三十五 騎士団の帰還
雨期の終わるころ、尚樹と騎士団は帰還した。
王都の人々は彼らを盛大に出迎えた。
救世主と騎士団の活躍は王都の新聞が詳細に報じていた。町は騎士団の凱旋に大いに盛り上がった。
(レイラは元気かなぁ)
多忙すぎて西の町食堂のことを思い出す暇もなかった。
これからルデリアヌ王国の東側は国難が続くだろう。
神子や聖女が死んだのは全員、東の領地でだ。今回の遠征でも、救世主の尚樹はともかく、騎士団を歓迎しろという王命に反してやはり平民の騎士たちは冷遇されていた。近衛の隊長は子爵家の出身だが、伯爵家である領主らは態度が悪かった。騎士団長は平民出身なのだから、なおさらだ。
少なくとも東の領主らが困ることに関して良心は痛まない。
(王国民の国内の移動は自由だ。バルタスの領主は、騎士団の団員たちが来るのは大歓迎って言ってたが。働き者の良民も歓迎してくれるかな)
セイン殿下を慕っている団員は多いという。特に、瘴気を体に溜め引退を考えている団員は、「一緒に西に行くか」と少し打診しただけでこぞって手を上げているらしい。
元セインの腹心たちが、セインの代わりに密かに彼らと接触してくれていた。
凱旋を終えた尚樹たちが王宮に到着した。
尚樹は頬を紅潮させて満面の笑みだ。かなり興奮気味な様子。
思えば、ただの高校生だった尚樹が魔獣の討伐を成し遂げ、国中から盛大に歓迎され帰還したのだから興奮するなというほうが無理だ。
(活躍してんなぁ)
関係ないのに、竜也までむずがゆくなる。同郷の者が活躍しているのだから、少しくらい誇らしく思ってもいいだろう。
そもそも、そこまで嫌う理由もない。尚樹には「ここで頑張れ」とエールを送りたい気分だ。
(俺は西に行くけどさ)
これから尚樹の連弩はますます重宝されるだろう。
(さぁ、仕上げだ)
出立式のときと同じ広場に、尚樹と騎士団は整列した。尚樹の警護についていた近衛の分隊も一緒だ。
国王が魔導椅子に乗り、凱旋する騎士団が到着するタイミングで動いた。
竜也がダラスの瘴気を払ってから一か月は経つが、国王の様子に変わりはないように見える。ダラスはまだ四十代前半という若さだが、痩せこけているために老けて見える。病み衰え、筋肉も脂肪も落ちている。一か月では戻らなかった。
瘴気を払ったので本当はもっと顔色は良いのだが、ユリシスが調達してきた煎じ薬で誤魔化した。貧血状態を作る薬だとか。かなりリアルに病人の顔になっている。
ときおりダラスがふらついているのもそのせいだ。毒ではないかとかなり不安だったのだが、ユリシスが「特に害はない」と言い張って、娘の勧めるものだからか、ダラスとセインは躊躇なく飲んでいた。
セインが同じ煎じ薬を飲んだのは、そろそろ治癒師の診察があるからだ。ダラスとセインの診察は数人の治癒師が担当していて、前回の診察はセイン曰く「あまり熱心でない奴」だからばれなかったが、今回は違う。セインも死んだような顔色になっているので、きっと誤魔化せるだろう。
「ご苦労だった。活躍は聞いている。これまでにない戦果だ。ルデリアヌ王国騎士団は我が国の誇りだ。皆には十分な褒美を取らす」
国王が頷いて合図をすると、ロヴィが部下を従えて白金貨の入った小袋を配り始めた。
財務の予備費を吐き出させたという。一人当たり庶民なら一年分の生活費に当たる額が入っている。給与とは別のボーナスだ。もう最後なので、財務部のご機嫌などどうでも良いらしい。小袋を覗いた騎士たちがどよめいている。
国王は上機嫌な顔を弱った病人の演技で隠さなければならないが、口角が僅かに上がっていた。
キリムとロダンが賜った魔剣を返却しようとしたが、それも国王は首を振った。
「もっとも相応しい二人に授けたのだ。家宝にでもするがいい」
と応え、これにも騎士団がどよめいた。
