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四 魔法




 早朝に王宮を出ると町の様子を眺めながら大通りを歩いた。王宮の近くだけあって瀟洒な邸宅が多い。この辺では、怪しい身分証しかない竜也の働き口などないだろう。

 やがて立派な屋敷だらけだったのが綺麗な店が建ち並ぶようになった。日本で言えば、麻布の高級住宅街から、銀座の並木通りに出たみたいな感じか。脇道に入るのは治安的に不安だったので、ひたすら大通りを歩き続けた。

 まずは職業斡旋所に行く予定だった。職業斡旋所のことはミゼルから聞いていた。子供の小遣い稼ぎから大店の店員まで様々にあるようです、と彼は言っていた。

 狩人傭兵協会というところで薬草摘みなどの仕事をもらえることもあるらしい。

 王宮の自室では、密かに魔法の練習もしてみた。魔法が使えればこの過酷そうな世界でも生きやすいだろうと、かなり必死にやったのだが残念ながら出来なかった。

 魔法という単語を学んだときに、魔法の本を借りられないか訊いてみたが、「そこまで貴重な本は貸し出しできないそうです」と貸して貰えなかった。ケチ臭いと思ったのはここだけの話だ。

 コツがわかれば使えたのかもしれないが、ラノベで読んだあやふやな知識では駄目だった。そもそも、竜也に魔力や才能があるのかも不明だ。魔法に関しては今後の課題だ。まだ諦めたくはない。

 町の様子がさらに庶民的になった辺りで止まった。すでに太陽は真上に来ていた。

 雑貨屋のような店先で、店員に職業斡旋所の場所を尋ねて向かう。

 この辺の通りは日本の下町を思わせた。雑多な店が混じってあるところは商店街に似ている。道路はアスファルトではなく石畳で、電柱も電線もないが。

 職業斡旋所は煉瓦造りの二階建てで古そうな建物だった。両開きの扉を開けて入る。

(うわ、人が多い)

 雑然としている。色んな匂いもする。王宮は無臭だったので、気圧される。黒髪が目立つのか、ちらちらとこちらに視線を寄越す者がいた。そういえば、ここまで歩いてくる間、黒髪は見なかった。ミゼルに訊いておけば良かった。

 生まれて始めての職探しだった。叔父の洗車を手伝って小遣いをもらうくらいしかしていない。高校はバイト禁止だった。村山家は昔より傾いているとはいえ、小遣いは困らないだけもらっていた。

 様子を見ていると、皆、募集中の仕事の票が貼られた壁を眺め、貼られた紙を剥がして受付に行くらしい。

(が、頑張らないと。ここで突っ立てても生きていけない)

 雑多な人混みに分け入る。少々汚れた子供らもいる。

 壁の紙切れを眺めた。周りの会話を聞いていると、子供たちは依頼票の絵でどんな仕事か判断するらしい。字が読めないような子が仕事を探しに来ていると思うと不憫だが、元気が良いし顔つきは生意気そうだし、単なる小遣い稼ぎかもしれない。

 住み込みの使用人や食堂の給仕、料理人、仕立屋、色々とあった。

 計算は出来る方なので経理の仕事を考えたが、経理が必要なところというとそれなりに良い商家などだろう。孤児院でもらえる程度の身分証で働けるとは思えない。紹介状もないのだ。

(楽器があれば奏者とかも良かったのにな。ここでも何か弦楽器くらいあるよな)

 本当はバイオリンの講師になりたかった。大学の進路は経済学部一択だったので、音大は不可だった。プロのオーケストラ奏者となるのは極小の狭き門ゆえに無理とわかっていた。

 竜也の腕前は、難易度が高めのコンクールで本選に一度行けたのが最高だった。今はせっかく自由だというのに、楽器を買う金がない。

(日本円で十万じゃ買えないよな。ピンキリのキリのやつなら買えるか。楽器屋を覗いてみようか。一句、浮かんだ。「城を出て 自由を得たが 金がない」)

 相変わらず下手だ。

(いいんだよ、川柳はフィーリングだ)

 使用人の求人を見ると、「要身分証」と書いてある。あの身分証で大丈夫か、にわかに不安になる。給金は一日銀貨二枚というのが多い。相場なのだろう。

 ミゼルの話では、中級の宿屋は一泊銀貨四枚ほどだ。銀貨二枚だと、日当四千円くらいだろうか。

(日当が安すぎだろ。中級の宿に泊まりながらだと大赤字だな。貯金どころじゃない。あまり安い宿だと防犯的に心配だし。やっぱ、住み込みがいいか)

