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三 脱出



 あれから三日が過ぎた。

 竜也が押し込められた部屋は王宮の使用人たちが働く北棟の一室だった。

 最悪な状況も覚悟していたが、とりあえず生かされている。ろくでもない国だとは思う。食事は笑えるほど具が少ないスープとぼそぼそしたパンのみ。尋ねたところ、事情は教えてもらった。二人が召喚されたのはご託宣があったからだという。

 ご託宣は代々神の声を聞ける家の者が受けられる。予知に似た能力の家系らしい。彼らの多くは神官という神職に就いている。

 ご託宣があると王家はその言葉に従う。ご託宣を受けた神官は十二人。

「ご託宣の大安売りじゃないか」と、つい思ったが、神の言葉を聞けるのは一人だけと決めつける必要もなかった。なにしろ、ここは異世界だ。

 神官らは一斉に似たようなご託宣を受けている。十二人もの神官たちが同じことを告げたというのだから偶然では片付かない。正真正銘、本物のご託宣だ。なるほど、従うしかない。

 それで、ご託宣に則って召喚の儀式を行ったところ、竜也と尚樹が現れた。

 ご託宣では二人も来るとは言っていなかった。そもそも何人召喚されるか人数は情報に含まれてなかったらしい。

「それで、召喚された者はなにをするんですか」

「国ヲ救ッテモラウ」

 竜也に付けられた王宮の使用人が答えた。ミゼルという若い男だ。彼は宮勤めらしい格好をしたそこそこ品のある綺麗な青年だった。この王宮の使用人は、サイズが大きめで灰色の詰め襟みたいな制服を着ていた。元の世界風に言えば、上等なチュニックだ。それに同色のズボンを穿いている。

「どんな国難から?」

「盗人ニヨル国ノ危機」

「盗人? え? 盗人?」

 思わずしつこく問い返してしまった。

(たかが盗人?)

 という想いが漏れまくったからか、ミゼルは嫌そうな顔をした。元々この男はいつも嫌そうにしている。よほど竜也の世話が面倒らしい。

「タチノ悪イ盗人デス」

「なにが盗まれるんですか」

「国難レベルノモノ」

 どうやら詳しいことはわからないらしい。あるいは、竜也のようなオマケには教えられないのかもしれない。

「大事そうなものは防犯に気をつければ良いんじゃないですか」

「無論、気ヲツケテル。ダガ、防ギキレナイト困ル。ダカラ、召喚ノ儀式ヲ行ッタ」

「そうですか」

 たかが盗人のためかよ。どうしようもなく気が抜けた。

(それくらい、自分らでどうにかしろよ)

 選ばれたのはやっぱり自分じゃないな、と悟った。どうやって盗人を防げば良いかなど皆目わからない。尚樹にもわからないような気もするが、それは選ばれし者のパワーでなんとかしてもらおう。

 選ばれなくて良かった。そんな責任重大で面倒そうなこと、こんなろくでもない国のためにやってられない。

 召喚の間で王女や騎士たちの態度が酷かったのは「盗人対策で呼んだ」だけの異世界人だったからかもしれない。最初から大して必要と思われていなかったのだ。ふざけた連中だ。そんな理由で召喚されて、この小部屋に押し込まれているのだ。

 竜也としては、自分の境遇から逃げられたのは良かったとしても腹立たしい。早々にお暇しよう。

(さて、そうと決まれば身の振り方を考えないと)

 異世界の言葉がわかるのは幸いだ。同時通訳の魔法のおかげだ。だが、この魔法がいつまで続くかは不明だ。ラノベではそういう魔法は生涯続くことになっていたが、竜也は詳細不明な魔法に自分の未来を託すつもりはさらさらなかった。