国防部の大臣も騎士たちを労い、歓迎式典が終わった。あとは、神器を保管室に戻すだけだ。
国王と大臣らが下がった後、護宝殿に向かう一行以外は解散となった。
式典に続いて救世主が連弩を返しに行くのも、もう一つの儀式みたいなものだ。
キリムとロダンが国王の左右に侍り、宰相とエルジナが先導する。尚樹は、国王の後ろに控えようとしたが、ダラスが「話を聞かせてくれ」と、斜め前を歩かせた。
国王が「東の魔の森に大物は出たか」と気さくに尋ね、「鋼熊と土竜が出ました」と尚樹が答えている。
宰相とエルジナは、わかりやすく不機嫌顔だ。
(さて、あの不機嫌顔がどう変化するかな)
竜也とユリシスは侍女の格好で中庭の隅にいた。他にも見学している王宮の使用人や文官の姿がちらほら見える。こういう式典があるときは仕事の合間に見に来ても咎められないという。
(目撃者は無数だ。良きかな、良きかな)
ついにんまりしてしまう。
護宝殿に移動するのは護衛も含めると十数人はいる。先頭は宰相で、第一王女が続き、救世主の尚樹はその次ぎだ。さすがの尚樹も若干、疲れの見える怠い足取りだ。最後尾となる護衛の後ろ姿が建物の中に見えなくなる。
保管室は一階入り口から入り、収蔵庫と警備控え室を通り過ぎ、角を曲がった先だ。
窓が一つもない建物なので伺い知ることもできないが、国王の魔導椅子は人が歩くスピードと変わらないので時間はかからない。先導する宰相とエルジナは国王のペースで歩いているはずだ。
一行はあの扉にそろそろ着くだろう。
◇◇◇
護宝殿内では、エルジナが保管室の鍵を解除していた。
尚樹が訓練で使うときは騎士団長がいつも開けていた扉だ。
宰相カレルは無表情で王女の後ろ姿を眺める。
「忙しい」と始終こぼしている第一王女だが、式典の類いには必ず出てくる。自分の存在感を知らしめたいのだろう。
鍵が解除されたのち、宰相が両開きの扉を開けた。
近衛に開けさせないのは、鍵を開ける許しを得ている者以外には扉に触れさせない、というのがこの保管室のルールのためだ。恐ろしく頑丈な扉だが重くはない。
国王は魔導椅子の速度調整をするレバーを握り、疲れた様子を見せた。
隣を歩く団長と近衛隊長が歩を止め、「操作を代わりましょうか」と近衛隊長のキリムが声を掛けた。
「いや、まだ大丈夫だ」
国王は背筋を伸ばし、遅れを取り戻すように魔導椅子を動かす。
けれどなぜか、先に部屋に入ったエルジナと宰相が無言で立ちすくんでいる。
後ろから続く尚樹と国王はその二人に阻まれている格好だ。
周りの近衛や侍従らが異変に気付く。訝しげに眉を顰める侍従と護衛たち。
それでも宰相とエルジナは動かない。
「どうしたのだ、エルジナ?」
国王が眉を顰めて問う。この顔ぶれの中で、第一王女と宰相に声をかけられるのは国王と救世主の尚樹くらいなものだろう。尚樹は連弩を抱えたまま戸惑っている。
だがエルジナと宰相は固まったままだ。
団長と近衛隊長が王に視線を寄越し、再度、宰相の背に不審の目を向ける。
「こ、これ、は、なんとした、ことか」
絞り出すような宰相の声。
「どうされたのです!」
キリムが声をあげ、尚樹とともに宰相とエルジナの間から中を覗き、息を呑んだ。
「神器は、どこへ?」
尚樹の言葉に周りがざわめいた。
「神器がどうしたのだ」
国王が魔導椅子を前に進めた。団長がすぐ後に続く。
「神器が、ないではないか」
国王の声が届く範囲の者が皆、一歩前に出た。
「調べなければならない、宰相! 現場保存です!」
キリムの険しい声に、ようやく宰相が動いた。
ありがとうございました。
また今日の夜に投稿いたします。よろしくお願いします。
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