 悩んだあげく料理屋の給仕の仕事を選んだ。住み込みも可、と書いてあったからだ。

 窓口に並ぶ人の列の後ろについた。

 給仕の仕事だと、せっかく覚えた文字が使えないのが少し残念だ。ここひと月の努力の結果、ずいぶん上手くなったのだ。

「高等部の学生くらいの文字は書けていますね」とミゼルは言っていた。

 言葉のなまりに関しては自分ではわからないが、あるらしい。

「少し外国人なまりのような気もします。そう酷くはないです」というミゼルの評価からすると綺麗に話せてはいない、ということだろう。

 つらつらと考えているうちに順番が来た。

 求人の紙を渡すと「身分証と斡旋履歴を」と、無表情の中年の男に無愛想に言われたので身分証を提示する。

「斡旋履歴というのは持ってません」

「ここは始めてか?」

「はい」

「では、犯罪歴がないか調べるから、こいつに触れろ」

 受付の男は、四角い台に乗せられた水晶のようなものを取り出してきた。

 竜也はよくわからないままにその水晶に触れた。

 とたん、背筋がぞわりとした。

 体の中心から何かが流れていき、それが指先から水晶に向かって溢れていくような感覚があった。痺れるような、静電気のような、あるいは熱くない熱のような妙な感じだ。

 ぴかりと水晶が金色に瞬く。

「魔力持ちか」

 と男が呟き、(え? 魔力持ち?)と竜也も胸中で呟く。

 竜也の後に並んでいる男が「うぉ」と変な声をあげたところを見ると、魔力持ちは少し珍しいのかもしれない。

 受付の男は、竜也が持ってきた求人票を見て眉を顰める。

「それなのに、給仕か?」

 魔力持ちなら他の仕事があるらしい。それは、おそらくこの国の、あるいはこの世界の常識なのかもしれない。

 訊きたいところだが、あまりにも常識外れな言動はしたくない。それでなくとも竜也は目立ってる。黒髪か、黒い瞳が目を引くのか。この斡旋所で見回した限りでも黒髪はいなかった。

 黒っぽい焦げ茶の髪とかは見たので、そこまで珍しくはないとは思うのだが黒目に関しては不明だ。

「こういう仕事も、経験になるかと」

 竜也は数秒ほど迷った末に苦しい言い訳をする。

「そう、か?」

 男は、なおもどこか訝しげな顔だ。

「ちなみに、この町で魔力持ちの仕事というと、どんなものがあるのかな」

 竜也は、さらに迷いながらも小声で尋ねた。

 男は「ああ、あんた、この町は始めてか?」と、納得がいったような顔になった。

 竜也は密かに安堵し、「そうなんだ」と頷く。

「じゃぁ、それなら、魔導士協会に行けば良いよ。この町の魔導士協会は、たぶん普通に魔力充填の仕事をさせてくれるはずだ。それなりの手数料もくれる」

「あぁそうか。ちなみに、その魔導士協会の場所は?」

「ここから大通りを東に四半時も歩けばある。で? この求人は要るのか? 止めるか?」

 男に尋ねられたが、給仕の仕事を手放すのはまだ惜しいような気がした。その「魔力充填」の仕事が上手く出来る自信などなかったからだ。

「魔導士協会に顔を出してからまた来て良いか? それまで保留にしたいんだが」

「うーん、まぁ、そういうことなら良いか。今日中に戻って来てくれるのなら取っておこう」

「頼みます」

 竜也は頭を下げて職業斡旋所を急ぎ後にした。

(無愛想だけれど親切な受付だったな)

 おかげで助かった。

 ミゼルも、ほんの少々だが親切だった。

(王女は傲慢そうだったが、こういう人たちばかりなら暮らしやすいのにな)

 歩いて四半時、というと十五分くらいだろう。

 竜也は歩きながら、先ほどの会話で引っかかったことを思い返していた。

 受付の男は、魔力持ちならもっと良い仕事がある、と思っているようだった。それが常識なんだろう。竜也が常識知らずだった。

 この町の魔力持ちは、魔導協会で魔力充填の仕事をするのが普通なのだ。

 だが、『他の町から来た者』にとっては知らないことだった。

(どうしてだ? つまり、他の町では違う場合もあるということだ。町によって魔導士協会は違うのか。統一されていないんだな)

 竜也は、彼の言っていたことを思い返した。

『この町の魔導士協会は、たぶん普通に魔力供給の仕事をさせてくれるはずだ』

『それなりの手数料もくれる』

(他の町ではそうでないところもある、と言いたげだったな。どういう風に違うんだろうか)

 彼は、「たぶん」「させてくれるはずだ」とも言っていた。

 はっきりとはわからない、ということだ。

(なんか、嫌な予感がする)

 魔導士協会という組織そのものがあまり評判が良くないのかもしれない。

(どうするかな。もっと調べてから行った方が良いかな)

