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三十 アリバイ作り

今日は二話、投稿しております。こちらは二話目です。




 二日後。

 今日は尚樹と騎士団が東部にある魔の森へ向かう日だ。

 道中では、魔獣が増えた領地の要請があればそこでも討伐をする。ゆえに、最終目的地の森に到着するまでに十日はかかる。すでに要請のある領地は複数あるため、延びる可能性もあるという。

(ずいぶんアバウトな日程だな)

 それだけ困っている領地が多いのだろう。ともあれ、帰りの日程が早まることはなさそうだ。

 竜也とユリシスは、国王付き侍女の格好をして出立式を見物していた。

 人生二度目の女装をラスボスたちの前で披露する羽目になった。当然、竜也が望んだわけではない。

 竜也とユリシスは、ずっと国王の宮に潜んでいた。移動は転移魔法を使い、認識阻害の魔導具も使う。魔導具は便利だが、万能ではない。「人から認識しづらくなる」程度のもの。

 なるべく物陰や道の端にいれば、周りの人間に気付かれない。けれど、もしも物音や声を聞かれたりすると、せっかくの認識阻害効果が減退する。

 そんなわけで、人に見られたときに不自然でないよう侍女の格好をさせられた。

(いや、不自然だろ、こんなの)

 竜也は侍従の格好が良かったが、国王付の侍従は護衛を兼ねているので体格が良いと言われれば、侍女一択だった。日本では標準だった竜也の体型は、ここではひょろい部類に入ってしまう。

 セインに「似合うな」と感心されたが、嬉しくなかった。

 竜也がもやもやしている間にも、出立式の準備が進む。今日は魔導椅子に乗った国王が立ち会う。最近はほとんど寝たきりだった国王が移動するので、侍従や侍女らは大忙しだった。

 王宮を移動するための魔導車が用意されていた。魔導椅子から魔導車へ移るのは不便がないように設計されており、騎士と侍従の介助で速やかに乗り込める。

 魔導車が動き始めると、竜也たちもこっそりと転移した。


◇◇◇


 出立式の会場は、護宝殿前の広場だった。

 列席者は国王の他にエルジナ王女、国防部大臣、武官のお偉方などそうそうたる顔ぶれだ。

 会場に到着した国王は、魔導車からまた魔導椅子に乗り換えて疲れきった息を吐く。

 演技なのだが、騎士団長ロダンと近衛隊長キリムは国王へ案じる視線を寄越した。

 国王のほうでは、久しぶりに姿を見る尚樹に視線を留めていた。

(こうして見ると、確かにリュウと同郷の者だな)

 似ているとも言い難いのだが、やはり同じ出身とわかる。

 国王は尚樹と会うのは二度目だ。一度目は謁見して挨拶を述べたときだった。

 召喚された救世主は神から遣わされたのだ。国王として丁重に言葉をかけた。

 尚樹の方は「チノナオキです。よろしく!」と、やたら軽く挨拶をしてきたために、周りの宰相や大臣たちの顔が強ばった。あからさまに侮蔑の表情を浮かべた者もいた。

 ルデリアヌ王国の重鎮たちにはそういう者が少なからずいる。尚樹は我が国に「来てくださった」。それがわかっていない。

 尚樹は朗らかで純朴そうなところに好感を持てた。腹黒さがなくて良いように思ったのだ。若干、性質に稚拙なところがあろうとも。

 神が選んだのだ。必要な能力さえあれば幸いだ。他はどうでも良い。神の臣下である人間はただ救世主を敬えばいい。

 尚樹は連弩の訓練は異様なほど熱心だった。

 今回の遠征はルデリアヌ王国のためというより、彼は狩りが好きなために魔獣を狩りたくて行きたかったようだ。そう報告があった。それでもちろん良いだろう。救世主らしくないと文句を言う権利はこちらにはない。勝手に理想を求めてはならない。

 竜也と気が合わないのは本当だろうとも思う。竜也は同い年の尚樹よりもずっと思慮深く落ち着いている。ユリシスとの付き合いを見ていても彼は優しく穏やかで、ユリシスが頼り切っている様子が微笑ましい。

(リュウは若いが苦労をしているような気がするな)

 ここ数日の付き合いではあるが、竜也という青年を信頼していた。

 もしも信頼できないと感じたとしても、彼は神子だ。国王として彼の言葉に従うつもりだった。

 今では一人娘が婿として選んでいる事実からしても、彼に自分の未来を賭けている。個人的な直感で決めたことだ。元より、ないはずだった未来だ。賭けても悔いはない。

 出立式の式次は何事もなく進められた。これより救世主に連弩が渡される。

 宰相が護宝殿の扉を開けた。宰相は護宝殿の鍵を持つうちの一人だ。鍵は三本あり、一本は宰相室、もう一本は近衛本部、最後の一本は、今はエルジナの執務室に保管されていた。

 美しい白亜の城であるルデリアヌ王宮において、護宝殿は存在感はあるが華美さのない、がっしりとした石造りの建物だった。

 護宝殿の一階廊下を進み、収蔵庫の角を曲がり神器の保管室前に到着するとエルジナが保管室の扉を開けた。登録されている者か、あるいは王族の魔力波動を持つ者が魔力を流すと扉は開くようになっている。それ以外に開ける方法はない。

 国王にとっては半年ぶりの保管室だ。たった半年だというのに懐かしささえ感じる。

 この部屋は、何度来ても独特だ。

 尚樹が頻繁に連弩を取りに来ているのだから空気の入れ換えも頻繁のはずだが、古代の空気が漂っているような、主を失った投石器、魔剣、杖、妖魔の瞳の魔導具から恨み節が聞こえるような、そんな気がしてくる。

