三十七 国王の退位
今日、一話目の投稿です。
一か月後、臨時議会が招集された。
事件の犯人は捕まっておらず、手口もわからない。神器の行方もわからないまま、議会は紛糾した。どこに責任を持っていけば良いのかで意見は割れた。
その様子を、病床の国王は寝室で聞いていた。
ロヴィが議会と国王の寝室を繋げる通信の魔導具を用意したので、休んだ状態で議会に参加していた。水晶型の魔導具で、議会の様子を見ることもできた。
こちらの声も向こうに聞こえるためか、国王はじっと押し黙っていた。
一方、セインの寝室にもこっそりと通信の魔導具が持ち込まれ、音だけは聞くことができていた。ロヴィはさすが優秀な上に気遣いもできる侍従だった。
「さっきから、堂々巡りばかりだな」
セインがつまらなそうにぼやく。
「エルジナの声がキンキンしてうるさい」
ユリシスが本気で嫌そうにしている。
竜也もそれは思ったが、さすがに口には出さなかった。救世主の尚樹も出席しているらしいが、彼の声が聞こえることはなかった。
国王の寝室なら尚樹の様子が見られるのだが、この長時間におよぶ議会の間、無言でじっとしているのも退屈だ。国王のところにある通信の魔導具は、映像に関しては一方通行で国王の姿が向こうに送られることはないが、こちらの音声は高精度で伝わるという。
再び、エルジナの声が響いた。
『警備責任者の近衛隊長を更迭し、それ相応の処罰を与えるべきです』
この主張は、言い方を変えながら何度も繰り返された。宰相も、エルジナよりは控えめながらも同じ趣旨の意見を述べている。
ただし、賛同する意見は少ない。近衛たちは取り調べを受け、落ち度が見つからなかったからだ。真偽判定の魔導具も使い、念入りに事情聴取を受けたが誰一人、職務を怠った者はいなかった。近衛隊長キリムの警備方針も万全だった。
考えられる限りの警備を行い、部下たちはそれを忠実に遂行し、保管室を守った。それなのに神器は消えてなくなり、その方法もわからない。
「なにが悪かったのか」が、一つもわからない。
国王は、通信の魔導具が置かれた卓をダンっと拳で叩いた。
会議室中の視線が机上に置かれた魔導具に注がれ、吐息も聞こえぬほどに静まり返った。
「暗愚な者は上に立つ権利はない」
国王は低い声で呟いた。
その声は、セインの寝室に置かれた通信の魔導具からも聞こえてきた。
「職務怠慢が僅かでもあれば、あるいは、警備の穴が一つでも見つかれば、そこを指摘し『責任を取れ』と言えるかもしれない。だが、万全を期して職務を全うし失態のない者を権柄ずくで裁くことはまかりならん」
『で、ですが、実際に神器は消えたのです』
エルジナがさらに言いつのる。
「近衛は人間ができる最高の警備をした。これ以上はないという警備だ。現場の近衛たちは任務を遂行した。それでもことが起きたのなら、為政者の長が責任を取るべきであろう。私は王位を退く。退位した王へ与えられる金は全額これから困難が待つ国の民へ還元してほしい。他の者にまで責任を追及することは許さん」
国王は言い切ると、「議長、議決しろ」と命じた。
国王の案は賛成多数で議決され、国王が責任を取る形で退位し、収拾が図られた。
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国王が内心、大喜びで退位後の趣味三昧の生活を妄想していたなど、議会の誰も想像さえしていなかった。
それから三か月後。
たった三か月のスピード退位となったのは、陛下が亡くなってしまう前に書類類いにすべて署名してもらおうと大急ぎになったからだ。
今にも死にそうと言われている国王が内心、嬉々として元気に署名していたことなど焦っている文官や侍従たちは気付かなかった。
国王とセイン殿下は西の地へと旅だった。
多くの引退した騎士たちや国王やセインを慕う者たちを引き連れて。
その列の中には侍女と侍従姿のユリシスと竜也の姿もあった。
ありがとうございました。
また夕方に投稿いたします。よろしくお願いします。