 他にも気になることはあった。

 竜也は自分が魔力持ちであることを知らなかった。魔力があるような気がしなかった。

 だが、実際にはある。王宮では、魔法を試してみようとして上手くいかなかった。

(さっき水晶に触れたとき、変な感じだったな。なにかが体の中心から流れていくような感覚があった。あれが魔力なんだろう。あの水晶に触れる経験がなかったら気付けなかった)

 思い返していると、あの感覚は初めてじゃなかったと気付いた。

 召喚されたとき調べられたのだ。有無を言わせず、額に石状のものを押しつけられた。

(あの時も体温が吸い取られるような感じがあったな)

 同じものだったのかもしれないが、もっと強烈だった気がする。それに、今回とあのときとは竜也の体調が違う。通訳の魔法のおかげで頭はもやもやするし不快で必死に耐えていた。そこに、なんらの気遣いもなく石を押し当てられた。

 だから、抗った。

(たったそれだけだ。もしもあの石に魔力を測定する力があったなら、それなりに結果は出ただろうに)

 それとも、竜也の抵抗がそれほど測定に影響を与えたのだろうか。

(わからないな。とにかく、あの時は上手くいかなかったし、魔法は使えなかった)

 立ち止まり、自分の手を見た。

 先ほどの感覚を思い出し、掌にあの痺れるようなものを溢れさせてみる。

 気のせいか、掌がほわりと瞬く。

(いや、気のせいじゃない。ほんわか光った。なんで王宮にいたときは、さんざんやってみても出来なかったんだろう)

 なにか原因があるはずだ。

(あの「通訳」の魔法。今はどうなったんだろう。この国の言葉が喋れるようになってから、すっかり忘れてたな)

 通訳の魔法が原因のような気がした。ずっと不快だったからだ。

(それに、あれは完璧な通訳ではなかった)

 例えば竜也は、王宮の文官に「お前は不要だ。だが、当面の生活の面倒はみてやろう。それで良いな」と言われた。今思い返せば、たしかに、ルデリアヌ語でそのようなことを言われた。

 だが、頭に響いたのは少し違う。「オマエ、イラナイ。ダガ、イカス、テマ、カケテヤル。マンゾク、シロ」という感じだった。

(単語の意味が響いてきた、という風だったよな。あれは印象的な言葉だったから覚えてる)

 単語の羅列のような言葉は理解し難いので、竜也はそれを「お前は不要だ。だが、当面の生活の面倒はみてやろう。それで良いな」と解釈しておいたのだ。

 つまり、脳内で一手間かけていた。

 話し言葉としては不完全な通訳が頭に入ってきたので、一手間かけざるを得なかった、とも言える。それでも、ないよりはましだから不快でも受け入れたが、言葉を学ぶのに必死だったのはあの不快さから逃れるためもあった。

 凄い魔法ではある。おかげで、言語の習得が異様に早かった。あんな魔法を道具のように使う王宮の生活は贅沢なものだった。「オマケ」の自分もその恩恵にあずかった。

(でも、あの通訳の魔法が原因で魔法が使えないなんてあるかな? 尚樹は違ったわけだし。あるいは、部屋に細工がされていたのか)

 竜也が入れられていた部屋は地下牢というほどではないが、閉じ込めるための部屋みたいだった。

(いや、それはないか。通訳の魔法がかかっていたんだから)

 通訳の魔法の感覚はとうに消えている。

 竜也がルデリアヌ語を習得できたからか。あるいは、期限切れみたいなものか。それとも、誰かが魔法を解除したのか。

(わからない。説明が一つも無いんだから。尚樹になら説明があったのかもしれないけどな)

 異世界人の人権があるようでない。ミゼルのような使用人をつけてくれたのはありがたかったが。竜也のあつかいがいびつな気がする。いびつなのは、複数の思惑が働いていたからか。今更ながら、危ういところでなんとか生かされていた嫌な予感がして、背筋が寒くなる。

(やっぱりこの国は出たいな。金を貯めるか。なるべく貰った銀貨は使わないようにして、情報を集めて。国を出る方法を探って)

 それより当面の問題は、胡散臭そうな魔導士協会に行っても良いか否かだ。

(止めとくか)

 竜也は道を外れて薄暗い路地に入ると再び掌に魔力を集めてみた。先ほどよりも簡単にできた。やはり掌がほんのりと輝く。路地が暗いのでよくわかる。

 何度も繰り返した。仕舞いに掌に光を点すイメージを浮かべてみた。

 ぽわっと、手が輝いた。

(使える! 使えるのか。本物の魔法だ)

 何度も何度も、掌を瞬かせた。

 それから、竜也は魔導士協会の場所だけ確かめると、中には入らずに職業斡旋所に戻ることにした。





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