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三十九 ある記者の推理?

いつもありがとうございます!




 東の魔の森へ遠征に行き、土竜を倒した。雷鹿も倒した。鋼熊も倒した。鋼熊は、固くて危険な魔獣だった。団の騎士が犠牲になった。仲間が殺され、悔しくて、怒りで脳の血管が根こそぎ焼き切れたかと思った。

 でも、周りのみんなが必死に防御結界を張り、鉄の矢を射る姿を見て冷静になった。

(泣くのは後でできる)

 腕輪の精霊石が、「屠れ」と命じた気がした。

 尚樹は魔力を込められるだけ込めて連弩を連発し、鋼熊の目玉に何本もの矢を見舞ってやった。十頭は倒した。

 団の皆と肉を食った。美味だった。魔力回復薬代わりになる絶品の肉だという。他の奴らにはやらない。騎士団で残らず食べた。

 これは秘密だ。

 王都に帰還して凱旋をし町中で歓迎され、さすがに疲れ気味だがやりきった気分で神器の保管室に行くと、四つの神器が消えていた。


 遠征中、尚樹の警護を担当してくれたキリム隊長には、なにも過誤はない。

 責任もないとは言えないのかもしれないが、少なくともキリム隊長はできる限りのことをしたのだ。それは、捜査の調書を見せて貰った尚樹にもわかる。文字は読めないが、団長自らが読んでくれた。文字の練習もしようと思ったのはここだけの話だ。

 国王は話のわかる人だと思う。国王の言葉にすべてが網羅されていた。

 だから、国王の言うとおりにすべきだと思った。でも、そう単純な話ではないのだろう。

 尚樹が酒場で悶悶としていると、声をかけられた。赤毛に灰色の目をした知らない男だ。チンピラ風の顔つきのわりに身なりはきちんとしていた。

 周りの騎士たちがちらりと警戒の目を向ける。騎士たちの知り合いでもないらしい。

「ルデリアヌ日報の記者です。オルドと申します」

 男は胡散臭い笑みを浮かべた。

「あぁ、日報のやつ」

 とルディたちは緊張を解いた。どうやら、見た目ほど悪人ではなさそうだ。

「神器が無くなったでしょ? だから、その記事を載せたくてね。内部の人からみた情報を集めてるとこ」

「文官どもの知り合いはたっぷりいるだろ」

 ルディが嫌そうに手を振った。

「もちろん、いますけどね。騎士たちは町の皆から尊敬されてるから記事は注目されるんですよ。売り上げが違う。話せる範囲でいいから。酒、奢りますよ」

「みんなの分も?」

 尚樹が試しに訊いてみた。

「ナオキ、こういう大人と話しちゃだめだ」

 ルディがまた子供扱いをする。半分は冗談らしいが、半分は本気の目だ。尚樹は、自分が救世主であることを除いても大事にされていることは感じていた。

(うちの団は、家族的っぽいとこあるからなぁ)

 甘いところではない。きっちり指導しないと死ぬから訓練は厳しいし、上下関係にもうるさい。でも仲間意識は強いと思う。

「新聞ってさ、あることないこと書いて誰かを傷つけたり、世論を誘導したりするだろ」

「はぁ? それはどこの悪徳新聞かな? うちは少なくとも、調べて本当と思ったことしか載せませんよ」

 オルドが不本意だ、と言いたげな顔だ。

「そうだな、ルデリアヌ日報はかなりいい記事書いてるぜ。ちょっとは調べてるみたいだし、評判は悪くないな」

 ルディが頷いた。

(悪い新聞じゃないんだな)

 尚樹はいかにも悪人風のオルドをちらりと見直す。顔で損しているタイプかもしれない。記者に向いているのか? は余計なお世話だから言わないが。

「なんです、その微妙な褒め方。ちょっとじゃないですからね、時間と人手をかけてしっかり調べてますから」

「そうなんだ」

「で、神器の盗まれた件ですが、そのとき、騎士団と尚樹殿は留守でしたよね」

「うん、そう。っていうか、王宮の広報部が情報開示したんじゃなかった?」

「されましたね。ですが、一方的に開示されただけで、こちらの質問に答えられたわけじゃないですからね。あの神器が盗まれた時期も『救世主殿が遠征前に連弩を取りに行ったときには神器は全てあり、帰還されて連弩を戻そうとされたときには無くなっていた』という書き方でしたから。そのものずばり、『騎士団の留守中に盗まれた』とは書いてないわけです」

「ふうん。まぁ、でも、どう読み取っても騎士団の留守中になくなってるんだけどさ」

「遠征前に連弩を取り出したときは、保管室はどんな風でしたか」

「いつも通りとしか言い様がないよ。あの時はいつも訓練で取りに行くときと違って、人がたくさんいたけど。エルジナ王女とか、陛下とか、宰相もいた。保管室の扉は王女殿下が開けた。連弩を手に取って俺に渡してくれたのも殿下だった。そのときに、神器が置かれた台もみんなで見ているからね。四つとも神器は確かにあったよ」

