二十八 下準備
王宮の中枢にある一室では、毒々しい香料の匂いや油の匂いが漂っていた。
「凄い色になったけど。どう?」
ユリシスが亡き王妃の化粧品をこね合わせた塗料状のものを掲げて見せた。
四人はあれから、国王のアリバイ対策をしていた。
綺麗に治ってしまった国王の足を「化粧で誤魔化そう」と言い出したのはユリシスだった。幸い、王妃の部屋には化粧品が残されていた。
死んだ王妃は無駄遣いが酷かった。
亡き後、私物は売り払われ、「民に還元する」と決められたらしい。王妃の実家も「それで良い」と了承したとか。王妃の数多の悪評が貴族階級のみならず庶民の間にも流れ、ここで反対したら実家も火の粉を被ることになりそうなので了承するしかなかった、と王妃の私物を漁りながらセインとユリシスが説明をしてくれた。
国王は気まずそうに聞いていた。自分の奥方のことなので、それは気まずいだろう。
化粧品は売れそうになかったので、保存の魔法をかけて放っておかれたようだ。
他にも「肌が若返る美容液」や「薄毛が蘇る栄養剤、女性用」などもあった。大量にあった。
なるほど、無駄遣いが酷いというのがわかる。売れそうなものは全て売り尽くされ、残ったものがこれなのだから。
「この栄養剤はもったいないから畑の肥料にしたらどうだろう」
竜也が提案すると、ユリシスに睨まれた。
「野菜が可哀想だろう。こんな眉唾物」
「そ、そうか」
「二人の会話は面白いな。良い夫婦になりそうだ」
セインが朗らかにコメントを入れ、「ふはは」と国王が笑った。
冗談が過ぎる。
国王、笑ってるが、ちゃんと目も笑ってるだろうか。
「リュウ殿。そなたは従者の仕事をしたことがあるのか」
国王がふいに尋ねた。
尚樹が竜也のことを「自分の従者だ」などと言ったからだろう。
「私は高等部の学生でした。働いたことはありません。実家はそれなりに裕福でしたから」
暴露してやった。尚樹を庇う気はなかったし、信じられなくてもかまわなかった。
「そうだな。リュウ殿はアバティア語が読めるようだが、学ぶのに慣れている様子だ。言葉も流暢であるしな。学生だと言われれば納得だ」
セインが竜也の答えを受けて頷く。竜也が「栄養剤」や「美容液」という文字を読めているのは、先ほどのやり取りで知られたらしい。
「救世主殿のほうは、いかがですか」
ユリシスが尋ねると、国王は「ナオキ殿か」と記憶を辿る様子を見せてから答えた。
「日常会話はできるようになったと聞いたな」
国王の返答に、まぁそうだろうなと竜也は思う。
尚樹は勉強より体を動かすほうが好きそうだ。
「私のリュウのほうが優秀だ」
ユリシスが嬉しそうにするのは良いが「私のリュウ」というのはどういう意味か。
「尚樹は、中等部のころから格闘技にのめり込んでいましたから。魔力を得て神器の連弩を使えるとなれば夢中になるのはわかります。言葉どころじゃないんでしょう」
「リュウ殿は、ナオキ殿とは元より知り合いではあったのだな」
ダラスに尋ねられ、竜也は頷いた。
「遠縁です。尚樹の父が、私の母の従弟です。でも、彼とは仲が良いとは言えませんが」
「気が合わなかったのか」
セインにずばり尋ねられた。
「高等部は同じ学校でしたが、交友関係は掠りもしませんでしたね」
「なるほどな」
その後、ユリシスが主に頑張った結果、リアルな色の化粧が完成し、国王の足はかなりいい感じに爛れた皮膚を再現することができた。
今現在、国王の足の治癒は、光魔法の治癒師が治癒の魔法をかけるだけなので診察もなく、充分に誤魔化せるという。
次いで、四種の神器を盗み出す計画も念入りに立てることとなった。
国王は病床だが、王宮内の細かい報告は入ってくる。その中には、王宮内の警護計画もある。
現在、重い病床の、しかも瘴気の溢れる病である国王に付いているものは少ない。本来はもっと手厚い介護を受けてしかるべきだが、国王自ら斥けていた。そんな国王に主として付いているのは唯一、信頼する侍従だという。彼の情報なら当てになる、と国王は太鼓判を押す。その情報を元に計画を立てる。
とはいえ、さすがに瘴気を癒やしたばかりの二人は、逸る気持ちはあれど体は休息を欲していた。
「今日はとりあえず休むか」とダラスが言い、セインとユリシスがふと見ると、転移魔法と瘴気払いで魔力を使いまくった竜也はソファで爆睡していた。
