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三十三 隠居準備




 尚樹たちは順調に遠征を続けていた。国王のもとにその報告が届く。

 騎士団長と近衛隊長の活躍が素晴らしい。強敵を一刀両断し、各地で領民たちから称賛されている。国王から下賜された魔剣を見事に使いこなしているようだ。

 ダラスらはにんまりと笑った。

 騎士団長と近衛隊長がこっそり戻ってきて神器を盗んだなどと、冗談でも言えないだろう。

 現在、王家の魔剣の魔力解除ができるのは、魔導研究所に勤務する魔導士長一人ということになっている。その魔導士長は毎日仕事に励んでいる。研究所は機密の宝庫だ。部外者は入れない。

 万が一、「魔導士長も替え玉だった」と宰相とエルジナが二人で言い張っても偽証で捕まるだけだ。


 ダラスとセインは、遠征している尚樹たちが帰ってくる前にやることがあった。状況によっては、二人は「死んだふり」をする予定だ。竜也の力を隠すのなら、ダラスとセインが生きながらえているのは不自然だ。その時期は状況をみて決めることになるが、そのための準備をする。

 国王が亡くなる準備は、実のところもう終わっていた。周りが勝手にやってくれていた。国王が今にも死にそうなのだから、やらないわけにはいかない。ダラスは、ただ色々なことを諦めてそれを受け入れるだけで良かった。

 だが、生きられるのなら、諦めないでやっておきたいことがある。

 ユリシスはそれを手伝いたい、と言う。

 父と娘のわだかまりは徐々に融解するように消えてゆき、竜也は「良かったなぁ」と微笑ましく思っていた。もう、自分にはこれ以上口を出す必要もないし、なんならフェードアウトしようか、とすら思っていた。

(甘かったな。ここまで来て巻き込まれないわけがない)

 竜也は、凄腕魔導士のダラスが作った魔導具の腕輪をそっと撫でた。

 ある日竜也は、にっこりと微笑むユリシスにこの腕輪をカチリと填められた。背後には、やはりにこやかなセインとダラスがいた。

 ダラスは「魔力制御」の魔導具を作ってくれた。そのおかげで、魔力の加減ができるようになった。加減というより、魔導具が勝手に魔力を制限してくれる。

 ダラスが急遽これを作ったのは、竜也に「常識の範囲内の治癒師」を装わせるためだった。

 賭けに一人負けした竜也は、断れるはずもない。

 今日は、セインに頼まれて一件のこぢんまりとした家を訪れていた。隣には変装をしたユリシスがいる。手にはセインが書いた紹介状。

 ここは、数年前に引退した元騎士団長の家だった。瘴気の病で引退した。彼はセインの腹心だった。

 王族であるセインは、慣例に従って、現役のころは副団長という位にいた。実際には、少数の分隊を率いて自由に魔獣を狩っていた。副団長の仕事はしていなかった。

 ルデリアヌ王国の王族は神器を使い一騎当千の狩人となる。求められるのは純粋にその戦力だ。本人は、騎士団を采配するような仕事は面倒なのでやりたがらないケースが多い。そのため、名ばかりの副団長となり、森を駆け回る。面倒な仕事は団長や、他の副団長がやっていた。セインのフォローをしていたのが元団長たちだ。

 セインは竜也に事情を話した。

『俺は王族だから責任がある。だから、瘴気の森に行くのは覚悟の上だ。だが、家族のいる騎士たちには長生きしてほしかった。団長にもそう言ったし、奴も采配していた。なるべく、王都周りの瘴気の薄い森とか、盗賊が出る街道の見回りとか、そちらは少なくとも瘴気の心配は要らない。そっちの仕事を間に挟むんだ。でも、やっぱり溜まる』

 溜まる、というのは瘴気のことだ。そういうわけで、騎士らの引退は早い。彼らを助けてほしいと頼まれた。

 だが、竜也のことは極秘だ。知られると竜也は国に囲い込まれかねない。それに、セインとダラスのアリバイが崩れる。今は不味い。

 そのための「魔力制御」だった。竜也がポンコツだからだ。

 幾度かのノックののち、訝しげな顔の年配の男性がドアを開けた。

「どちらさまか」と尋ねられ、ユリシスがセインからの紹介状を差し出した。

「セイン殿下に頼まれた」

 ユリシスが言うと、男の顔が強ばった。

「しょ、少々、お待ちください」

 竜也とユリシスは玄関で待たされ、男の走る足音が遠ざかる。竜也はこっそり聴力を強化する。ユリシスも隣で似たようなことをやっている気配だ。

『で、殿下のお遣いの方が、これを』

 という声がし、『セイン殿が?』という訝しげな声が答えた。

 間もなく、男が再び姿を現し、竜也とユリシスは無事に中に通された。

 セイン殿下の紹介状に視線を落としたままの元騎士団長は、「セイン殿下はいかがか」と小さく呟いた。

 ラデクという名の彼は、庭先の揺り椅子に座っていた。膝に膝掛けが掛けられている。四季の気温の変化があまりないこの国では、鬱陶しい雨期と乾期が交互にくる。乾期といってもたまに小雨はふるので、「生温い乾期だな」と竜也は思っている。雨期のころは少し気温が低くなり、朝方などは冷える。病人には膝掛けが要るのだろう。

