三十二 御宝殿にて
今日、二話目の投稿です。
ダラス、ユリシス、竜也の三人は最初の難関、御宝殿への侵入を果たす。
しばし様子を見るが、騒ぎが起きた気配はない。魔導具を結界で覆う作戦は成功らしい。
三人は安堵し、次の手はずに進む。
今の時間、護宝殿には八人の近衛がいる。二階に四人、一階に四人だ。二人ひと組で任務に当たっている。
一階と二階と、各階にひと部屋ずつ警備員控え室がある。
先発のふた組が、それぞれ神器の保管室と第二宝物庫で立ち番をしている間、他の組は一階と二階の控え室で休憩している。
今現在、一階の警備控え室には、二人の騎士が休んでいるはずだった。
王宮内の警備はふつうは衛兵なのだが、護宝殿は近衛が警備に当たっていた。王族の警護あつかいになっている。
どちらかというと、警備に関しては衛兵のほうが手強い、とセインは言っていた。セインは衛兵も騎士も関係なく友人付き合いがあったので、その情報だとか。
とりあえず、手強くない騎士であることを願いたい。
護宝殿は鍵を持っている人間がごく限られているため、八人の近衛は、夜間に護宝殿に入ると朝まで出られないことになっている。八時間は缶詰だ。
神器の保管室は一階だ。ダラスたち三人は、足音を忍ばせ一階の警備員控え室前に到着した。時間は丁度良い。もうすぐ警備の交代の時間だ。
控え室の扉の隙間から、ダラスが睡眠薬を仕掛ける。薬を水魔法で噴霧状にして仕掛けていく。
しばらくのち、そっと扉を開ける。二人は控え室の固そうなソファで眠り込んでいた。
眠る騎士二人を隣の収蔵庫に移動させる。収蔵庫は、王族の魔力波動で開けられる。お宝ではないので立ち番もいない。
室内の一角はまるで心地よく整えられた居間のようだった。倉庫のような部屋ではない。壁は部屋の奥まで書棚で埋まっているが、中央にはソファとテーブルが置かれ、ゆったりと座って資料を読めるようになっていた。警備員控え室よりずっと上等のソファだ。
竜也とダラス、ユリシスは、ソファとテーブルを移動させ、家具の向きや扉からの位置を控え室と同じようにした。高級家具は重かったが、身体強化魔法を使いなんとか完了。
騎士らをソファに寝かせると、ユリシスとダラスは二人の騎士の髪色に揃えて自分たちの髪色を変え髪型も同じにしておく。黒い上着を脱ぐと、下は近衛の制服姿だ。
竜也は黒い服のままだ。竜也には、ダラスとユリシスのように暗示の魔法はできない。作戦の前半部分では単なる移動係担当と荷物持ちだ。
準備が終わるとユリシスとダラスは部屋を出る。廊下を静かに歩き、角を曲がる前にダラスは再度、睡眠薬の瓶を取り出す。
水魔法を発動。霧のような薬が廊下を漂う。廊下の様子を窺いながら、ダラスは薬をふわりと立ち番の近衛の顔に漂わせる。
そろそろ交代の時間だ。疲れが出始めたころだろう。眠らせる必要はない。ただぼんやりさせるだけだ。その加減が重要。
あまり効き過ぎると、近衛たちに怪しまれかねない。相手は訓練された騎士だ。
この作戦の準備に半月もかかったのは、一通りのリハーサルと睡眠薬の量の検証や、暗示魔法の加減を確かめるためだった。暗示魔法は王家に伝わるやり方のものだという。護身術の一つでもあり、事情聴取や精神的拷問にも使える。
エルジナも得意らしいが、ダラスいわく、「得意のつもりでいるが、児戯にも等しい程度」と手厳しい。ダラスはエルジナには基本の導入部しか指導しなかった。エルジナの魔法のセンスが「王家のものではない」ことが気になったからだという。習得は無理と判断した。
その直感は正しかった。
ダラスとユリシスはどの魔法もレベルは高く、暗示の魔法も得意だが、今回の相手は訓練を受けた近衛だ。作戦の成功率を上げるために、国王の宮で働く使用人たちを被験者にして作戦の訓練をした。薬は国王に処方された害のないものだ。使用人たちに使い薬で気怠くなっても国王とセインの瘴気のせいにしていたようだから無問題だ。
近衛二人の様子を角からそっと確認する。
目が眠そうだ。ときおり目を擦っている。
丁度良い頃合いだ。ダラスは魔法を遮断する。
一方、竜也は一人、収蔵庫で待っていた。聴力を目一杯強化し、廊下の様子をうかがう。ソファには近衛がすやすやと眠っている。聴力を上げているので近衛二人の寝息が耳に付く。廊下を歩くユリシスとダラスの足音は微かだ。
