三十六 発覚
今日は二話、投稿しています。こちらは二話目になります。
竜也とユリシスは護宝殿を遠目に見守りながら様子を窺っていた。
今後の予想は、おおよそ二つ。
神器の紛失を隠そうとするか、あるいは、すぐに公にするか。
宰相は、自分が宰相を務めている間に大きな失態は起こってほしくないだろう。公になる前に事件解決を目論むはずだ。
だが、宰相以外の者はそんな彼の目論見など知ったことではない。近衛の隊長たちは公にし本格的に捜査しようとするはずだ。秘密にするという枷があると捜査がやりにくいからだ。
国王はそれを望んでいる。
これからの流れは国王とエルジナの言葉で決まるだろう。特に、病床の国王よりも力を持ちつつあるエルジナの決定が重い。下手したらそれで方針が左右する。
ユリシスとダラス、それにセインは同じ予想を立てていた。
「エルジナは大騒ぎをして犯人を捜す」
竜也は事件を隠して捜査する可能性もどちらもあり得そうで判断がつかなかったが、三人が揃ってそういうのだからそうなのだろう。
(前回の賭けのときも、第一王女は不機嫌が顔に出まくってたしな)
エルジナは取り澄ました王女という印象だったが案外、彼女は感情的なのかもしれない。
広場が閑散としてしばらくすると、護宝殿のほうから人声がし始めた。
(お、始まった?)
護宝殿から走り出るように姿を見せたのはエルジナだった。姫らしくない歩きだ。段差を駆け下り式典用衣装の長めの裾が翻ってふくらはぎがしっかり見えた。
ユリシスが呆気にとられ、周りがざわめいている。
竜也は元の世界で太もも丸出しのスカート丈に見慣れているが、ここでは違う。庶民でもふくらはぎを隠す。侍女や女性文官たちの制服のスカートも足首より少し上くらいが基本だ。
ところが、王女が足を見せている。
(女性の生足、すんごい久しぶりに見た)
「リュウ!」
なぜかユリシスに怒られた。
「殿下、お待ちください」
宰相が焦って王女を追いかけている。
「何をのんびりしておる! 早く捜査の手配をしなさい!」
「それは、キリム殿が」
「捜査本部を立ち上げるのだ、王宮主導で!」
「王宮が、ですか?」
宰相は目を剥いて戸惑った。
王女のご乱心に近くを歩いていた者たちも目を剥いている。集まっていた部外者はおおよそ解散しているが、ここは公共の場だ。歩いている者がそれなりにいた。
「当たり前でしょう! 近衛が共犯の可能性があるのだから!」
「そ、それは」
二人は普通の話し声で会話をしていた。つまり、耳を澄ませば普通に聞こえた。
どうやらダラスたちの予想はど真ん中に的中したらしかった。
(こんなところでそんな話していいのかよ。近衛が聞いたらショックだろうな)
竜也はキリム近衛隊長のことを思った。ここひと月、面識はないが何度も名を聞いた。
宰相とエルジナが立ち話をしていると、護宝殿から国王たちが出てきた。
「エルジナ! なにを声高に騒いでいる。近衛を疑うような発言はやめなさい」
扉が開け放たれていたために会話が中まで聞こえていたらしい。キリムの表情が強ばっている。尚樹もだ。護宝殿から出てきた者で平気な顔の者などいなかった。
騒ぎを聞きつけて再び人が集まり始めた。
衛兵や文官の姿も見える。皆、戸惑っている。
「神器の保管室の警備は近衛の任務だったのにですか!」
エルジナが「神器の保管室」と言い放ったために「神器になにかあったのだ」と耳を澄ます皆の前で明らかにされた。
竜也は、エルジナの考え無しな言動に驚いた。
(すごいな、この王女)
色んな意味ですごい。王宮は引っかき回されることだろう。
「当たり前だ、保管室の鍵を開けられるものは近衛にはいない。少なくとも、ひと月前から今日まで近衛隊長は王都にはいなかったのだぞ」
国王の声が凜として響く。
エルジナは息が詰まったように黙り込んだが、すぐに吹き返した。
「そんなものは、どうとでもなります!」
「どうなるというのだ」
と王は言い返したところでぐらりと上体を揺らし、魔導椅子から転げ落ちた。
「陛下!」
「陛下! 誰か、治癒師を!」
「陛下」
にわかに騒然となり、幾人かが駆け出した。治癒師を呼びにいったのだろう。
ユリシスが走り寄ろうとしたのを、竜也は腕を掴んで止めた。
「きっと貧血だよ。心配ない。エルジナが陛下を苛立たせたからだろう。落ち着いて」
竜也が声をかけると、ユリシスは深く息を吐いて荒ぶる気持ちを落ち着かせた。
視線を戻すと、ロヴィと護衛の騎士が国王の体をそっと横たえているところだった。陛下の服の裾が乱れ、爛れた右足が見えている。化粧で瘴気で爛れたように見せかけている足だ。
治癒師が駆けつけ、ちらりとその足に視線をやる。
ひと月前から、国王は「足に治癒を受けると痒みが出て辛い」と言い足を見せなくなっていた。治癒師は国王の言葉を覚えていたらしく、ただ傷ましい顔をするだけだった。気付いたロヴィがズボンを直して隠し、治癒師の男性は陛下の瞳孔や脈を診た。
「意識を失われているだけです。弱っておられるが、お体を休めれば回復される」
周りの皆の心配を収めるように治癒師はそれだけを告げ、近衛に指示して国王を運ぶ。侍従らも寄り添いながら王宮に向かった。
様子を見守っていた皆の表情はそれぞれだ。
昏く顔を歪めているものがほとんどだ。辛そうに目を背けている者もいる。
この日から「国王はもう長くないだろう」という噂が以前よりもさらに盛んに囁かれるようになった。
四種の神器が盗まれた事件は同日のうちに王都の隅々の町にまで知られ、王都を越えて遠い領地にまで伝わるのは驚くほど早かった。
ありがとうございました。
また明日、投稿いたします。




