だった。
ダラスたちが出立したのち、王宮ではエルジナ女王と護衛、文官たち一行が救世主尚樹の部屋を訪れていた。
尚樹はエルジナに「あなたと結婚してあげますわ。王配になっていただきます」と告げられ、
「は? 結婚する気なんか毛頭ないんだけど?」
と素で答えてしまった。
「なんと、仰いました?」
エルジナは尚樹の反応がよほど予想外だったのか、息も荒く凄んで尋ねた。
第一王女から女王となったエルジナは、すぐにも手続きを終わらせるつもりでいた。自分の求心力が地の底を抉るまで落ちている今、救世主との婚姻は死活問題だった。
そのため、護衛やお側付きの侍女の他に側近や法務部の文官まで幾人も従えていた。おかげで女王が振られるという場面を十人以上もの人間に目撃された。
「いや、あり得ないでしょ。女王様、あなた俺のことミジンコほども好きじゃないでしょ。もちろん俺も同じだけど。俺は恋愛結婚する予定だから」
「そんなワガママは許せませんわ。王配にならないのでしたら連弩はもう貸し出しできませんわね」
エルジナは威嚇する狼のごとく眉間に皺を寄らせて冷笑するという器用な表情を浮かべた。「ミジンコ」がなにかわからなかったが、ろくな言葉ではないと察した。
「そりゃかまわないけど? ブーゲルニ共和国では、すげぇ使いやすい連弩が開発されてるって、ブーゲルニから来た商人が言ってたし」
「我が国の神器と素人が作ったガラクタを比べるとは! 不敬であろう!」
エルジナは怒りに頬を染めた。
「は? ガラクタじゃねぇし。職人が作ったプロ仕様の連弩だし。いちいちあの保管室に取りに行くのも大変だし。それに、俺、給料もらってなかったし」
あの事件以来、騎士団長と近衛隊長は保管室を開けられなくされていた。事件とは関係のない二人に対するこの嫌がらせに、尚樹は心底うんざりしていた。
「なんですの? お金が欲しいって話? 幾ら欲しいんですの」
エルジナが軽蔑したように笑った。
「俺さ、さんざん魔獣の討伐したけど、訓練だからって誤魔化されて無給だったんだよな。命かけてるのにさ。狩人たちに『ただ働き?』って驚かれたよ。騎士団長は、俺に給料を渡せるように騎士団の事務局に掛け合ってくれたんだけど、『勝手に救世主様を騎士団所属にはできません』って断られて終わりだって」
「あ、当たり前でしょう」
「何が当たり前なんだか。とにかく俺、どこにも所属してないし。自由なんだよな。国王陛下にこの間の遠征のあと資金もらったから、ちょっと出ようかと思って」
「ど、どこに!」
「まぁ、これからゆっくり決めるよ。心配しないで」
尚樹はにこりと笑った。
ゆっくりするつもりなど毛頭なかった。もう荷造りは終わっている。
騎士団の皆と急に別れるのは辛いから、とりあえず狩人になって、こっそり手伝いながら旅に出る予定だ。
とっくに決めたことだが、引き留められたら困るから言わない。
エルジナたちが出ていったら、即行で窓から逃げる。
尚樹は身体強化は得意だ。それに、さんざん訓練しているうちに、救世主特権のおかげか魔力が爆上がりしている。
もう誰にも止められない。
(傲慢女と結婚なんて、あり得ないって!)
尚樹が行方不明と大騒ぎになったのは、明くる朝のことだった。
お読みいただきありがとうございました。
あと一話、もう少し仕上げがありまして。明日の夜に完結いたします。
(^^)/よろしくお願いいたします。