「それから部屋から出るときは、どんな風でしたか」

「陛下と近衛隊長と、騎士団長が最初。三人とも一番戸口付近にいたからね。団長と隊長は、陛下の魔導椅子にずっと付いていたし。それからエルジナ王女が出て、俺が出て、最後に宰相が出て扉を閉めてた」

「ふむ。最後は宰相だったと。それではもしも、あくまで『もしも』ですが。宰相閣下が、皆が後ろを向いている隙に神器を空間魔法機能付きの袋に入れてしまうことも出来たわけですね」

 オルドがにこやかにとんでもない発言をした。

 騎士たちが言葉もなく目を剥く。

「うんまぁ、可能性としてはなくもないけど。俺が気付きそうだけどね。なんとも言えない。そのときには、神器が盗まれるなんて思ってなかったし」

「ご託宣で盗まれると言われていたのにですか。そもそもナオキ殿はそのための救世主ですよね」

「ご託宣から何か月経つと思う? もうみんな忘れてたんだよ。そうでなきゃ、俺を神器の保管室から離して東に遠征させると思う? もう油断しまくって警戒してなかったんだろ」

「ナオキ殿がいれば、神器は守れたと思いますか」

「思わないけどさ。あんまり見事に盗んでるから。でも、少なくとも、いつ盗まれたかはわかったよ。俺は、毎日連弩の訓練してたから。朝も昼も午後も。夜間に盗まれたんだとしても、明くる早朝には盗まれたってわかったはず」

「なるほど。そういう状況ですと、犯人も盗めなかったかもしれませんね」

「かもね。盗むのは大変だったと思うし」

「どうやって盗んだか、推測はできませんか」

「ずっと考えてたんだけど、盗めそうな人は限られててさ。まず、護宝殿に入るのが大変だろ。あの建物はやたら堅牢な上に結界が張ってある。おまけに、魔力探知の魔導具がびっしり設置されてた。だから、魔法が使えないんだよ。鍵がないと入れないわけさ。出入り口以外に入れる方法なんて、まずないだろ」

「魔力探知が邪魔ですね、転移魔法って手がありそうですが。魔力を使うから無理でしょう」

「あぁ、それは皆が言ってたよ、だからキリム隊長は魔力探知の魔導具を置いたんだから。もしも探知の魔導具を反応させたら、近衛の本部にわかるようになってたんだからね」

「ふうむ。鍵は限られた人しか持ってませんしね」

 オルドはメモ帳に視線を落とし独り言のように言う。

「そう。鍵は三本きり。エルジナ王女殿下と宰相閣下と近衛本部。キリム隊長は留守だったから、近衛の副隊長になるのか。でも、護宝殿に入れたとしても、副隊長には保管室を開けられない」

「騎士団長と近衛隊長と、王族の方と、宰相閣下しか開けられないわけですからね」

「うん。騎士団長と近衛隊長はずっと留守だったから無理だし」

「そうですね、こっそり王都に戻るとかも無理でしょうから。隊長は陛下の魔剣を使って活躍しておられましたからねぇ」

「だね」

 オルドは何かを言いかけて口をつぐむ。

 陛下とセイン殿下は病床の身だ。消去法で残るのは、エルジナ殿下と宰相しかいない。

「では、遠征から戻られて神器が盗まれていたのを発見されたのはどういう経緯でしたか」

 オルドは無理矢理、話題を変えた。

「経緯もなにも。ごく簡単だよ。エルジナ王女が保管室の鍵を解除したんだ。その隣には宰相がいて、解除された扉を開けたのは宰相だった。それきり、二人でじっとして動かないから、他のみんなは中に入れなかったし見えなかった。そのうち宰相がうろたえ始めて、キリム隊長が室内を覗いてようやく神器がなくなってるってわかった」

「そうでしたか。第一発見者は宰相閣下と殿下ですか」

「うん、そう」

「そうなると、どうやら、保管室から連弩を取り出したり仕舞ったりするときのどさくさで盗むのはちょっと難しそうですね」

 オルドが考え込みながら推測を述べた。

「ちょっと、かい?」

 ルディが苦笑しながら口を挟む。

「暗示系の魔法を駆使するという手がありますがねぇ」

 オルドは意味ありげににたりと笑う。

「じゃぁ、俺もそれに引っかかったことになるけど?」

 尚樹は眉間に皺を寄せ渋顔になった。

「下手したら陛下もですからねぇ、その時の位置関係によりますけど。だから、ちょっと難しいんです。他のタイミングですと、近衛たちの協力が要るわけですよ。でも、近衛たちはこの度、かなり厳しい事情聴取を受けたうえで無罪放免となっています。真偽判定と自白剤を使って調べられたら隠し事は出来ません」

「うん。陛下も近衛の失態はないって声明を出してたよね」

 陛下の声明文は新聞にも大々的に載せられた。

『近衛は出来うる限りの警備に努め、誰一人職務を怠ること無く、なんら過誤はない。それでも神器は失われた。その原因は我が国の技術力が足りなかったためであり、防ぐには国力が足りなかったということだ。責任は近衛にはない』