 この妙な魔法が効いているうちに言葉を習っておけば良いだろう。しばらくこの世界に居るのなら必須だ。

 問題は、帰れるか否かだ。最悪、帰れないのなら諦めるしかないが、逃げ場の有無で今後の対応は異なる。

 ミゼルに尋ねてみたが「無理ト思ウ」とあやふやに答えられた。

 やむなく、帰るのは無理を前提に、言葉を習ったりこの国のことを知るために絵本を借りられないかと頼んでみた。

「言葉や文字を習った方がここを出て一人暮らしを始めたときに良いと思うので」

 としおらしく事情を話した。

 ミゼルが「上ニ確認スル」と答えた明くる日、絵本を持ってきてくれた。「言葉ハ私ガ教エマス」とも言ってくれた。

 ミゼルは何かと「上に確認」と言って融通が利かないしやる気も感じられないが、とりあえず職務には忠実だった。


◇◇◇


 ひと月後。

 必死のかいあって言葉はだいぶ喋れるようになった。文字は中等部の学生が使う教科書レベルなら楽に読めるし書ける。この国の歴史や事情も知っていることが増えた。

 ミゼルに「習得が早いですね」と、褒められた。ミゼルは褒めるつもりはなく単なる感想かもしれないが。

 習得が早いのは通訳の魔法のおかげが大きい。辞書がすでに頭の中にあるようなものだ。学ぶのが異様にやりやすかった。魔法という自然の理をねじ曲げたような技術は実にありがたかった。

 文字を覚えるのが早かったのは自分でもそう思う。

 まるで文字映像が脳に転写されるようにするすると入ってくる。我ながら感心するほどだ。召喚されてから基本的な学習能力が上がった気がした。一度覚えると忘れないし、記憶するのも早い。

 異世界人特典、あるいは召喚特典だろうか。危機的状況に必死になっている、というのもあるかもしれない。努力の賜もある。最低限の寝食の時間以外はひたすら言葉や文字を学んでいた。

 学習能力の爆上げは、異世界で得た魔力によって能力が強化されたためだったのかもしれない。竜也は後になってそう推測したが、このときは「魔力のせい」など全く思い付かなかった。

 ミゼルに本を読んでもらい、この国の言葉を繰り返し真似したり、筆記具を貰ってカナで読みをふり手製の辞書を作って学んだ。

 この国の言葉で考えて話すと、頭の中に聞こえる通訳がなくなるので脳が楽になる。竜也にとっては、思わぬご褒美だった。

 ところで、竜也には通訳の魔法がかかっていたが、相手はどうなっているのか気になりミゼルに尋ねたところ、ミゼルのほうでも通訳の魔法をかけてもらっていたらしい。

 不快ではないかと心配すると「別に。どうってことありません」と相変わらずの塩対応だった。無駄な気遣いだった。

「だいぶ文字も覚えたのでここを出て暮らせるかやってみようと思うのですが、身分証と自立のための資金を貰うことは出来ますか」

 竜也はミゼルに頼んでみた。

「上に確認します」

 ミゼルは眉間に面倒そうな皺を寄せ淡々と答えた。竜也の申し出をどう思っているのか、皆目わからない。彼の渋顔は、単になにをやるのも面倒だからの気もする。

 このひと月、彼とはけっこう長時間一緒にいたが、淡々として機械的なやりとりのみだった。笑顔も見ていない。

 竜也は人付き合いが苦手だからかもしれないが、ミゼルの性格にも問題があると思う。

(笑顔のメイドさんが良かったよな)

 元の世界でも友達は少なかった。竜也は決して社交的ではない。

(この世界で気の合う知り合いができるといいな)

 もう会社を継がなくて良いんだな、とふと思った。

 竜也にとってはありがたかった。

(会社にとっても、良かったのかな)

 村山の会社が順風満帆の状態だったなら、妹に継いで欲しかった。きっと、そう言って父を説得しただろう。

 だが、祖父が会社を傾かせ、父は挽回できなかった。これからも出来ないだろう。そんな会社を長男である自分が妹に押しつけられるわけがない。

(あのチンピラ婚約者の香織と結婚しなくて済んだのも良かった。でも、ここを出たら悲惨な生活に墜ちる可能性はあるな)

 知り合いさえもいない見知らぬ町で暮らすのだ。学歴も資格もない。そうとう大変だろう。この国の常識さえも知らない。ひと月の間、懸命に学んではきたが充分ではない。

(どれくらい金を貰えるだろうか)

 あの王女たちの態度からも期待薄だ。食事も毎度パンとスープが一皿だけで物足りない。いつも空腹だ。ミゼルが持ってくる絵本は頁の端が傷んでいて使い古しだった。オマケの扱いは最低限と決めているようだ。

 竜也は自分が被害者だと思っているので納得はいかない。それでも牢獄よりはよほどましなのでこれ以上、待遇が劣悪になる前に逃げたい。

 この国はルデリアヌ王国という。ルデリアヌは島国なのか、国力はどれくらいかと色々とミゼルに尋ね、周辺国についても教えてもらった。

 ルデリアヌ王国は四方を大中小さまざまな公国や王国や共和国に囲まれているという。それぞれどんな国か、ざっと聞いた限りではブーゲルニ共和国が逃亡先としては良さそうだ。