ユリシスたちは薄暗い廊下を歩いて神器の保管庫前に到着する。ダラスは少し眠たげな近衛たちに「異変はなにもない。いつもの通りだ」と暗示の魔法を仕掛けながら声をかける。
「交代の時間だ」
「了解」
「良かった、丁度休憩したかったところだ」
少々、気怠そうな二人の近衛は疲れた足を堪え歩き出した。
角を曲がると仲間の眠る収蔵庫の前を通り過ぎて、控え室に入っていく。控え室の扉がバタンと閉じられた。
無事、交代成功だ。力が抜けそうになるが、まだ道半ばだ。
竜也は足音を忍ばせて収蔵庫を出ると、ユリシスたちの元へ速やかに移動する。二人は安堵した表情で待ってくれていた。
神器保管室の扉にダラスが魔力を与えると、扉は音もなく開いた。
中は薄暗く広々とした部屋だった。殺風景だ。
(歴史の匂いがする)
埃やカビのような匂いはしないのに、古い空気を感じる。
神器は陳列台のような台の上に三つ並んで置いてあった。連弩のところは台座だけだ。
投石器は台の横に鎮座していた。想像していたものより小さい。投石器というより、ロケットランチャーみたいだ。
(やばいな、雷岩砲、思っていた以上に格好良い。もろバズーカじゃん)
それらの後ろにも立派な棚があり、様様な形の魔導具が整然と並んでいる。神器の手入れのための魔導具類も一緒に保管されている、という話は予め聞いていた。
「さて、やるか」
ダラスに促され、竜也は持たされていた三つのボストンバッグや鞄状のものを手渡す。空間魔法機能付きの入れ物だ。
ダラスとユリシス、セインはさすが王族だった。高価なこの入れ物をそれぞれ持っていた。ただ、懸念事項もあった。空間魔法機能付きの容器は万能ではなかった。
生き物は入れられないとか、容量に限りがあるとか、そういう当たり前といえば当たり前の制限があった。高魔力の魔導具なども制限に引っかかることがある。「魔導具無効」の防犯がかけられている場合もだ。
魔剣と杖はダラスの鞄にすんなりと入ったが、投石器と妖魔の瞳は入らなかった。
「大きさと魔力的には問題ないのだがな」
ダラスが残念そうだ。
試しにユリシスのバッグでも試したが駄目だった。セインから渡されていた鞄でも駄目だ。
「魔導具無効が強力だな」
「大叔父上ががっかりしそう」
セインは「また投石器を使える」と嬉しそうに言っていたのだ。
「俺の便利袋、試して見ますか」
竜也は財布の小袋を懐から取り出した。一応、持ってきていたものだ。
「は?」
「便利袋?」
二人の王族が目を剥く。
竜也は説明も面倒なので、勝手に試すことにした。
投石器と妖魔の瞳の前に小袋を近づけ、魔力を流す。
妖魔の瞳はするっと消えた。投石器にも試すと、けっこう存在感のある投石器もふいっと消えた。
「入ったみたいです」
竜也は安堵して振り返った。
ダラスとユリシスは目を剥いたまま竜也を見詰めていた。
(き、気まずい。そんなに驚くこと?)
「えっと、異世界人の魔力の袋なら、もしかしたら使えるかなって思ったんですよね」
なるべく軽く言うが、やはり二人は目を剥いたままだ。
(立ったまま気絶してないよな)
「後ろの手入れ用品も入れます?」
竜也が戸棚を指し示すと、ようやくダラスの表情が緩んだ。
「感謝する、婿殿。叔父上が喜ぶだろう」
「いえ。俺も嬉しいです。セイン殿下の雄姿が見たかったので」
「そうか。私も見たいと思っていた。手入れの魔導具は、私が新しいものを作る予定だからそのままで良い」
ダラス国王の声が明るい。
「私も手入れの道具は色々持っている。リュウは後で尋問だ」
ユリシスも嬉しそうだった。
保管室を出ると、収蔵庫へ急いだ。
収蔵庫に入ると、二人の近衛は寝たままの状態だった。室内に異変はないことに安堵する。
二人の近衛には、収蔵庫に移動させたことを気付かせないで任務に戻さなければならない。そのために、模擬実験を繰り返し、作戦を練り直した。
三人で実際に試し、検証の結果、「一人ずつ寝ぼけている状態で誘導する」というやり方なら暗示が効きやすいとわかった。ゆえに、そのように計画を立てておいた。暗示を使いながら彼らに戻ってもらう。
慎重に、練習を繰り返した通りに、近衛たちを誘導していく。
一人の近衛をソファの後ろに移動させて隠す。
ユリシスと竜也は作戦のために、収蔵室を出て再び保管室の前へ移動した。
保管室前に着くと、竜也は黒い上着を脱いで「便利袋」に仕舞った。黒ずくめの上着の下に着ていたのは近衛の制服だ。竜也は近衛の標準からは小柄なのが不安だ。