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王の宮は国王らの私室以外に執務室や客間、図書室など部屋は有り余るほどある。
「一番近い客間にいればいい」
と言われ、ユリシスと竜也はセインに押し込まれるように部屋に入れられたが、国王とセインの部屋に人がいる時間帯以外は、国王たちの部屋に来ていた。
ダラスとセインの部屋に人が少ない理由はのちに聞いた。
二人の瘴気による病は重症だった。そういう病人の体からは瘴気が立ち上っている。看護人にもその影響はある。ゆえに、なるべく部屋に立ち入る人間は少ないほうが良いという。
瘴気のある国の騎士たちはそういう宿命を持っている。
介護の手は少なく、一人で息を引き取っていく。瘴気の濃い森に入り活躍し、瘴気を溜めた騎士や狩人たちの終わり方だ。
活躍するほどそんな最後になるのか、と竜也は暗澹たる気持ちになるが、ダラスとセインは、
「元より、覚悟していたことだ」
と、潔い。冴え冴えしくもある。
不思議と、手厚い介護などなくても安らかに最後を迎えるものだ、と間もなくその時を迎えるところだったセインに言われると、竜也は言葉もない。
四種の神器を盗み出す計画が立ち上がった明くる日。
「救世主殿の遠征が決まった」
と国王は告げた。
遠征のことは昨日のアリバイ作りの作戦でも聞いていたが、話が早い。
もともと以前から計画が進んでいたものだという。神器の連弩を使える尚樹に異界の森で討伐を行ってほしいと、森近くの領主たちから矢のような催促があったという。
ゆえに、尚樹の訓練が上手くいくと、すぐにも発つ予定だった。尚樹が行きたがったので、なおさら計画が進んでいた。
救世主が動くとなると、議会と国王の決裁が要る。議会の決済は、望む領主が多かったためにすんなりと決まった。
最後の国王の決裁のところで作戦に多々、穴があったためにダラスが渋っていた。
尚樹の安全と騎士団の装備が杜撰だったからだ、と国王は竜也に説明をした。尚樹の警備に関しては、以前から問題があると国王は考えていたらしい。
「ナオキ殿が貴族らしい貴族だったら警備も違ったのだがな」
国王が険しい顔でそんなことをいう。
(尚樹が貴族だなんて、似合わないよな)
せめて普通だったら良かったのに、どちらかというと下品なやつだ。
騎士団の装備に関しても、以前から国王は苦言を呈していた。国王が体を悪くして前線を退いてから、騎士団にかける予算が削られ続けていた。原因は、騎士団には平民が多く、貴族がいても下位貴族の三男坊次男坊ばかりだからだという。
「そういう理由かよ」と竜也はまたも暗澹たる気持ちになる。この国、根本から考えが浅い。必要なところに必要な予算くらい回せよ、と思う。
ダラスは「国を護る騎士団に金をケチるな」と、さんざんてこ入れをしていたのだが、財務が渋る。
宰相がまともだった二年前まではまだ良かった。だが、国王が思うように動けなくなり、宰相が暗殺されると騎士団の安全のために必要な装備が足らなくなっていった。
「森に行くのなら装備をきっちりしろと言ったのだ。だが、仕方がないな」
国王は苦渋の決断をした。
尚樹の警護に関しては、セインと国王は二人で何やら決めたようだった。
「救世主は国賓あつかいにしてもらう。王族と同じ警護を、と言っておく。それをするなら国王として決裁をする、とな。それで近衛の隊長がついていくことになるだろう。王族と同じ警護といえば、近衛隊の幹部がつくという規則だ。近衛の副隊長は宰相がごり押しで決めたやつだ。危険地帯に行くわけがない。いつもそうだったしな。キリムとロダンのアリバイは完璧にする」
キリムは近衛隊長で、ロダンは騎士団長だ。二人とも、国王一押しの凄腕だ。有能で人徳もある。騎士団長と近衛隊長は、神器の保管室を開けられる。彼らが濡れ衣を着せられるのは避けたい。
さらなる万全を目指して、国王は考えていることがあるようだった。侍従にはもう指示を出しているという。
計画が進み始めてからのダラスとセインは敵に容赦がなかった。
ありがとうございました。
明日は朝と夕方と、二話投稿の予定です。よろしくお願いします。