(もう少しだ)

 もうすぐ、正当な主の手に渡る。

 エルジナが仰々しく連弩を手に取り、尚樹に渡す。

(茶番だな)

 偽の王族が、救世主より偉いものか。

 宰相がその様子を見守っている。これも偽の宰相だ。無理矢理その地位を手に入れた。

 一行は儀式めいた一連の手順を終え、保管室から退出する。

 最後に宰相が部屋を出て、扉を閉めた。

 騎士団長が先頭を行き、次いで国王、隣に近衛の隊長が控え、すぐ後ろを尚樹とエルジナ、わずかに遅れて宰相という順だった。さらに一行の周りは侍従と近衛が固めている。遠巻きに衛兵らが警備を務めていた。

 護宝殿を出ると西の庭園と広場がある。ここで出立式を行う。護宝殿のほど近くにこの広場があるのは、五種の神器を持った王族がこのまま遠征に向かうためだった。

 古来よりそのようになっていた。国王が出立式を行うのは本当に久しぶりだ。神器をあつかえる王族がいなかったためにダラスが動けなくなれば終わりだった。

 その点は尚樹に感謝している。ただ、連弩しか使えない彼は、神に与えられた役割もまた限られている。ダラスは知っている。けれど、それを言葉にすることは生涯ないだろう。

 たとえ、その生涯が、思うよりも長くなったとしても。

(さぁ、作戦遂行前の下準備だ)

 ダラスは、侍従に頷いて合図をする。

 侍従は速やかに用意されていた二振りの長剣を恭しく捧げる。

 神器の炎龍剣には及ばないが、充分に良い剣だ。神器は魔力を食い尽くす。ゆえに、使い処を選ぶのだ。

 ダラスは、氷嵐杖とともにふつうの剣も使っていた。それがこの炎轟剣だ。氷嵐杖は一振りでそこら辺を凍土にし、使い難いために剣も使った。若いころの話だ。

 王は渡された長剣を一振りずつキリムとロダンに授けた。

「近衛隊長キリム・ドイル、騎士団長ロダン。炎轟剣は私が先代より継ぎ、長らく命を預けた剣だ。こちらの雷吠剣はセイン殿下から託された。彼が剣を振るう姿は古参の騎士たちは覚えておろう。これまでの功績を鑑み、国王より報奨として授ける。危険な任務だ。心して励むように」

「はっ」

「御意」

 二人は騎士の礼をした。

「私と叔父上の魔力は解除してある。そちらの魔力を流してくれ」

 国王の言葉にそれぞれが渡された長剣を掲げ持つ。キリムとロダンは感極まった様子で剣に魔力を流した。

 キリムの剣は銀色に輝き、ロダンの剣は炎を思わせる深紅に輝いた。

 周りの騎士らは「おぉ」と声を上げた。エルジナや宰相らも目を見開いていた。王家の魔剣が下賜されるなど知らなかったことだ。

 魔剣の魔力解除のために、数日前に王宮の魔導士長が国王の宮を訪れていた。優秀な魔導士であり、王族でもあるユリシスも解除はできるが死んだことになっているし、国王もできるが重い病人にはきついはずの作業なので魔導士長が呼ばれた。

 これで、「影武者がいた」などと因縁を付けられないで済むだろう。

 キリムとロダンのアリバイを完璧にするためだった。

 さらに国王が頷くと、侍従は部下に持たせていた小箱から親指大の魔石のついた金鎖を取り出した。

 国王は金鎖を手にし、「ナオキ殿」と招き寄せる。

 尚樹は、厳かな剣の授与式を瞬きもせずに見入っていたが、国王に呼ばれてすぐに歩み寄った。

「これは、防御の魔導具だ。首に提げて魔力を流してみなさい」

 尚樹が王の言葉に従い魔力を流すと首飾りの魔石から金の光が瞬き一瞬、尚樹の全身を覆った。

「おぉ、すげぇ」

 尚樹が声をあげる。周りもどよめいた。

「道中の領主たちには、騎士たちを充分にもてなすようにと王命を届けてある。もしも充分でなかったら、もう二度と騎士団が赴く必要はない。そう告げてある。英気を養いながら、任務に努めてほしい。無事の帰還を祈っている」

 国王が魔導具の拡声器で声を流す。

 本当は、建国祭のように自分の風魔法で届けたかったところだが、ここは病状のおもわしくないことを示す必要がある。

 騎士たちは一斉に「はっ!」と騎士の礼をする。その統率の取れた動きに、遠巻きにしていた王宮の者は胸を躍らせて見惚れた。凜として勇ましい本物の騎士たちだった。

 エルジナと宰相の目がやたら険しいが、騎士たちの士気は充分に上がった。

 エルジナと宰相が機嫌を悪くしている理由は明らかだ。

 宰相は、平民や下位貴族出身者の多い騎士団を侮蔑している。

 ダラスの長剣は父から、セインの長剣は母方の祖父から継いだものだ。それぞれ、剣の腕が立つ子息へと授けられた。

 エルジナは唯一の王家の跡継ぎだ。セイン殿下の子は生まれなかったのだから。ゆえに、国王と先代王弟の遺産を継ぐつもりでいる。神器ほどではないとしても国宝級の長剣を人にくれてやるのは面白くないだろう。



ありがとうございました。また明日も朝と夜に投稿いたします。

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