 ブーゲルニ共和国に関して、ミゼルの個人的な感想は「特にありませんね」と教えて貰えなかった。あまりしつこく尋ねても、「逃亡したいのか」と思われるので辞めた。

 そう思われたからといって差し支えはない気もするが、連中の思惑はわからない。ミゼルから上司にすべて報告がいくらしいので、会話には気を付けていた。その代わり、町のことは根掘り葉掘り聞いた。職業斡旋所のようなものはあるらしい。

 一週間ほどして貰った身分証には「リュウヤ・ムラヤマ 生年一八一一年頃 出身、ルデリアヌ」とだけ記されていた。ミゼルに尋ねたところ、これは出自の不明な孤児が孤児院でもらえる身分証と同じものらしい。生年が「頃」と曖昧なのは、孤児は生年不明が多いからだ。ないよりは増し程度のものと了解した。

 本人に誕生日くらい確認してほしかったが、生年月日と本名の情報から呪いをかけるくらい出来そうな国なので、かえって良かったと思うことにした。

 さらにミゼルは「これだけ渡されました」と小袋もくれた。覗いてみると、銀貨が五十枚ほど入っていた。

 この国の硬貨はずいぶん薄っぺらく軽い。手に取ってつくづくと眺めているとミゼルが「扱いに気をつけて下さいよ」と嫌そうな顔をしている。

 ミゼルが言うには、日本の十円玉並みに軽いこの硬貨は一種の魔導具なのだという。魔力の籠もった素材に細かな魔法陣が刻まれていて偽造が出来ない。

(そういえば、薄青く光ってるな)と思いながら、銀貨を窓からの陽にかざしていると、ミゼルが声をかけてくる。

「偽物はすぐにバレるんです。偽造するくらいなら真面目に働いた方が良いくらいには工夫されています」

 今日の彼はいつもより口数が多い。よほど気になるらしい。

(そんなに俺が偽造をやりそうに見えるのかよ)

 最後まで彼とは相容れなかった。

「これは幾らくらいの価値なのかな。たとえば、中級の宿屋に何日泊まれる?」

「王都の小綺麗な宿屋は、朝食付きで一泊銀貨三枚から四枚くらいだったと思います」

 銀貨五十枚は日本円で十万円くらいか。異世界から無理矢理、拉致してきて慰謝料が十万とすると安いと思うが、奴隷にされたり始末されるよりはましだ。なんとも言い難い。

 ついでにルデリアヌ王国の貨幣をミゼルに教わっておいた。

 白金貨、金貨、銀貨、大銅貨、銅貨という種類がある。できれば、銅貨や大銅貨も欲しかったが、ミゼルが面倒そうにするのは火を見るよりも明らかだったのでやめた。

「もしも、外に出ると言わなかったら、あとどれくらいここで暮らせた?」

「そうですね」とミゼルは若干、面倒そうに考えたのち答えた。

「上からの指示はありませんが、侍従長が人手と手間が割かれるのは困ると申してましたので、年度末くらいにムラヤマ様の処遇が検討されたかもしれません」

「年度末って、いつ?」

「ひと月後です」

「へぇ」

 この国は日本とは暦の違うところと同じところがある。

 ひと月は三十二日で、一週間は八日で、一年は十二月。

 季節は、雨期と乾期がひと月ずつ交互にくる。雨期といっても、霧状の小雨が毎日のように降るだけで、ザーザー降りはないらしい。

 気温は常秋くらいでおおよそ一定している。乾期のころに少し暑くなり、雨期のころに肌寒くなる。外に出てないので実感はないが、話を聞いた限りではこの国の気候には慣れそうもない。

 ひと月後に追い出されると雨期が始まるころだ。そんな頃に追い出されたら野宿も出来ない。治安的に野宿は出来ないかもしれないが、どうなるかわからないのだから乾期の間に町に慣れた方が良いだろう。

 明くる日、朝食のパンと資金と、餞別に絵本と着替えを貰って王宮を出た。見送りはなしだ。ミゼルはいつものように仕事で側にいただけなので見送りと言ってよいかわからない。

 絵本を貰えるか尋ねたときに、ミゼルが珍しく上に問合せずにくれたのだけは少しばかり嬉しかった。ミゼルにしてみれば、古本ごときで上司に伺いに行くのが面倒だっただけかもしれないし、単に元から要らない本を渡されていたのかもしれないが。

 彼にいちいち嫌そうにされるのも今日で終わりだ。




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