 厳しい取り調べを受けた近衛たちは、きっと安堵しただろうという内容だった。

 声明文の最後には、『救世主殿は、事件当時、東の領主たちの要請に応じて一か月におよぶ討伐任務に就かれていた』と、さらりと尚樹のことにも触れられていた。若干、「東の領主のせい」と取れる気もするが、尚樹は少しも気にならなかった。

「ええ、そうです」

 と、陛下の声明文を載せたであろう新聞の記者は頷いた。

 尚樹は、近衛たちが自分に冷淡な態度だった理由を今は理解していた。護宝殿の警備は、衛兵ではなく近衛が担当だからだ。尚樹たちに対する「お前など要らない」という近衛のプライドだったのだろう。

 召喚時のころを思い出すと近衛に良い印象はないが、キリム隊長は立派な人だ。近衛に冤罪がかけられずに済んだのは良かったと思う。

(キリム隊長は恩人だし)

 キリムが尚樹に神器の保管室を見学させてくれたので、連弩が使えるとわかった。エルジナなどは「部外者に見せる必要はない」と言っていた。

 尚樹はなぜか妙に連弩に惹かれて、つい触れた。

(ロケットランチャーも格好良かったのにな)

 その頃は魔力の制御が不慣れで漏れていたために、尚樹の魔力に連弩が反応した。神器がほわりと瞬き、カチリと安全装置が外れた。それが尚樹にとってターニングポイントであり、救世主としての本当の始まりだった。

「でも、エルジナ殿下は、今でも近衛たちを疑ってるみたいですけどねぇ」

 オルドはそんなことを言う。

「嘘だろ、いつの話さ?」

「つい二日前の夜会でも、『近衛が手引きをしたのなら防げない』という意味の発言を繰り返したそうですよ」

「はぁ?」

 馬鹿なの? という言葉はなんとか飲み込んだ。

 周りの騎士らを見ても、「馬鹿なの?」という顔をしている。

「おかげで、殿下に対する貴族家の支持は急速に消えているみたいです」

「近衛の騎士たちは貴族家の出だから?」

「そうです。なにしろ、盗まれた日がわかりませんから。一か月間のうちのいつ盗まれたものやら。そうなると、警備を担当した近衛は、遠征についていった分隊以外はほぼ全員です、副隊長クラスの者以外は皆、『手引きした』と言われたわけです。近衛は花形ですから。高位貴族の子息がごろごろいます」

「そっかー」

 尚樹は棒読みで相槌を打った。

「そもそも、近衛が協力したとしても、保管室の扉はとてつもなく頑丈ですよね」

「うん、無理。でもさ、その『暗示の魔法』ってのを、宰相にかける手もあるよね?」

「いや、でも、宰相が護宝殿に行ったら目立つでしょう。近衛が覚えているはずですよね?」

 オルドが首を傾げる。

「まぁそうだね。近衛どころか、そこらの文官も覚えてるよ。宰相はちょくちょく護宝殿に行ってるから」

「は? それはどういう?」

 オルドの目が丸く見開かれた。

「そのままの意味だよ。神器が盗まれたとされてる一か月の間に宰相とエルジナ殿下と、二人ともちょくちょく行ってた」

「はぁぁ?」

「なんで驚く? 知らなかった?」

 尚樹は新聞記者ともあろうものが知らなかったことに驚く。

「知りませんよ、そんな内部情報!」

 オルドが興奮気味に声を上げた。

「別に秘密じゃないよ、議会でもちらっと出てきた情報だし。調べてみればいいよ、文官とか侍従さんとか、知ってる人はたくさんいるから。護宝殿は、神器の保管室があるだけじゃないからね。資料室みたいな部屋と宝物庫があるから。だから、宰相と殿下が用事があって出入りしても普通だろ」

「いやでも、この非常時ですよ」

「宰相たちが出入りしたときは騒ぎの前だったからさ。確かに、今思えば神器が盗まれていた最中の可能性があるとしても」

「そうですよ。例えば宰相が、神器の保管室で立ち番をしている近衛に『出入り口付近で不審な音を聞いた』と暗示を仕掛けたとします。声に暗示を潜ませるんです。『数分間、不審な音を確かめるべきだ』という暗示をね。そうしたら、宰相は、神器を盗む時間を作れますよ。空間魔法付きの袋に神器を入れるなんて、ものの数十秒で済みますからね」

 オルドは「宰相が」と強調したが、「殿下が」という言葉に置き換えても通じることは誰もが理解した。

「でもさ、近衛は事情聴取を受けて、それでも犯人はわからなかったんだけど?」

「不審者はいなかったって結論でしょう? 宰相は不審者じゃありませんよ。だからじゃないですか?」

「えー。まさか、そんな単純な絡繰り?」

 尚樹は苦笑した。

 周りの騎士たちは『謎が解けたな』と思った。



ありがとうございました。今日は二話、投稿します。

また夜に投稿いたします。

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