「セイン殿下は寝台からは起きられません」

 ユリシスが答えた。実際は違うが、対外的にはそうなっている。もう、先がないと。

「そうか。で、治癒をしてもらえるそうだな」

「はい。セイン殿下から頼まれました。少しでも楽になるように、とのことでした」

 竜也は答え、側にたつ使用人の男を振り返った。

「集中したいので、しばらく席を外してくれ」

 男はこくこくと頷き、すぐにテラス窓から室内に引き下がった。

 竜也はラデクの体に視線を移す。瘴気は体全体に靄のように纏い付いていた。セインとは症状が違う。セインとダラスの症状も違ったので、どうやら瘴気の病は、個々人によってだいぶ溜まり方が違うらしい。瘴気の色や濁り方も微妙に違う気がする。

(そういうのは、もっと慣れて熟練してくれば見極められるようになるかもな)

 とりあえず、先の話だ。

 竜也はそっと手に魔力を纏わせる。腕に取り付けられた制御の魔導具のために、ちょっと引っかかるような感じになる。おかげで、以前は魔法を放つときに「どばっ」と流れていた魔力が、ちょろちょろとした「蛇口細め」くらいの流れになる。

 そのちょろっとした魔力が指先からラデクの体に放たれると、竜也の魔力が触れたところだけ瘴気の靄が薄まった。

 ラデクの目が見開かれた。

「な、なるほど、体が楽になるのだな」

 心底感心した様子だ。

 竜也にしてみれば物足りないのだが、本人が満足ならまぁいいかとも思う。そのための魔力制御なのだし。

 感謝するラデクに、ユリシスはそっと囁いた。

「お力になれて良かったです。セイン殿下は、『ぜひガルダオの渓谷の思い出話でも語り合いたい』と仰ってました」

 ラデクの目が再度見開かれ、僅かに眉根が寄せられた。

「そうか。セイン殿下が。よくわかった」

 ラデクがにんまりと笑う。

 ガルダオの渓谷は、セインの元腹心たちにとっては隠語だ。

 セインの若かりし一時期、愚王が任命した騎士団長に騎士団の皆が苦労していた。無能な上に独善的で、有能な騎士が幾人も命を落とした。

 その頃、連弩で活躍していたローズ姫は、大事な部下を死なされ激怒していた。何年かのちに、愚王に隣国に嫁にやられてしまった姫だ。

 姫は我慢が限界を越え、同士たちと一計を案じた。団長を酔い潰し、魔の森に連れ込んだ。

 姫は連弩で団長の足を飛ばし動けなくしてから、その血の匂いで魔獣を集め始末した。

 件の現場がガルダオの渓谷だった。

 ガルダオの渓谷とは、本当にいざというときの合い言葉だ。「訳あり」「極秘」「慎重に対処を」などの意味をもつ。

 竜也とユリシスは、意味ありげに頷いて応えると、ラデクの家を後にした。

 これから、彼の家には再度訪れることになるだろう。

 セインとダラスは、間もなく引退して西に引きこもる。そのときに一緒に来る者を誘っている。

 竜也が訪れたのは、特に瘴気の症状が重く、家族とは死別したり離縁した者たちだ。セインがずっと案じていた。死んでも死にきれないと思うほどに。そんな元腹心は七人いる。

 ユリシスと竜也は、その日の午後にも他の家を訪れた。遠い家は泊まりがけの旅になった。

 最後の家は王都から離れていたために五日後になった。

 竜也はこの頃になると、瘴気を払うのにだいぶ慣れていた。瘴気の気配にも敏感になっている。家の前に着いたときから感じられるものがある。

 病人の状態によって違うのだ。酷い者の場合、家の外からわかる。

 この日は特に不穏なものを感じていた。その気配は、重く濁っていた。

 呼び鈴を鳴らすと女性がドアを開けた。初めての女性の登場だ。

 瘴気は弱い者や子供、華奢な女性などは余計に影響を及ぼす。ゆえに瘴気の病人の家には女性は少ない。魔力が高いと多少は瘴気をはね除ける力があるらしいが、それも完璧ではない。だから王族が短命なのだ。

「主人に用なの?」

 やたら警戒されている。

(警戒する理由があるんだろうなぁ)

 竜也はこれからの予感に胸が塞がれた。こういうこともあるだろうと思っていた。七人のうち一人だけだったのはむしろ少ないのかもしれない。でも最後まであってほしくなかった。

 ユリシスが「セイン殿下からのご依頼です」と愛想良く答え、幾らかの押問答ののち中に通された。

「元気そうだな」

 とユリシスが思わず声を漏らすほどに、彼は「普通」だった。記録にある元隊長の特徴と似た男ではある。

 竜也は、彼には治癒の真似事だけにしておいた。魔力の無駄遣いはしない。瘴気の症状がなくとも健康に良いものだろうとは思うが、彼らに施すつもりはない。

 ユリシスが告げた「ガルダオの渓谷」の合い言葉にも彼は無反応だった。

 家を出て充分に離れると、ユリシスのほうから声をかけられた。

「竜也、あの元隊長は瘴気の症状はなかったな」

「あの男は元隊長のヤクブ殿ではないな。恩賞詐欺の疑いがある。ヤクブ殿を探した方がいい」

 もう生きていないかもしれないけどな、という言葉は飲み込んだ。

 のちに、推測が当たっていたことがわかった。

 ヤクブ隊長は屋根裏部屋にいた。ミイラのようになって。ヤクブの弟夫婦は恩賞詐欺で裁かれた。

 セインの嘆きにダラスが応え、過酷な刑になった。



ありがとうございました。

また今日の夜にも投稿します。よろしくお願いします。

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