一方、収蔵室に残ったダラスは「何も異変はない、いつもの控え室、いつもの仲間だ」と暗示の魔法を発動させながら近衛を起こした。
近衛が眠そうな目を覚ます。
「交代の時間だ。行こう」
ダラスに促され、「今夜はどうも眠いな」とぼやきながら近衛が立ち上がる。
ダラスは部屋を出ると近衛を先に歩かせ、廊下の途中で声をかけた。
「悪い、水を一口飲んでから行く」
「わかった、すぐに来いよ」
近衛は後ろ手に手を振り、そのまま保管室の方へ歩いて行く。保管室前では、竜也とユリシスが待ち構えていた。
ユリシスは暗示を発動させ、交代のために近づく近衛に「異常なしだ」と魔力を乗せた声をかける。
「いつも通りだ、なにもかも」
再度、念を押すように言うと、近衛は「そうか、ご苦労。ロイはすぐ来る」と、どこか眠そうな声で答えた。
その頃、ダラスは急ぎ収蔵庫に戻ると、もう一人の近衛をソファに移動させた。眠る近衛を起こし、暗示の魔法を発動させながら声をかけた。
「いつも通り、異変はない、交代の時間だ」
部屋を出ると、ダラスは急ぎ足で廊下を歩く。眠そうな二人目の近衛はあくびをしながらその背を追う。
「そんなに急ぐなよ」
声をかけられ、ダラスは静かな声音で「いつもの速さ、いつも通りだ」と暗示の魔法をそっと送る。
ここからが正念場だ。
ユリシスは、ダラスの気配を察知すると、暗示を重ねがけしながら、「なにも起こるわけがない」と、近衛に声をかけた。
彼を振り向かせないために。
ダラスは角を曲がる瞬間に認識阻害の魔導具を発動させ、廊下隅の暗がりに素早く身を潜める。
ダラスの背後を歩いていた近衛が少し遅れて角を曲がった。
その先には神器の保管室があり、竜也とユリシスが待っている。先に着いていた近衛も眠そうに立っている。
廊下は少々、薄暗い。古い魔導具の灯りだけが頼りだ。それでも、警備に支障がある暗さではない。
睡眠薬を嗅がされて目覚めたばかりのぼんやりとした近衛、暗示の魔法、認識阻害の魔導具、この三つのコンボで作られた状況。
暗がりで息を潜めているダラスの横を近衛が歩いて行く。
保管室前の近衛は、歩いてくる仲間に視線を向けた。彼も眠そうだ。
ユリシスは歩み寄る近衛に魔力を乗せた声を放つ。
「異常なしだ。いつも通り」
後からきた二人目の近衛が手を上げると、もう一人の近衛も相棒に手を上げて応えた。
「交代だ」
竜也とユリシスはその場を後にする。緊張を抑え、自然に歩く。
ダラスはすでに潜んでいた廊下からは離脱していた。
もうすぐ角を曲がる。そうすれば一安心だ。
平均的な近衛よりも小柄な二人。近衛二人は竜也たちの後ろ姿を見送ってるのだろうか。
竜也は振り返りたい衝動を抑える。
角を曲がる。
息を潜める。何も異常はない。耳を澄ませると、近衛たちの眠そうで密やかな声が微かに聞こえる。
なんとか交代劇は上手く済んだようだ。
まだ夜は長い。
近衛たちはこれから、ときおり無駄話を交わしながら任務に励むのだろう。
ダラスとユリシス、竜也の三人は細心の注意を払い足音を潜めながら、セインと打合せてある帰還時間に間に合わせるために廊下を進んだ。
四人は国王の宮に戻るとようやく緊張を解いた。
国王は王の寝室、セインは王妃の間、竜也とユリシスは国王の間に一番近い客間と、おのおのの部屋で朝を待つ。
竜也はすっかり興奮状態で眠れないだろうと思っていたが、転移にかなりの魔力を消費したためか、寝台に入った途端、スコンと寝てしまった。
ユリシスは、その竜也の寝息を聞きながら「やっぱ私の旦那は大物だな」とにんまりしているうちに眠気に誘われ目を閉じた。
国王はセインにせがまれて首尾を聞かれ、詳細を話した。作戦通りに終わったこと、竜也の「便利袋」のおかげで投石器と妖魔の瞳を無事に手に入れられたことを。
「また婿殿の隠し技か。あり得ん」
セインがフハハと愉快に笑った。久しぶりの心からの笑みだ。
「驚くのにもう疲れた」
ダラスが楽しそうにぼやく。
「ハハ」
二人はこっそりと晩酌をし、朝方頃、空の酒瓶を誤魔化すために棚の奥に隠すと寝台に入った。
重病人は酒など飲めない。久しぶりの晩酌だった。
明くる朝、ユリシスはあきれ顔で国王の居間の酒の匂いを消しておいた。
ありがとうございました。
また明日、投稿いたします。




